新米女子は病に倒れる の 3
「三十七度四分。微熱だな。朝からか? 下痢とか痛みとかだるいとか他に異常は?」
阪元先生は尋ねながら、目や皮膚症状などの外見の症状を確認する。
「ぼーとしてきたのはさっきの授業中からです。他はないです」
「体育の時間、寒いグラウンドでじっとしてたせいかもね」
理沙が告げる。
「なんだと。あのバカ教師ども、三沢の身体のこと全然わかってないな。再指導が必要だな」
阪元は体育教師に文句を垂れた。
「口を開けて」
湊が指示に従ってマスクをずらして口を開けると、先生はペンライトを使って口腔内の粘膜を観察する。
次に聴診器を取り出す。
「木村、あっちを向いてろ」
「女の子同士ですよ」
「手術跡だらけの身体を見てやるなって言ってるんだ」
理沙は真顔になって素直に従う。
事故で長い間寝たきりだったことから手術のことは想像できたはずなのに、そのことに思い至らなかったことを理沙は反省した。
続いて血圧も測る。
「少し高いな」
「微熱なのに、やけに詳しく診るんですね」
理沙の何気ない質問だ。
その質問に阪元先生の手が止まる。
「ひょっとしてお前、身体のことを話してないのか!? 自分で言うって言っていたじゃないか」
「それが、いたわってほしいなんて言いだしづらくて、まだ言えてないんです。ごめんなさい」
「わたしに謝るな」
阪元先生はそう怒鳴ると、湊の左頬をビンタした。
その瞬間、理沙は顔をそむける。
強烈な痛みと、その後に続くジーンとした痺れに、手を当てて堪えるも、湊は涙目になる。
「自分の身体のことがわかってないのか。普通の人と違って風邪をひいても死につながる場合だってあるんだぞ。へんなプライドなんか捨てろ。よけいな気は使うな。お前は今までどれだけ辛い思いをしてきたのか忘れたのか。それを無駄にする気か」
そういうと阪元は湊のことを抱きしめる。
「わたしは、自分を大事にできないやつは嫌いなんだ」
「どういうことなんですか?」
理沙は理解できずに恐る恐る尋ねた。
「三沢は……、三沢の身体は白血病で骨髄移植を受けている。それに事故の時には内臓や他にも色々と移植を受けている。こんな複雑な移植手術をした話は聞いたことがない。何が起きるか分からないんだ。だから、免疫抑制剤を飲み続けなければならない。最近はいい薬が出てるからこうしていられるが、十年前だったらまだ、良くて外出禁止、悪ければ集中治療室の状態だ。健常者より感染症のリスクが高いし、何らかの要因で拒絶反応が現われないとも限らないんだ」
「そんな……。何で言ってくれなかったのよ」
あまりに衝撃的な内容に、理沙は一瞬言葉を失った。
「三沢。ベッドで横になってしっかりと布団かぶっていろ。木村はわたしが帰ってくるまで、三沢についていてやってくれ」
「どこに行くんですか?」
「お前たちの教室行って、三沢の身体のことを説明してくる。はじめからこうしておけばよかった」
保健室の扉をぴしゃりとしめて出て行った。
「怒らせてしまった。どうしよう」
「すごい怒ってたね。でも嫌ったわけじゃないんだから。反省して許してもらお」
理沙は不安な様子の湊を、安心させるために優しく微笑んでそう言った。
その後熱が上がってきたので、主治医と連絡を取り、念のため検査を受けたほうがよいということで、五時間目の授業時間中に湊は阪元先生に病院まで送ってもらった。
風邪の引きはじめだろうということだったが、翌日は安静にしておくように言われ休むことにした。さらに土曜日も休み、登校したのは翌週の月曜日だった。
湊は重たい気分で、教室に向かっていた。
自分のいないところで、自分のことで話し合いがあって、まだ知らされていない結果はみんなには歓迎されないものだと想像できる。
クラスのお荷物だと思われてるかもしれない。
とてもいつもの気分で登校することはできなかった。
教室に入り、クラスメイトの雰囲気がいつもと違うことを感じた。湊が想像していたこととも。
やけにマスクをした生徒が多い。
それだけでなく、教室自体雰囲気が違う。やけにきれいだ。
湊に気付いたみんなが駆け寄ってくる。
「湊。水臭いじゃないの。どうしていたわって下さいのひとことが言えないのよ。一年間一緒に過ごすクラスメイトじゃない」
聡美が言う。
「風邪気味とか体調に問題のある人は、マスク着用を義務付けたわ」
「ホコリっぽいのがよくないって聞いたから、みんなで一生懸命掃除することにしたよ」
「ホウキはホコリが舞うからって、掃除機を買ってもらえることになったんだよ。排気のきれいなヤツ」
みんながそれぞれに湊に報告する。
「みんな、ありがとう。僕はこんな情けないヤツですが、これからもどうぞよろしくお願いします」
クラス中に聞こえるように湊は、声を張って、頭を下げる。
男子からも「おう!」と返事があった。
「当たり前じゃないの。でも、取り返しのつかないことにならなくて、ホントよかったわ」
「きっと神様がいつまでも大事な話をしない湊に痺れを切らせて、わたしたちに伝わるようにしてくれたのよ」
「そうかもしれないね」
湊はそう答えたが、それならきっと神様ではなく、奏がそうしてくれたに違いない。そう感じた。




