新米女子も女子のうち の 1
その日が来たのは二日後だった。
違和感のある腹痛を感じていた。
続くだるさによる不安から考えすぎなのかもしれないが、そのことを伝えると、検査をするからと再び採血が行われた。
便意ではなさそうだと思いながらも、念のため看護師にトイレへ連れて行ってもらう。
パジャマのズボンを下ろして、大人用の紙オムツを下ろす。
下半身の感覚はまだ鈍く、尿意も限界まで気づかず、漏らしてしまうことは何度もあった。そのために、まだオムツはやめられなかった。
便座にすわる脚が嫌でも目に入る。そこに見える白くきれいな脚が嫌というわけではない。見てはいけないものから目を逸らせないということだ。
奏と浩太郎とは恋人同士とはいえ、中学生だったから裸を見せ合うことなどなかった。キスもまだだったし、手を握るだけでも、互いにドキドキしていたくらいだ。
そんな彼女の白く細い脚とその付け根辺りを、ありえない近さで見て、触れてしまうことにまだ戸惑いと躊躇いはなくならなかった。
便座に座りしばらくすると、ボトボトと何かが出たが、その出方に違和感を感じて便器の中を覗き込んだ。
真っ赤だった。
血だ。
そう思った。
この前の吐血の恐怖が鮮明に蘇る。
浩太郎はトイレ内にある非常時のボタンを押した。
待機していた看護師がすぐに駆けつける。
「血が、血が出ました」
震えそうな声で浩太郎はそう告げた。
どうしてまた出血してしまったのか。拒絶反応が続くようなら、自分はそう長く生きられない。
そんな恐怖感が浩太郎の胸を、締め付ける。
その後、緊急に診察を受けた。先生はすぐに原因が分かったのか、診察はすぐに終わり、笑顔で「大丈夫だから」という言葉だけで、浩太郎は病室に戻された。
出血があったのに、そんな言葉だけで、浩太郎の不安は消えることはなかった。
一時間半ほどして、主治医の先生が浩太郎のところへやって来た。
「先生、僕は……」
不安でいっぱいな浩太郎は、早く結果を聞きたくて、問いかけた。
先生に続いて、母親と明美が入ってくる。
「大事な話だからね。親御さんにも来ていただいて、聞いてもらうことにしたから」
家族が呼ばれるって、それって……余命宣告!?
浩太郎の心を、恐怖と不安が支配する。
母親に椅子を勧め、先生は立ったまま話し始めた。
「移植された奏さんの身体は、元気に生きてくれています。私たちが想像した以上に。拒絶反応も今はありません。どうぞ安心してください。それで、今回の出血は、月経です。月経がはじまりました」
「ゲッケイ?」
浩太郎はなんのことだか分らなかった。
「月経ですか?」
「お兄ちゃんが! お兄ちゃんなのに?」
二人はわかってるようだ。
「こんなに早く月経が来るとは思ってもいなかったですし、余計な手術は体力を低下させるので避けるべきと考え、放置というか、後回しにしていたんですが、始まったからには、早急に決めなければなりません」
「すみません。何の事だかわからないんですが」
浩太郎はわけがわからず質問する。
「つまり生理だよ。女性特有の」
「お兄ちゃんが女の子になったってこと?」
「……」
明美の言葉に、浩太郎は言葉を失った。
下半身が奏のもので、女の子の身体だとは理解していた。
しかし、それは形だけのことで、機能的なところまで、自分が女の子になるなんて浩太郎は考えてもいなかった。
「それで、早急に決めるとは、何をでしょうか?」
母親が尋ねる。
「女性の部分、つまり子宮や卵巣を摘出して、身体の女性化を止めるかどうか。手術をするならいつするかです」
主治医が言う身体の女性化とは上半身の女性化を含む、全身の大人の女性としての変化のことだ。ウエストがくびれ、腰が大きくなり、胸が膨らむ。そういう変化が、このままでは浩太郎のまだ未成熟な体形が、いずれそういう身体に変化していくということだ。ただ、浩太郎への刺激を考えて、そこまでのことは口にはしなかった。
「手術しないと、ダメなんですよね。できるだけ早くお願いします」
「必ずしもしなければダメというわけではありません。早くすれば、免疫を抑制しているので感染症のリスクが高くなり、遅くすれば身体の女性化が進みます。とはいえ、残念ながら男性機能はすでにないことを考えれば、慌ててする必要はないともいえます」
浩太郎の頭の中を、「子宮や卵巣を摘出する」という先生の言葉が駆け巡る。
確かに自分には必要のない器官で、男として生きていくならむしろ邪魔なものだ。
だが、今自分が生きていられるのは奏のお陰で、その奏の身体の大切な部分を、自分には必要ないからと、簡単に切り捨ててしまうのは間違っていると、浩太郎は感じた。
そして、今はもう何も言えない奏を守れるのは自分だけだと思った。
「このままにしてください。これ以上、奏の身体を傷つけないであげてください」
「でもそれじゃあ……」
母親は言いかけてやめた。浩太郎はそれを自分に任せてくれるんだと受け取った。
「性別を変更して、女性として生きるのかい?」
先生が尋ねる。
「そんなつもりはありません。ただ、奏はまだここで生きているんです。それを大事にしてあげたいんです」
浩太郎は主治医の顔をまっすぐに見詰めた。
「手術はしない。それが決まれば、なにも慌てることはないよ。たっぷり時間はあるから、ゆっくりと考えてください。では失礼します」
主治医が出ていき、三人だけになった。
「急に呼び出されたからびっくりしたわ」
「ごめんなさい。いつも心配かけて。僕ももうダメなんだって思ったよ」
「そうよね。あなたが一番不安だったでしょうね。こんなことでわたしがびっくりしていたらいけないわね」
「いまの僕の体はもう、女の子なんだね。明美。女の子の先輩としていろいろ教えてね」
「えっ! うん、わかった。わ、わたし、お姉ちゃんがほしかったから、応援するよ」
作った笑顔で明美が言った。
お姉ちゃんがほしいなんて、浩太郎は聞いたことがなかった。明美の言葉がウソなのは明白だ。
大好きな“お兄ちゃん”という存在がいなくなることに、動揺しているのは間違いないと思った。
明美のことを考えれば、身体は女だとしても、男として過ごすのが一番だなと考えていた。