新米女子は病に倒れる の 2
登校すると教室の前で、湊が知らない二人の上級生の女子が待っていた。
「ちょっとあなた、何様のつもり?」
そのひとり、伊藤由佳が湊を睨みつけて言った。
「……何がですか?」
あまりに唐突で、湊は何のことだか全く分からなかった。
「けが人だかなんだか知らないけど、周りから優しくしてもらって、図に乗ってんじゃないの?」
湊の言葉に一歩踏み出して、もうひとりの高木良美が怒鳴る。
湊はその『けが人』の言葉から、バスケ部たちに頭を下げさせたことかと考えた。バスケ部ファンの前で頭を下げさせたのだから、文句をいってくる人もあるかもしれないと思ったのだ。
ただそれは、向こうから自発的にしたことで、言いがかりも甚だしい。けど、こういう人にまともに話をしても、たいていは理解してもらえないのが常だ。とも思った。
だから謙って、謝ることにした。
「バスケ部の皆さんが、あんなことをしてくださるとは、僕も思っていませんでした。大変恐縮しています」
すると由佳と良美は、自分たちの怒りの理由を全く理解していない湊に対して、さらに怒りを顕にした。
「はあ? 何言ってるの!」
「バスケ部って何のことよ。あたしたちは、美咲お姉さまのことを言ってるのよ!」
二人が続けざまに湊を怒鳴りつける。
湊は彼女たちのことを知らなかったが、花園美咲親衛隊を自ら名乗る二人だ。
「失礼しました」
彼女たちの怒りの原因が美咲との間のことだと分かっても、具体的に何が原因なのかは思い至らなかった。
「どうしたの?」
教室から理沙と聡美が出てくる。
他にも遠巻きに湊たちのことを、たくさんの生徒が見ている。
「それが、よく分からなくて」
湊のその言葉が、二人の怒りにさらに火をつける。
「頭悪いんじゃないの? あなたのしたことが美咲お姉さまにどれだけ失礼なことかわからないの?」
「推薦を断ったことがですか?」
湊はしばらく考えてから、半信半疑に尋ねる。
「あたりまえじゃないの」
「それは、昨日お話して、分かってもらえましたけど。僕の身体を気遣っていただいて、感謝してます。美咲さんてお優しい方ですね」
湊は相手の怒りを少しでも和らげようと、美咲を褒めておく。
しかしなぜか逆効果だったようで、怒りが爆発する。
「一年の分際で、お姉さまをそんなふうに呼ぶなんて許されると思ってるの!」
良美が声を荒げる。
「昨日お会いした時、そう呼んでくださいと言われたので」
「二年生でさえそう呼ぶことを許されているのは、五人だけなのに、一年のあんたなんかが許されるわけはないでしょ!」
湊の釈明を全く聞き入れなかった。
「わかりました。花園先輩に謝りに行きますから。わざわざご指導いただきましてありがとうございました」
言い訳や口答えでは解決しないのは明らかだったので、ここは素直に承っておくことにした。
「わかればいいのよ」
要求が受け入れられた以上、相手も責める理由はなくなるので、一旦は矛を収めるしかない。
朝のホームルームの時間が近づいたこともあって、二人は自分のクラスへと帰っていった。
「昨日の花園先輩に命令されて来たのかな」
理沙が疑念を口にする。
「違うよ。美咲さんはそんなことはしないよ。今の人たちは、美咲さんに褒めて欲しいんだろうけど、怒ることでしか自己アピールが出来ないじゃないのかな」
もしかすると、怒られてばかりで育ってきたから、そうなってしまったのかなと、湊は感じた。
三時間目は二クラス合同の体育の授業で、見学の湊もグラウンドにいた。
昨日までと比べ風がかなり冷たい。
まだ履きなれないスカートから出ている奏の脚が、空気の冷たさを湊に伝えていた。
今日の授業では体育大会のリレーの選手の選抜をするために百メートルのタイムを計ることになった。
二人ずつ走り、女子の体育教師が右のコースの生徒の、男子の体育教師が左のコースの生徒のタイムを計る。スターターは見学の湊が務める。
最初は男子が走り、続いて女子が走る。
十五分ほどで計測は終わり、後は通常の授業となった。
計測中、湊はずっと立っているだけ、そのあとの見学は座ってるだけだったので、身体がずいぶん冷えてしまった。
授業が終わるころには、頭がなんだかぼうっとするのを湊は感じていた。
授業のあと、みんなが着替え終わるのを更衣室前の廊下で待っている。
着替え終わって廊下に出てきた理沙が、湊の顔を凝視する。
「なに?」
「熱あるんじゃない?」
言って理沙は湊の額に手を当てる。
「やっぱりあるよ。保健室に行こう」
湊は理沙に連れられて保健室に行くことにした。