新米女子は病に倒れる の 1
明美がその日見舞いに来たのは、昼食時だった。
病棟の入り口で、面会者カードに名前を書いてから、いつものように念入りに手を消毒し、マスクを着ける。
病室へ続く廊下は、感染防止のために自由な出入りが出来ないように、ガラス製のドアがいつも閉められている。面会のときは看護師を呼び出して、健康状態の確認を受けてからでないと、立ち入りは出来ないようになっていた。
明美がインターホンのボタンを押すが、今日に限って一向に返事もなければ、誰も来てはくれなかった。
胸騒ぎがして、明美はドアのガラス越しに、中の様子を窺ってみた。
目が覚めた時から少し気分が悪かったのが、午前のリハビリを終えてますます悪くなっていた。
いつものように軽い昼食が用意されたが、食欲は全くなかった。
「食べられそうにないです」
という言葉に、
「じゃぁ、先生を呼んでくるから。その間少しだけでもいいから食べてみて」
看護師が浩太郎の顔色を見ながら言う。
頷いて答える。
口の中が少し乾いてたので、薄い味のコンソメスープを口に含んだ。
それをのどに送るだけでも、時間がかかる。
むりやり流し込むのを、三回繰り返した時だ。
吐き気を感じて、口を押さえる。
我慢しきれず、今飲んだばかりのスープを戻してしまった。
トレイを置いたテーブルを越えて蒲団まで飛び散ったそれは、スープの色ではなく、どす黒い赤だった。
何が起きたのか理解できず、手に付いたそれを眺めて呆然としてしまう。
血だ。口の中も血の味と胃酸のすっぱさが支配して、浩太郎はさらに気持ち悪さを感じた。
慌てて、ナースコールを押す浩太郎。
数分で医師たちが浩太郎の所に集まり、精密検査と緊急手術の為に病室から連れ出された。
そのとき浩太郎は、遠くで叫ぶ明美の悲鳴を聞いた。
「イヤーッ! お兄ちゃん! お兄ちゃん。 お兄ちゃんを助けて」
病棟の入り口のガラス製の扉に張り付くようにして、明美は泣き叫ぶ。
状況の説明がないまま、血まみれの状態で運び出される兄を見て、明美は事故直後のときのように兄を失ってしまうのではという恐怖に支配されていた。
浩太郎は届いたその悲鳴に、大丈夫だからと伝えたくても、明美まで届く声は出せず、大丈夫だよと伝えるために軽く手を挙げた。ただそれが届くかどうかは分からなかったのだが。
出血の直接の原因は、移植で繋いだ十二指腸の部分に潰瘍ができていたかららしい。しかしそれができた原因が問題だった。
拒絶反応。
主治医が重い表情で告げたのはその言葉だ。
奏に移植された浩太郎の骨髄では全く拒絶反応がなかったから、医師たちにも予断という油断があったのだ。
再び強めの免疫抑制剤の投与が始められた。
主治医の話だと、一生免疫抑制剤を飲み続けなければならないだろうとのことだった。言い換えれば生活に大きな制限が加わるということだ。
その後二週間を集中治療室で過ごし、病室に戻ってもしばらくの間、家族の面会も禁止された。
容態が安定し病室に戻るときには、もうクリスマスを過ぎていた。
しかし今回のことで、結果として良いことがひとつあった。
治療の見直しがされて、使用する薬の種類が変更された。
それによって以前に比べて体調がよくなり、リハビリ後の疲労感がずいぶん楽だと浩太郎は感じるようになった。
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