新米女子と活動するみんな の 5
その後湊が向かったのは、バスケ部の練習だ。
昨日の大袈裟に巻かれた包帯から、健二が自分の怪我をひどいと勘違いしているかもしれない。湊はそれを正そうと思ったのだ。
今日はバスケ部が体育館を使用できる日だと聞いて、湊はそこへ向かった。
ちなみに専用コートや専用体育館はない。運動部は日替わりでグラウンドや体育館を使うことになっているらしい。
体育館に近づくと、ドリブルの音や、靴のキュッキュッという音が聞こえてきた。
弱小と言えど人気スポーツで見学者が多かった。
体育館に入り健二を探すが、それより早く、杖が目立つ湊の方が見つかった。
「おい、整列!」
練習の手を止めて部員が一列に並ぶ。
「昨日は申し訳ありませんでした」
部長らしい人が声を発すると、続いて全員が言って深くお辞儀をする。
湊はそんなことになるとは思ってなかったら、面食らってしまった。
見学していた人たちも、何が起きたか分からない様子で驚いている。
「そ、そんなことしないでくださいよ。今日は怪我はたいしたことないって伝えに来ただけですから」
健二だけならともかく、先輩全員に頭を下げさせては恐縮するばかりだ。
「練習に戻れ!」
部長が指示をして、湊に駆け寄ってくると、他の人は練習を再開した。
健二も湊のところへやってくる。
「こいつがロングシュートを大外ししたせいで、本当にすみませんでした。場合によっては命に関る大怪我をしてたかもしれないって聞いて、でもそうならなくて本当に良かった」
「ロングシュートが下手なのは直ってないんだな」
「悪かったな。体育館が週一回しか使えない弱小部だからな。無理なんだよ」
「そんな考えだから。うまくならないんだよ」
「ほっとけ。ところで、怪我は本当に大丈夫か? お前強がりだからな」
「全然大丈夫だって。ほら、おでこの怪我はこの程度だから。昨日はあんな大袈裟に手当てされてびっくりしたよ。帰ったら妹にも悲鳴をあげられたし」
髪の毛をかきあげて、小さなかさぶたを見せる。
「あれはあの先生の得意技だよ。相手がある怪我のときは、怪我をひどく見せて反省をさせて、被害者の目の前で派手な音がするあのボードで叩いて罰を受けたと納得させる。それでだいたい後腐れはなくなるからな」
「そうだろうと思った」
「この学校の生徒はみんな、あの先生が好きでね。けど怒らせると治療が荒っぽくなるから、怪我の絶えない運動部は、絶対怒らせないようにするんだよ。部活の事故は連帯責任だからね。部として謝ってないと知れると、今度怪我したとき何されるかわからないからね」
最後は冗談めかして言う。
「そうだ。お前やってみせろよ。中学の体育の授業の時、コートのど真ん中から、シュートを決めてたじゃないか」
「ずっと運動してないから無理だって」
「いいから、いいから。おいちょっと空けてくれ」
そう言うと、湊をコートの中に招いて、ボールを差し出す。
松葉杖を左側で二本持ってから、湊はボールを受け取った。
三度ドリブルをして、持ち直すと、右手だけでシュートを放った。
完全に自己流のフォームだ。
放物線を描いたボールは、バスケットのリングの手前の部分に当たって湊の方へまっすぐはね返る。
「あぁ」と残念そうな声が周囲から湧いた。
跳ね返ったボールは、二回跳ねて湊の方へ返ってきた。
それをキャッチして今度は二度ドリブルして、持ち直すとシュートを放つ。
すぽっとバスケットに入ってネットが揺れた。
「おー」
という歓声と拍手が起きた。
「やっぱお前バスケ部入れよ」
健二はもちろん、湊がシュート以外は全く出来ないことを知っている。冗談で言っているのだ。
「興味無いって言っただろ」
「しょうがねえな」
そう言って湊と健二は笑いあった。
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ベッドの上で朝食をゆっくりと摂りながら、浩太郎は明美が飾りかけていたクリスマスツリーを眺めていた。
飾り付けが頂上の星以外では、まだ二つしかない。
看護師が朝食を下げにきたとき、浩太郎は車椅子に座らせてもらった。
午前のリハビリまでしばらく時間があり、浩太郎はその時間を使いツリーを完成させようと思ったのだ。
セットには雪のパーツが入ってなかったので、ティッシュを細く切って、ツリーの枝に並べた。
上出来かな。少し離れて眺めた浩太郎はそう思った。
午後のリハビリの後、浩太郎はいつものようにくたびれて眠っていた。
目を覚ましたとき、外は薄暗くなっていた。
「おはよう。もうすぐ夜だけどね」
明美がそばにいて声を掛ける。
浩太郎は彼女の様子に、この前のような怯えがなくて安心した。
「お見舞いありがとうな。それとこの前はごめんな」
「わたしこそ、リハビリがあんなに大変だなんて知らなかったから」
「え?」
「今日の午後のリハビリ、こっそり見せてもらったの。痛かったり苦しかったり、それでも何度も何度も繰り返さなければならないなんて知らなかった」
「ホント、あれは辛いよ。特に精神的に。いつも休みたいって思うし、めげそうになるよ。終わればくたくたで何もしたくなくなるよ」
浩太郎は普段はあまり言わない弱音を並べた。
明美も兄がそんなことを言うのを聞いて驚きの表情を浮かべている。
「でも大丈夫だよ。明美やみんなが僕のことを思ってくれていることが分かったから」
「うん、応援してるよ」
明美が優しい笑みを見せる。
「ところで、こんなにしょっちゅう来てると、勉強が疎かになってるんじゃないのか?」
「ちゃんとやってるよ。ほら」
さっきまで読んでいた参考書を取り上げる。
「友達とも遊ばないといけないだろ」
「やっぱり迷惑?」
「そんなことはないって。ただ眠ってるのを見に来てもつまらないだろ」
浩太郎のその言葉に、明美は急に顔を歪ませた。涙がこぼれそうだ。
そんな泣かせるような言葉ではないのに、と慌てる浩太郎。
「そのくらい全然平気だから。……ちゃんと目を覚ますのがわかってたら、いつまでだって待ってられるから」
「えっ?」
「事故の時、覚悟をしておいてくださいって言われて、手術が終わるまで丸一日以上待たされたときとか、その後の容態が安定するまで、何度も何度ももうダメかもしれないからって連絡を受けて、ガラス越しに眺めるしか仕方がなかったあのときの怖かったことを思えば、全然平気だもん」
言い終えると、明美は声を上げて泣き出した。
「おい、泣くなよ。悪かったな、心配させて」
浩太郎はベッドに伏せて泣く妹の頭を優しく撫でてあげた。




