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湊がみんなと奏でるストーリー  作者: 輝晒 正流
第五話 新米女子は病に倒れる
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新米女子は病に倒れる の 4

 ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ 


 病院の三が日は、リハビリはなく、何もすることがなくて、浩太郎はただ寝ているしかなかった。

 部屋の片隅には、クリスマスツリーが飾られたままだ。

 ベッドの上から窓の外を眺めることが、病室に戻ってからの浩太郎の日課になっていた。

 けど、ここのところ青空を見ることはなく、気分が晴れることなどなかった。

 今日も雪が降っている。

 「かなり寒いんだろうな」

 浩太郎はずっと空調が効いた病院内にいて、季節を感じることはほとんどなかった。窓から見えるのも空だけだ。

 「寒かったらお見舞いに来てもらうのは悪いな」

 再び独り言をつぶやいた。

 リハビリがある日の、リハビリ後疲れて眠り、目を覚ましてから妹と話をしてという日課と違って、浩太郎はかなり時間を持て余していた。

 それだからか、いろんな思いや不安が頭の中をめぐる。

 しばらく面会ができてないので、両親や兄、特に妹はどれだけ心配しているだろうか?

 年末に電話して体調が戻ったことは伝えたから、少しは安心していてくれるはず。

 このままもうずっとベッドの生活なのだろうか?

 下半身の感覚はかなり戻りつつあって、動かすこともゆっくりとならできるようになった。まだ力ははいらないけど。

 誰かの世話になり続けなければならないのだろうか?

 車いすの人が介助なしで日常生活を送る様子をテレビで見たことがある。

 学校にはいつになったらいけるのか。そもそも通えるようになるのだろうか。

 春から通えたら、区切りがいいんだけどな。

 というふうに不安要素を並べ挙げて、それを否定する。そんなことばかりを続けていた。


 一月四日になって主治医の先生がきて家族の面会再開について「そろそろいいかな」と話した。

 「外はだいぶ寒いですか?」

 「今年の正月は特別の寒さで、雪が積もってるよ」

 「ここにいると、季節感が全くないんで、年が明けたって感じがしないです」

 「元日の夕飯はおせち風のが…… そうか、別メニューだったね」

 元旦に限らず拒絶反応の後、浩太郎の食事はまだスープだけだ。後は点滴で補っている。

 「食事の方も、少しずつ戻していこうか」

 「先生。僕はまた学校へ行くことができますか?」

 「もちろんだよ」

 即答だ。

 「できれば春から」

 それには、時間をかける。

 「うーん…… 最近は体調が良さそうだからね。このままどこも悪くならず、無理はせずに、リハビリがうまくいって、訓練を頑張ればきっと大丈夫だよ」

 「訓練?」

 何のことか分からず浩太郎は尋ねた。

 「学校に行くには、一人で車いすを扱えないと、それからトイレもひとりでできないと」

 「じゃあ、すぐ始めたいです」

 「わかった。他の先生方とも相談してみよう」

 浩太郎の言葉に、先生は明るい表情で応えた。


 家族との面会が許されたのは、翌日の五日からだった。

 しかし、それから三日間面会には誰も来なかった。

 八日の夕方近くになって、ようやく両親と明美が面会に訪れた。

 浩太郎はベッドに横になったまま、三人を迎えた。

 「顔色がよくて少し安心したよ」

 「遅くなってゴメン。お兄ちゃん。裕兄ちゃんのバカが年末に風邪引いて帰ってきたから、うつされてないのを確認してからでないと来ちゃダメだと思って」

 裕兄ちゃんとは浩太郎の八歳年上の兄の裕一郎だ。就職し家を出ている。

 「お兄さんのことを悪く言っちゃダメだよ。お兄さんなんだから」

 「だって……わかった。お兄ちゃんの前では言わない」

 「父さん、母さん。それに明美も。お願いがあるんだけど。聞いておいてもらえるかな」

 「なあに?」

 「言ってごらん」

 「お兄ちゃんのお願いなら何でも聞くよ」

 少しの間を置いて、浩太郎は話し始めた。

 「ずっと心配かけ続けて本当にゴメンなさい。感謝しています。明美のことも大好きだよ」

 言ってから浩太郎は明美に微笑みかける。

 その言葉が持つ意味と、続く言葉を思い浮かべるのに、明美も両親も一秒ほども掛からなかった。

 「ちょっと、何言ってるのよ。お兄ちゃん!」

 まるでドラマで見る最期のお別れのシーンみたいな言葉に、明美は全身の毛が逆立つくらいに驚く。

 「おい、遺言だっていうんじゃないだろうな」

 父親も驚きは隠せない。

 「冗談とかじゃなくて、このあいだのことでよく分かったんだ。聞いて。移植を受けた人が五年後も生きてるのはだいたい十人中七人程度だって。十人中三人も死んじゃうってことなんだ。けどそれは臓器ひとつの移植の場合だから、僕の場合は生きられる可能性がもう少し低くなるだろうって。この前みたいなことが、またいつ起きるか分からない。もちろん起きないかもしれないけど。でもそのときが来たら、伝えたいことが伝えられなくなるって分かったんだ。だから今のうちに言っておきたいんだ」

 浩太郎の話を聞いて、両親は真顔で頷いた。

 「もし僕が生きられなかったら、僕の中の奏の部分は奏に返してあげて欲しいんだ。頼むよ」

 「わかった。けど、そんな日は来ないで欲しいな」

 「もちろんだよ。僕は生き続けるつもりだよ。生きて、また学校に行きたい。それでね、そのためには車椅子をちゃんと使えるようにならないといけないし、ひとりでトイレに行けるようにならないといけないんだって。その訓練が必要なんだって。また余計に面倒かけるけど、お願いします」

 横になったまま、浩太郎はお辞儀するように頭を動かした。

 「何よ改まって。当たり前でしょ。あなたの為にみんながんばるわよ」

 「裕兄ちゃん以外はね」


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