新米女子は男子と女子に戸惑う の 2
ある日の昼食のときだ。
いつもの四人で集まっている。
湊は惣菜パンひとつと牛乳のパック、それに加えてサプリメントと薬が十錠だ。事故以前ならもっとたくさん食べていたのだが、入院中に小さくなった胃が、元通りにならずに、いまだ小食のままでいた。
「薬をそんなにたくさん飲むのって大変ね」
「慣れたからたしたことないよ。それに飲まないと元気でいられないからね」
理沙の質問に答えて、机の上に置いた薬を湊は眺めた。
そのひとつは免疫抑制剤だ。それを飲まなければならないから、他の人より感染症に罹りやすい。そのことをみんなに話しておけと阪元先生に言われているのに、湊はまだ言いだせないでいた。
「実は……」
「どうしたの?」
薬の話が出たこの機会に、話してしまおうと思って言いかけたが、湊のその言葉にかぶって、有紀が恵に声をかける。
恵がみんなを見回して、難しそうな顔をしている。
「食生活の違いは、やっぱり体形に現われるのかなって」
「やけに難しいこと考えるのね」
「太るってこと?」
「それもだけど、理沙と有紀はバランスの取れたお弁当。わたしと湊はパン食。で、ある、ある、ない、ない」
恵がみんなを順番に指差しながら言う。
「特に湊はこれ以上ないくらいの真っ平らで」
「ちょっと言いすぎでしょ」
理沙が注意するが、湊にはまだ何の話題か分かってなかった。
「何が」
「胸の話よ。気にしてないの」
「気にしてなかった」
ひょっとして男がばれる? 湊は心配になった。
対応によっては疑われかねないと思い、恵に話をあわそうとする。
「そ、それでどうしたら、大きくなるの?」
有紀の胸にに視線を向ける。気にして見てこの四人の中では一番胸が大きいことに気付く。
男子の多くがオッパイ星人であるなかで、湊は浩太郎だった時から、女子の胸には視線を奪われることは、ほとんど無かった。単に未成熟だったからかもしれないが。
「牛乳飲めば大きくなるってのは、迷信よ」
「じゃあ、やっぱり、揉んで……」
恵がしぐさを交えて言う。
「ちょっとあなたたち」
恵の言葉を聡美が割り込んできてさえぎる。
「風紀を乱すような会話は、謹んでくださいますか。隣で男子が聞き耳を立ててるでしょ」
隣の男子、翔と一緒に昼食をとっていた男子たちが、一斉に顔を背ける。
そればかりではない。今の聡美の注意する言葉にクラス中の視線が四人に向いていた。男子には聞かせられない女子の話を男子の隣でしていたことに対する、男子たちの好奇の視線と、女子たちの軽蔑に近い視線だ。
千穂の睨むような視線と湊は目が合ってしまった。男である自分が女子たちと卑猥な話をしたことを咎めているように感じられた。男として恥ずかしさを感じた。
その湊の横で、有紀が真っ赤になった顔を両手で隠している。
そこまで恥ずかしくはないものの、自分の感じている恥ずかしさは恥ずかしさは、同じものなのかと湊はふと考えてしまった。
「すみません」
「恵のせいで怒られたじゃない」
あまり反省しているようには見えない恵の頭を、笑いながら理沙が小突いた。
「わたし? 湊がおっきくなる方法聞いたからじゃないの」
恵の小声の抗議に、湊は「ごめん」と謝るしかなかった。
音楽中心のラジオ番組をBGMに、リビングで勉強している湊のところに、明美が二人分の紅茶を入れてやってきた。
「一息入れたら、体操しよ。お姉ちゃん」
リハビリの一環として、ときどき妹が、身体を動かすのに付き合っている。
ひとりでもできるようなことなのだが、付き合ってくれることに湊は感謝していた。
「だいぶ動くようになったね。お姉ちゃん」
「ゴールデンウィークがあける頃には、歩けるかな」
「それはまだムリじゃないの。お姉ちゃん」
「でも目標は高く持ってないといけないって言うし」
「高すぎる目標は挫折の元だよ。お姉ちゃん」
「ところで、どうしていちいち『お姉ちゃん』てつけるの?」
「まだ言い慣れてなくて。人前で呼ぶときに『お兄ちゃん』て言ったらまずいでしょ。お姉ちゃん」
「そっかぁ。苦労かけるね」
「どういたしまして。お姉ちゃん」
ストレッチをしながらの会話は続く。
「ところでさぁ」
「なぁに。お姉ちゃん」
「明美は胸のサイズって気にしてる?」
「わわわっ。何よ。急に。お兄ちゃん」
明美は逃げるように後ずさって、胸を隠す。
突然支えを失った湊は、バランスを崩してひっくり返った。
座った状態からだったからよかったけど、立ってストレッチをしていた時だったら、頭をぶつけていたかもしれない。
「危ないじゃないか」
「ごめん。でもお兄ちゃんが急に、エッチなこと聞くから」
「エッチ? いやいや、そういうつもりはなくて」
湊は慌てて否定する。
「今日学校で胸がまっ平らって言われて、気にしてないって言ったら、気にしろって言われて。女の子ってどういう反応するものなのかなって。それで」
「なんだ、そうか。そうよね。お姉ちゃんはもう女の子だもんね。女の子の会話をして、エッチだなんて言ったらダメだよね。ゴメンネ。お姉ちゃん」
「別に謝らなくてもいいよ」
「わたしは、友達と比べてそんな小さいほうじゃないから気にしてないけど、これで止まったらイヤだなとは思うよ。でも普通の女の子が男の子みたいな胸はありえないと思うけど、もしそうだったら相当なコンプレックス感じてるだろうね。早く大きくしたいとか、その話はダメとか思うんじゃないかな」
照れながら明美が話す。
「早く大きくしたい、かぁ……」
言って湊は自分の胸を見ながら、そこにふたつの膨らみがある未来を想像する。
「だめだ。考えられないよ。こんなふうになったら僕どうしたらいいんだろ」
顔を真っ赤にしながら、両手で胸のふくらみを表して湊は明美を見る。
「そうなったら、ブラをつけるしかないよね。でもすぐにでもつけた方がいいかもしれないよ」
「な、な、なん、なんで?」
ブラジャーを着けろといわれて湊は錯乱する。
「今はブレザー着ているからわからないけど、夏になって薄着になると、ブラ着けてないのわかるもん。女子高生がノーブラでいるとわかったらどうする?」
「男だったら間違いなく興奮すると思う」
「女子から見てもイタい人かなって思うよ。男の娘コスプレって思われるかもしれないし」
「それはまずいよ」
「まずいよねぇ。お姉ちゃん。あっ、ちょっと待ってて」
明美はリビングから出て行ってすぐに戻ってきた。
「はい」
白い布切れを手渡す。
「何これ?」
「スポーツブラ」
広げるとその独特の形状に、湊の恥ずかしさが頂点に達する。
「わわわわ」
腕をいっぱいに伸ばして遠ざける。
「女の子のパンツはいてるくせに、なに恥ずかしがってるのよ。わたしの下着持ってそんな態度されると、こっちまで恥ずかしいじゃないの」
「形が独特だから」
「ただの布切れじゃない。絶対必要なものなんだから。しっかりして。お姉ちゃん」
「わ、わかった」
明美に言われて、湊は気を取り直す。
「ちょっとアンダーがきついかもしれないけど、明日はそれを着けて」
「あ、明日から?」
急な話に湊は焦る。
「今着けてみる?」
「明日からでいいです」