新米女子はまだ知らない の 3
2017年10月27日追加しました
湊のクラスの窓側最後列、加賀道雄の席に身だしなみがいまいちな三人の男子が集まっていた。
早朝のことである。教室には他に誰もいない。
「次のターゲットは、原野さんにしようと思うけど。どう思う?」
「僕は一番の美少女は、一番最後がいいと思う」
小野正也の発言に、加賀道雄が応える。
「どうせ無理なら、早いうちに玉砕する方がいいかも」
美少女とは交際できないとはじめから諦めている山野茂の意見だ。
「少なくとも、原野さんに告るスキルはまだないだろ。もう少し練習が必要だよ」
道雄が説明する。
彼らがやろうとしていることは、“告白ゲーム”だ。片っ端から女子に告白をしていく、ただそれだけだ。
美少女にはレベルアップしてからでないと告白できないとでも、道雄は考えているのだろうか。
中学時代恋人がいなかったばかりか、ろくに女子との会話も出来なかった彼らが、高校入学を機に、女子との会話のできる明るい高校生活を目指して、意気投合して始めたことだ。
もちろん真面目な、一途に思い続けた告白のように、玉砕したらその後話しづらくなるようなことがないような告白だ。
「好きです。付き合ってください」「お断りします」「だよねー。ははは」
のようなことの繰り返しだ。
陽気な軽い男子というイメージを持ってもらう。それによって女子たちとの会話が出来る環境を作る。それこそが目的だった。
それによって女子に嫌われる可能性のことなど、女子の気持ちに疎い彼らにはなかった。
そんな風に、次の告白相手を話し合っているとき、ガラリと教室のドアが開いた。
辰見千穂が、日誌を持って入ってきた。
彼女が日直の日だ。
三人の男子は一斉に千穂を見る。
千穂はまだ誰もいないと思っていた教室に男子がいて一瞬驚く。
「彼女だ」
正也が小声で発した。
千穂は日誌を教卓に置くと、昨日の放課後に誰かが落書きした黒板をきれいにしていく。
そんな千穂のところに、茂が近付く。
そして陽気な口調で声を掛ける。
「今日の日直お疲れ。早くからありがとう。ところで、僕の彼女になってもらえませんか?」
「えっ!? ぇぇええ!」
呼び出されての告白なら心の準備も出来ていたかもしれないが、突然のことに千穂の頭はパニックになる。
「ちょっ、ちょっ、ちょっ、ちょっ、ちょっと待って」
湯気が出るほどに上気したのを感じて千穂は、くるりと後ろを向いて、深呼吸をする。
少しだけ冷静さを取り戻す。心臓はまだバクバクしている。
さらに十秒深呼吸をしてから、男子を振り向いた。
ニヤつく表情。ボサボサの髪。全くタイプとかけ離れた男子を確認した。
「お断りします」
「じゃあ、俺と付き合ってください」
「いえ、僕と……」
控えていた残りの二人が飛び出して告白するが、千穂は彼らに怒りの表情を返す。ここにきて遊ばれたことを理解したのだ。
「断る!」
黒板消しを振りかぶり、投げつけるかのような態度を見せる。
それにおののいて、三人は教室のから飛び出していった。
休憩時間、廊下の片隅。正也、道雄、茂の三人はいつものように、話し合っていた。
「辰見さんはおっかなかったねえ」
「今度は、優しそうな人がいいな」
「と言えば、三沢さんかな。優しいお姉さんて感じがする」
「薄幸とか病弱って、護ってあげたくなるよね。年下で美人なら最高なのに」
「僕は世話されたい方だから。優しいお姉さんで、美人だったらよかったのに」
「でも三沢さんは、いつも女子ばっかと話しているし、案外百合だったりして」
失礼な話の末、計画は纏まった。
渡り廊下に差し掛かったところで、道雄が湊を待ち構えていた。
「ん?」
自分を見詰める目に気付いて、湊は短く声を発した。
それを合図に、道雄が告白をする。
「三沢さん。僕と、お付き合いしてください」
深々と頭を下げる道雄。
「? えっ!? えぇぇええ! ちょっと待って。とりあえず頭を上げてよ」
湊の言葉で、道雄は頭を上げる。
「なんで、僕なんかに……」
当然ながら嬉しいということは全くないし、気持ち悪いとも思わない。むしろ、性別を偽っているようで、申し訳ないという思いだった。
気を取り直し、湊は答えを聞くために、まっすぐに相手の顔を見る。
「人を好きになることに理由なんかありません」
彼の僅かに恥ずかしそうにしている表情に違和感を覚える。
彼の目が、奏が告白した時のような真剣な眼差しではなかった。
もちろん、真剣だったら付き合うことを考えるかというとそうでもないのだが。
「ごめんね。今はまだ、誰とも付き合いたいっていう気持ちじゃないんだ。それに、身体もこんなだし、他にもいろいろあるしね」
他にもいろいろというのは、自分が男だったということを濁した言葉だ。
「ありがとう。僕にそういう気持ちを持ってくれて」
言葉を見つけられずに立っている道雄に、湊はそう言うと、少しだけ笑顔を作ってから歩き出した。
道雄が玉砕したときのために控えていたが、茂が二番手として飛び出そうとするのを、正也は引き留めた。湊の断りの言葉を聞いて、遊びで告白をしてはいけない気がしたのだ。
『今はまだ誰とも付き合いたい気持ちじゃない』という言葉。ただの断りの言葉でなく、その裏に何かがある。正也にもそう思えてならなかった。
しかし作戦会議は続く。
「次のターゲットは誰にするか」
「といっても、このクラスでは残りの人数は限られるよ」
正也の言葉に茂が応じる。
茂としては原野有紀に早く告白をしたいのだ。
彼女に告白する前に、他の誰かから万が一にもOKを貰ってしまえば、その娘と付き合わなければならなくなる。
後悔を残したまま誰かと付き合うことはしたくなかった。
可能性がゼロに等しいと気付いていないのが哀れなのだが。
作戦会議の末に、決定されたのはこれだった。
翌朝、教室前の廊下で待って、まだ告白していない女子が来たら誰であっても告白する、というものだ。
既に多くのクラスメイトが登校して、教室で談笑などをしている。
湊も、理沙と恵と話している。
その教室へ向かってきた次なるターゲットとなるクラスメイトは、有紀だった。
いつものように遅めの登校で、小走りの有紀。
彼女を逃すまいと、三人一斉に飛び出した。
「あの僕と……」
「俺と付き合って……」
「僕の恋人に……」
そうやって突然行く手をふさいだ男子三人に、「きゃあ」と短く悲鳴を上げ、有紀は驚き慌ててカバンで顔を隠そうと持ち上げる。
しかし、持ち上げている動作の間も、前進していた勢いが止まらず、間合いを失い、持ち上げるカバンで男子たちを殴り倒す結果となってしまった。
「ゴ、ゴメンなさい」
その言葉だけで、有紀は教室へと逃げ込んだのだった。
「今のは、君たちが悪いよ」
見ていた湊が入り口前で倒れている三人に声を掛ける。
「自業自得だわ」
同じく見ていた千穂も、あきれた様子でつぶやいた。




