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湊がみんなと奏でるストーリー  作者: 輝晒 正流
第七話 新米女子も女子のうち
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新米女子も女子のうち の 1

 その日が来たのは二日後だった。

 違和感のある腹痛を感じていた。

 続くだるさによる不安から考えすぎなのかもしれないが、そのことを伝えると、検査をするからと再び採血が行われた。

 便意ではなさそうだと思いながらも、念のため看護師にトイレへ連れて行ってもらう。

 パジャマのズボンを下ろして、大人用の紙オムツを下ろす。

 下半身の感覚はまだ鈍く、尿意も限界まで気づかず、漏らしてしまうことは何度もあった。そのために、まだオムツはやめられなかった。

 便座にすわる脚が嫌でも目に入る。そこに見える白くきれいな脚が嫌というわけではない。見てはいけないものから目を逸らせないということだ。

 奏と浩太郎とは恋人同士とはいえ、中学生だったから裸を見せ合うことなどなかった。キスもまだだったし、手を握るだけでも、互いにドキドキしていたくらいだ。

 そんな彼女の白く細い脚とその付け根辺りを、ありえない近さで見て、触れてしまうことにまだ戸惑いと躊躇いはなくならなかった。

 便座に座りしばらくすると、ボトボトと何かが出たが、その出方に違和感を感じて便器の中を覗き込んだ。

 真っ赤だった。

 血だ。

 そう思った。

 この前の吐血の恐怖が鮮明に蘇る。

 浩太郎はトイレ内にある非常時のボタンを押した。

 待機していた看護師がすぐに駆けつける。

 「血が、血が出ました」

 震えそうな声で浩太郎はそう告げた。

 どうしてまた出血してしまったのか。拒絶反応が続くようなら、自分はそう長く生きられない。

 そんな恐怖感が浩太郎の胸を、締め付ける。

 その後、緊急に診察を受けた。先生はすぐに原因が分かったのか、診察はすぐに終わり、笑顔で「大丈夫だから」という言葉だけで、浩太郎は病室に戻された。

 出血があったのに、そんな言葉だけで、浩太郎の不安は消えることはなかった。

 一時間半ほどして、主治医の先生が浩太郎のところへやって来た。

 「先生、僕は……」

 不安でいっぱいな浩太郎は、早く結果を聞きたくて、問いかけた。

 先生に続いて、母親と明美が入ってくる。

 「大事な話だからね。親御さんにも来ていただいて、聞いてもらうことにしたから」

 家族が呼ばれるって、それって……余命宣告!?

 浩太郎の心を、恐怖と不安が支配する。

 母親に椅子を勧め、先生は立ったまま話し始めた。

 「移植された奏さんの身体は、元気に生きてくれています。私たちが想像した以上に。拒絶反応も今はありません。どうぞ安心してください。それで、今回の出血は、月経です。月経がはじまりました」

 「ゲッケイ?」

 浩太郎はなんのことだか分らなかった。

 「月経ですか?」

 「お兄ちゃんが! お兄ちゃんなのに?」

 二人はわかってるようだ。

 「こんなに早く月経が来るとは思ってもいなかったですし、余計な手術は体力を低下させるので避けるべきと考え、放置というか、後回しにしていたんですが、始まったからには、早急に決めなければなりません」

 「すみません。何の事だかわからないんですが」

 浩太郎はわけがわからず質問する。

 「つまり生理だよ。女性特有の」

 「お兄ちゃんが女の子になったってこと?」

 「……」

 明美の言葉に、浩太郎は言葉を失った。

 下半身が奏のもので、女の子の身体だとは理解していた。

 しかし、それは形だけのことで、機能的なところまで、自分が女の子になるなんて浩太郎は考えてもいなかった。

 「それで、早急に決めるとは、何をでしょうか?」

 母親が尋ねる。

 「女性の部分、つまり子宮や卵巣を摘出して、身体の女性化を止めるかどうか。手術をするならいつするかです」

 主治医が言う身体の女性化とは上半身の女性化を含む、全身の大人の女性としての変化のことだ。ウエストがくびれ、腰が大きくなり、胸が膨らむ。そういう変化が、このままでは浩太郎のまだ未成熟な体形が、いずれそういう身体に変化していくということだ。ただ、浩太郎への刺激を考えて、そこまでのことは口にはしなかった。

 「手術しないと、ダメなんですよね。できるだけ早くお願いします」

 「必ずしもしなければダメというわけではありません。早くすれば、免疫を抑制しているので感染症のリスクが高くなり、遅くすれば身体の女性化が進みます。とはいえ、残念ながら男性機能はすでにないことを考えれば、慌ててする必要はないともいえます」

 浩太郎の頭の中を、「子宮や卵巣を摘出する」という先生の言葉が駆け巡る。

 確かに自分には必要のない器官で、男として生きていくならむしろ邪魔なものだ。

 だが、今自分が生きていられるのは奏のお陰で、その奏の身体の大切な部分を、自分には必要ないからと、簡単に切り捨ててしまうのは間違っていると、浩太郎は感じた。

 そして、今はもう何も言えない奏を守れるのは自分だけだと思った。

 「このままにしてください。これ以上、奏の身体を傷つけないであげてください」

 「でもそれじゃあ……」

 母親は言いかけてやめた。浩太郎はそれを自分に任せてくれるんだと受け取った。

 「性別を変更して、女性として生きるのかい?」

 先生が尋ねる。

 「そんなつもりはありません。ただ、奏はまだここで生きているんです。それを大事にしてあげたいんです」

 浩太郎は主治医の顔をまっすぐに見詰めた。

 「手術はしない。それが決まれば、なにも慌てることはないよ。たっぷり時間はあるから、ゆっくりと考えてください。では失礼します」

 主治医が出ていき、三人だけになった。

 「急に呼び出されたからびっくりしたわ」

 「ごめんなさい。いつも心配かけて。僕ももうダメなんだって思ったよ」

 「そうよね。あなたが一番不安だったでしょうね。こんなことでわたしがびっくりしていたらいけないわね」

 「いまの僕の体はもう、女の子なんだね。明美。女の子の先輩としていろいろ教えてね」

 「えっ! うん、わかった。わ、わたし、お姉ちゃんがほしかったから、応援するよ」

 作った笑顔で明美が言った。

 お姉ちゃんがほしいなんて、浩太郎は聞いたことがなかった。明美の言葉がウソなのは明白だ。

 大好きな“お兄ちゃん”という存在がいなくなることに、動揺しているのは間違いないと思った。

 明美のことを考えれば、身体は女だとしても、男として過ごすのが一番だなと考えていた。

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