新米女子は男子と女子に戸惑う の 3
クラブ活動をまだ決めかねていたが、リハビリをあまり休むわけにはいかないので、湊は今日の部活見学はせずに下校することにした。
有紀はどうしても運動部が見たいからと、見学に行っている。
それで理沙と恵だけが湊に付き添っていた。
昇降口から校門への道の近くの校庭で、少しばかり人だかりができていた。
「バスケットのシュート練習をしてるみたいだね」
人垣の隙間から見える様子から見て、湊が答える。
人だかりはそのギャラリーだ。
「バスケットって人気なのね」
理沙が言う。
「雰囲気からして、人気の先輩を見に来たっていう感じじゃない」
と恵。
そして、二三歩進んだ時だった。
「危ない!」
という女の子の声に、湊は声の方を振り向いた。
何かの塊が前に落ちたのを湊は見た。
タン! という音がした次の瞬間、湊は顔面でそれを受け止めた。
「わーっ!」
マスクが外れて宙を舞う。
バスケットのボールが、スローモーションのように自分の真上を飛び越えていくのを見た。
このままだと真後ろにひっくり返って、後頭部をぶつけると思い、受け身を取ろうとする。
しかし、両脚が思うように動かないためにバランスを崩し、しかも両手に松葉杖を持っていたので、うまく手をつくこともできず、上半身を捻って右腕から落ちるのが精いっぱいだった。
勢いは止められず、アスファルトの地面に額の右の方を少しぶつけた。
「きゃー! 湊、大丈夫?」
「痛ったー…… でも、大丈夫。大したことないよ」
「おでこから血が出てるじゃない」
理沙がティッシュを数枚出して、拭いてやる。
「保健室へ行きましょ」
湊は腕をさすってみる。打ち付けた痛みはあるが、骨折はしていないようだった。
「大丈夫だって」
言葉だけでなく笑顔も見せて、理沙と恵を安心させたかったが、すぐには無理そうだった。
「わりぃ。大丈夫か?」
ボールの主がのんきな調子で声をかけてくる。
その時はまだ状況が分かってなかったのだろう。普通ならボールをぶつけても「痛いな!」って言われるくらいで済むはずだから。
しかし、現場の状況は、スポーツ少年にとっては最悪の状況だ。
松葉杖をついた女子を転倒させ、顔にけがをさせている。
瞬間、ガラリと態度が変わる。
「すまん。わざとじゃなかったんだ。申し訳ない。とりあえず保健室へ。いや救急車かな」
「大丈夫だから」
湊はまだうつむいたまま、もう一度言った。
その声にかぶせるように理沙と恵が吼える。
「上級生でも許しませんから」
「顔にも怪我したんですよ。どう責任取るんですか」
責任を取らせる程の怪我でもないということを伝えようとする。
「ちょっとすりむいただけだから、本当に大丈夫ですから」
そう言ってからようやく、湊は顔を上げて相手を見た。
「……健二!」
思わず声が漏れる。そして、自分の今の姿を思い出して取り返しのつかない失敗をしたと焦る。
「へ?」
健二は、なぜ下級生の女子に下の名前を呼び捨てにされたのか心当たりがなくて、疑問符を浮かべている。
湊はとにかく逃げ出したかった。
顔が熱い。きっと真っ赤になってるに違いない。
「保健室へ連れてって」
健二から顔をそむけ、湊は小さな声で理沙に頼んだ。
理沙と恵の手を借りて、立ち上がると、限界の速さでその場を立ち去った。
「どうしたの?」
湊の様子を心配して、恵が尋ねる。
「知り合いだったみたいだけど」
湊は説明のしようがなく、だまったまま保健室へと向かった。
歩きながら湊は必死に考えていた。
『まだ気付かれてない。けど顔は見られた。声も聞かれた。この状況だからまた絶対謝りに来る。そしたらもっとはっきりと顔を見られる。名前もばれる。下の名前は変わったけど、三沢と聞けば絶対わかる。
どうして逃げ出してしまったんだ。あの場で口止めだけでもしなくちゃいけなかったのに。
今にも、僕のことを男だと誰かに話しているかもしれない』
絶望的な思いが脳裏を駆け巡る。
涙がこぼれそうになるのを、湊は堪えていた。
「泣いてるの!?」
「少し痛くなってきたから」
そう誤魔化した。