新米女子は新しい友達をつくる の 4
しばらく行くと「紅茶本日無料」の立て看板が出ていた。
喫茶部とある。
「ここは何するクラブですか?」
「みんなでお茶をするクラブよ」
そんなのもありなのかというのが四人の率直な第一印象だ。
「どうぞこちらへ」
湊たちは席に案内される。
机もイスも教室のものだが、テーブルごとに色の違うテーブルクロスがかけられていて、それだけで普段の教室とはずいぶん違う雰囲気だ。
教室の中には、紅茶のいい香りが漂っている。
お茶を飲んでいる生徒は何組かいて制服の真新しさから見て、ほとんどが新入生のようだ。
湊は、正面の少し離れたテーブルで紅茶を飲んでいる二人連れの女子の一人と目が合った。彼女も新入生だ。
彼女は湊をしばらくの間見つめていた。知っている人かどうかを確かめるみたいにだ。湊の方には彼女のことは記憶になかった。
服装がおかしいのかなと思って、湊は自分の格好を確認する。先月までは男子の格好だったのに、今は女子高生の格好をしていること以外におかしなところはない。
まさか男だったことがばれた? とも思ったが、それほどの不審な目では見られていない。
「どうしたの?」
「向こうの席の子と目が合って。知らない子なんだけど」
理沙の問いかけに、湊は小声で答える。
理沙はちらりとその女子を見る。
「誰かと勘違いしてるんじゃない」
湊が視線を気にしていることが、分かったのか彼女は愛想笑いをすると、友達と一緒に席をたった。
まもなく香りのいい紅茶が注がれた陶器製のティーカップをトレイに載せて、男子部員がやってきた。
「今日は略式でしますね」
と言いながらも、丁寧にひとりずつ横に立って、紅茶を出していく。
出し終えると、有紀と理沙の間に立って、部活の説明を始めた。
有紀はその男子部員と距離を取ろうと、湊のほうに身体を寄せた。
「普段の活動は、部員でお茶やコーヒーの淹れ方を研究するんだけど、週一回簡単なお菓子と紅茶やコーヒーを出す喫茶店のような営業をしているんだよ」
「え、営業ですか!?」
湊は驚いて聞き返した。
「そう、営業。セットで三百円。きちんと帳簿を付けて、企業会計の基礎も勉強できるよ」
理念はよさそうだが、普通の高校のクラブとしてはどうだろう。と湊は疑問を浮かべる。
「どうかな。うちの部に入らない? 君みたいなかわいい子がいたら、お客さんがたくさん来てくれそうでいいんだけどな」
有紀に向かって言う。
「お、お断りします。わ、わたし、そういうのって、好きじゃないんで」
緊張した様子の有紀が、強い口調で答える。
「あ、あっ、そう…… 残念だなぁ。どうぞゆっくりしていってね」
有紀の言葉に圧倒されて、苦笑いで会釈をすると、その部員は離れて行った。
「ちょっと、あんな言い方しなくてもいいじゃない」
と、理沙。
「でも客寄せパンダみたいなことでしょ。失礼じゃない。三沢さんもそう思うでしょ?」
恵が同意を求める。
「そうだね。嫌なら嫌ってはっきり言っていいと思うよ。ただ、上級生だから言い方は気をつけた方がいいんじゃないかな」
「分かってる……」
肩を落として有紀が小さく答えた。
「ところで、いい部活はあった?」
湊は有紀の様子を気にして話題を変える。
「新聞部は興味あるけど、写真部にあれだけ言われる部はちょっとって感じ」
と恵。
「今日見た中なら僕は写真部かな」
「そうするとますます新聞部には入りづらくなるな。三沢さんにあんな風に言われたら嫌だもの」
「僕は悪口なんて言わないよ。で木村さんと原野さんは」
「わたしは、運動部にしようかな。ダイエットにもなるし。で、理沙はどうするの?」
「まだ全然」
理沙が答えた。
「ちょっといいかしら」
隣の席から突然、声をかけてくる生徒がいた。
「あれ、委員長。いたの」
「仕事以外の時くらいは、名前で呼んでいただけるかしら」
「えーっと」
恵と有紀が考え込むしぐさに「失礼ね」と聡美がつぶやく。
「水城さんだよね」
「そうっ、それよ!」
湊の言葉に、聡美は語気を強くした。
「どれ!?」
驚いて聞き返す湊。
「みなさんのグループでは下の名前で呼び当てるのに、どうして三沢さんだけ名字で呼び合うのかしら」
「年上だから?」
疑問形で自信なさげに、有紀が答える。
「僕は中学のときから名字で呼んでいたから」
それは、奏以外の女子は、ということだ。親しい男友達とは下の名前で呼び合っていた。
「傍で見ていて、ぎこちない間柄にしか見えないわ。下の名前で呼び合ってもらえないかしら」
「もちろん、三沢さんが良ければ」
理沙が湊を見る。
「だからタメでいいって」
「それでしたら、三沢さんも下の名前で呼ばないと、呼びにくいでしょ」
「そうですね」
「誤解しないでね。怒ってるわけじゃないのよ。湊」
その瞬間、湊は聡美が言いたいことを理解した。自分も下の名前で呼び合える親しい仲になりたいのだと。委員就任であんな挨拶をした彼女の事だから、きっとクラスの全員とそういう仲になりたいのだろうと。
「わかった。ありがとう。聡美」
湊はちょっと恥ずかしがりながらも、そう呼んだ。
「それでいいわ。じゃあまた明日ね」
聡美は嬉しそうに答える。
そして店の人、ではなく喫茶部の人にお礼を言うと教室を出て行った。
聡美を見送った後、湊たちは大声を出して、笑ってしまった。
「素直に言えばいいのに」
「でもうれしかった」
中学の時は男子だった自分には女子のグループとはどうしても壁が存在していた。それが女子の制服を着ただけで、こんなに親しく話が出来るなんて不思議な気持ちだった。
「じゃあ、早速呼んでもらいましょうか」
「うん。理沙、有紀、恵。僕のことは湊でお願い」
「もちろん。湊」
湊はこの学校に来て良かったと感じた。きっと彼女たちとはいい友達になれるとそう思った。




