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湊がみんなと奏でるストーリー  作者: 輝晒 正流
第三話 新米女子は男子と女子に戸惑う
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新米女子は男子と女子に戸惑う の 4

 湊が保健室に連れて来られると、阪元先生はすぐに傷口の消毒をする。

 そして、額の傷には絆創膏を貼り、右の手首には軟膏を塗ってガーゼを当て、なぜか必要以上に大げさに包帯を巻く。

 ボールを受けた顔のところは冷却材で冷やしている。

 「大丈夫大丈夫こんな怪我くらい」

 男のような乱暴だが、明るい口調で先生は言って笑った。

 「で、そのバカ男子は、付き添わないどころか、様子も見に来ないのか」

 湊たちに対する言葉とは違って、イライラ口調でつぶやく。

 手当の後片付けも済んだ頃、扉がノックされる。

 「どうぞ」

 「うちの部員がけがをさせたそうですが、具合はどうですか?」

 顧問の先生がまず様子をうかがう。

 「まぁ、全治二週間ってとこかな」

 言って湊を指差す阪元先生。

 目立つように貼ったおでこの絆創膏と、右手の包帯が痛々しさを演出している。

 「お前か、けがをさせた男子は」

 健二がうなずくと、ツカツカツカと歩み寄って、カルテを挟むプラスティックの板で、頭をはたいた。

 パコーンとすごい音がした。

 「女子の顔にけがさせるなんて、最低だ! それに怪我人の面倒を見るのが最優先だ。バカ者。安全策を講じるまであの場所は使用禁止!」

 「申し訳ありませんでした」

 「それから、制服ぐらい弁償してやれ、おろしたてなのに綻んでるからな。これで許してやってくれ」

 阪元はそう言って、最後に湊を振り返る。

 「はい」

 あっけにとられたまま湊は返事をした。

 「じゃあ帰ってよし」

 阪元先生は、しっしっと追い払う仕草をする。

 「あ、あの。健二と二人だけで、ちょっと話したいんですけど」

 ここで口止めしておかなければ、取り返しがつかなくなる。そう思って、湊は意を決した。

 先生はしばらく湊の表情を窺う。

 「そうか。みんな。出てやれ」

 そして外に追いやる仕草をしながら言った。

 「そうそう、ベッドは使うなよ」

 「使いません!」

 「女子は顔だぞ。笑顔を忘れるな」

 阪元先生は湊の耳元に囁くと、業務用のタブレット端末を持って保健室から出て行った。

 「えっと呼び捨てにされる覚えはないんだけど、誰だったかな」

 二人きりになると、健二が口を開いた。

 下級生と分かりつつも、怪我をさせた手前、丁寧な言葉を使う。

 「僕だよ。入院中は慣れない手紙を書いてくれてありがとう。うれしかったよ」

 湊は顔の冷却材をどけて、顔を見やすくする。

 「え? ……ぇえーっ!」

 ようやく目の前の女子が誰かわかったようだ。

 「大きな声出さないで」

 「ど、どどどどうしたんだよ。その格好」

 「やっぱり手術の内容は聞いてなかったんだね」

 「高塚が即死で、お前は二十四時間以上の大手術をして、それからも危険な状態が続いているとは聞いた。そのあともずっと面会謝絶だったから見舞いに行けなかったし。卒業までに会えなかったからな」

 「卒業式に来てなかったじゃないか。無理してみんなに会いに行ったのに」

 「爺さんの葬式だったんだ」

 「手紙出しても返ってきたし」

 「年末にこの近くに引っ越したんだ。爺さん入院した後、婆さん一人になるから世話しないといけないからって。でも卒業名簿には新しい住所載ってただろ。ケータイもあるし」

 「だって、ケータイは事故で壊れたし、僕は休んでいたから卒業できなくて、もう一度三年生だったんだ。だからその年の卒業名簿はもらってないんだ」

 「そうだったんだ。悪かったな。でも、それとその格好はどう関係あるんだよ」

 「僕の下半身は事故で潰れてしまって、奏のお腹から下の身体をそのまま移植されたんだ。形だけ男にする手術もできたんだけど、ずいぶん悩んで、高校からこうすることにしたんだ。勘違いするなよ。女の子になりたかったわけじゃないんだからな」

 声を潜めて言う。

 健二はしばらく言葉が出てこないようだった。

 「……そんなことになってたのか。このことは、誰も知らないのか?」

 「先生以外は知らない。中学の最初の同級生は知らされたのかどうか恐くて聞けなかった。健二が知らなかったっていうことは、誰も聞いてないんだろうね。後の同級生には話してないし、バレないように同学年から誰も進学しないこの高校を選んだんだ」

 「じゃあどうして俺に話したんだ」

 「さっき顔見られたから。いつか気付かれて、ひとに話されるのがイヤだから。だから、頼むよ。今は誰にも言わないで」

 「当たり前じゃないか。俺とお前の仲だろ。……そうか。高塚かわいそうにな。せっかく白血病から助かった命だったのに」

 「だから、残った奏の身体を僕は大切にしてあげたいんだ」

 二人の話は、少しの間続いた。


 そのころ保健室の外では壮大な妄想が広がっていた。

 「あいつら同じ中学の出身だな。ということはクラスメイトだったのかな」

 先生がタブレットを捜査して確認する。

 「きっと、中学時代二人は恋人同士だったんだわ」

 「相手の顔見たとたん逃げ出して泣いてたもの、つまりそれは湊が捨てられたってことよね」

 「事故で会えなくなったから捨てられたのか、捨てられた悲しみの中で事故にあったのか。どっちにしてもひどい話よね」

 「なんてかわいそうなの。湊。抱きしめてあげたい」

 「女子高生の妄想は、果てしなくていいな」

 あきれ口調でつぶやく学校医がいた。

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