新米女子と活動するみんな の 4
長かった終礼の後、湊の周りには、いつもより少し多い人だかりができていた。
「ありがとうございます。おかげで無事に体育委員会に報告できます。三沢さん。いえお姉さまと呼ばせてください」
「それはちょっと」
「ホントいい援護射撃だったわよ」
聡美も褒める。
「かっこよかったです」
隣の席から男子委員長の元木翔もそう言ってくれる。
くすぐったい気持ちに照れ笑いをする。
「無茶するわね。ホントに出ることになってたら、どうするつもりだったのよ」
千穂が責める。
「だから五十メートルくらい、杖ついて歩けばいいじゃないか」
「杖ついたら反則でしょ。パラリンピックだって、杖ついた選手なんかいないじゃない」
「そうなの?」
湊の疑問に答えられる者は誰もいなかった。
「そのときは、這って進むしかないよね」
「もういいじゃない。湊のお陰で空気変えることが出来たのは間違いないんだから。やっぱ立候補するべきね。生徒会」
聡美の言葉に、一同が頷く。
「生徒会長に立候補したら絶対投票しますから」
「いや一年は書記か会計だけよ」
「それだけど、推薦されたわけをもうちょっと詳しく聞いてこようと思うんだ。先に部活見学行ってて」
「ついていかなくて大丈夫?」
理沙が尋ねる。
「人がいるから話せなかったのかもしれないし。大丈夫だよ」
そうでなければいいなと思いながら、湊は生徒会室へ向かった。
ノックをすると「とうぞ」と返ってきたので、湊は「失礼します」と言って入室する。
美咲が席を立ち、湊を迎え入れる。他に三人の先輩がいた。
「来てくださると思ってましたわ」
「いえ、まだ立候補すると決めたわけではないんです。推薦の理由を詳しく知りたくて」
「そうですの。まあ、どうぞおかけになってください」
湊は勧められた応接セットのソファに腰を下ろした。
美咲はその向かいに座り尋ねる。
「コーヒーと紅茶、どちらがお好みですか?」
「紅茶をお願いします」
近くにいたおそらく二年生の人が、紅茶を用意し始める。
「高校生活は楽しめてますか?」
「はい」
「それはよかったです。お身体の様子からいろいろとお困りではないかと、心配しておりました」
「お心遣いありがとうございます」
「どうぞ」
テーブルに紅茶のカップが置かれた。いい香りが漂う。
「少し外してもらえますか」
美咲が他の生徒に言うと、作業がある人も手を止めて、部屋を出て行った。
それを見届けた後、十秒ほどの思案の後、彼女は口を開いた。
「実は、学校医の阪元先生からあなたのことを頼まれましたの。絶対に言うなと言われてますので、聞かなかったことでお願いしますね」
湊は息を呑んだ。
阪元先生は湊が男だったということを知っている。その先生から言うなということを聞かされたということは、その秘密なのかと。
しかし、それは杞憂だった。
「あなたは高得点でトップ合格されたそうで、本当ならもっと上位の進学校を目指せていたはずだと。ただお身体がそのような状態ですから、こちらを選ばれたそうですね。医師が勤務している高校はあまりありませんから」
美咲の様子は、プライバシー侵害の告白に、少し不安そうだった。
「僕の身体のことは、どこまで聞きましたか?」
「事故のときは本当に大変な状態だったそうで、臓器の移植も受けられたとか。さらにその前には白血病で骨髄移植も受けられているそうですね。免疫抑制剤を服用されているということで、体調を崩されやすいから絶対にムリをしてはいけないと伺いました」
医者が患者の内容を話すのは守秘義務違反だ。
しかし、普通の身体ではないことをみんなに話していたわってもらえと、湊は阪元先生に言われて、話しますと答えたことだから、同意はあったとしてこの違反が問題になることはないだろう。
ただ、いたわってくださいと頭を下げることは、我慢強い性格とプライドが邪魔をして湊はまだ話せていなかった。
阪元先生が信頼して、こっそりと依頼した人だ。だから湊も、この人を信頼して大丈夫だと感じた。
「その通りです。ただトップ合格に関しては、みんなより勉強する時間が一年長かったからだと思います。病室は暇だったんで」
湊は明るく答えた。
「ご謙遜は無用よ。それで頼まれた内容ですけど、あなたが所属したクラブがあなたの体調を考えないような活動をしたなら、指導をして報告をしなさいと。そういうことです。しかし、わたしもすべての活動に目が届くわけではありませんから、いっそ手元においておけば、間違いはないし、優秀なあなたがそばにいていただければ、わたしも心強いです。この前のクラブ活動の紹介のとき、生徒会事務員の募集はしないと言った手前、事務員として入っていただくのは不正だと思い、役員選挙での応援をと思った次第です」
「よく分かりました。お気遣いいただいてとてもうれしいです。ただ、友達からやりたいことをやろうといわれて、僕もそうしようと思っているんです」
「もちろんそれが一番よ。ですから、まだ決まってなかったらと申しましたでしょ。あなたと知り合いになれてよかったわ。ぜひまたここやわたしのクラスにでも遊びに来てください」
「ありがとうございます。花園先輩」
「どうか、『美咲さん』と呼んで下さい」
少しの間湊は躊躇ったが、それに答えることにした。
「はい、美咲さん」
その返事を聞いた美咲の笑顔の素敵さに、湊も美咲と知り合いになれてよかったと感じていた。