第一章 海賊船と軍艦.07
炎光炉を撃ち抜かれたジーニアス号には
降伏以外の選択肢はなかった。
機関部のない軍艦は、
スクリューによる急速な推進力もなければ
自慢の砲門も全く使えない無防備な帆船でしかない。
ジーニアス号はリーゼル級、
オールド号はその一つ下のエンゼル級という
戦船の基準でいうと最小の大きさ。
喫水も浅いオールド号の方が帆だけで勝負した際には当然早い。
オールド号は砲撃に全出力を使ったため、
あと数十分は砲撃も何もできないのだが、
そんなことをレイジェ王国の軍艦がわかるはずもない。
もしわかったしとても、
「もしも」と考えれば迂闊なことは中々できないだろう。
「さて、と。金目のモノはこの程度かな?」
船を横につけ砲門を全て開いて撃てるようにしてから、
船長と数名の海賊はジーニアスに乗り込んだ。
自分の乗っていた船を撃沈されたオーシャも
無理を言って同行させてもらう。
ジーウィルは軍艦を制圧することに手馴れているのか、
手際よく無力化した。
相手の乗組員は将軍と副将と数名を除いて
全員後ろ手を繋がれて船首に座らされている。
5人一組で繋がれているので、身動きは取れない。
勿論、こちらを隙あらば奇襲しようと
隠れていた海兵も全て捕らえていた。
「くっ……ならずもの風情が。こんなことをしてただで済むと思うなよ!」
チッタ将軍が腹立たしげに、ツバを吐いた。
オーシャは『これが噂に聞くゴリラ?』と
平然とジーウィルに尋ねて失笑された。
それくらいガタイの良い巨漢で、
同時に見ただけで品がないことがわかる将軍だった。
こんなのが公国の動物園にいたら
それはそれで子供に見せるには大問題だろう。
教育に悪い。
ジーニアス号はいかにも新鋭の戦艦。
それがボロいオールド号に負けたのだ、
誰だってプライドを激しく傷つけられば
悪態をつきたくもなる。
少しだけ積まれていた金貨を無造作に
海賊に差し出す羽目になったのだ。
軍艦だから、金銀財宝とは期待していなかったが。
「これで全部だ! 気が済んだだろう! とっとと私らを解放して帰れ!」
唾を飛ばして、チッタが叫ぶ。
船は無力化され、
船員は皆殺しとされてもおかしくない状況で、
よくもまあ強気に出られるものである。
ジーウィルはそろそろ引き際かと考えていたが、
前に出たのはオーシャだった。
少女は振り返って
「ちょっと話していい?」と視線で問い掛けてくる。
船長は一瞬悩んだが、活躍したのは彼女一人だ。
なにより自分の船が撃沈されて
あやうく死にかけたのだから、
恨み言の一つでも言っていいだろうと考えて頷いた。
彼女はチッタの前に立つ。
「ほう……」
こんな状態だと言うのに、
将軍は嫌らしく舌なめずりしていた。
海賊船に年端もいかない少女が何故に乗っているかなど、
彼には関係ないらしい、
「アンタさ」
少女は毅然と見上げ、こう言った。
「ナメてんの?」
誰もが、少女の言葉を理解できなかった。
「……なんだと?」
チッタが押し殺した声で問い返すが、
オーシャは顎で差し出された金貨を指す。
「人の船を撃ち落そうとしておいて、アレで済まそうって? いくらなんでもちょっと虫が良すぎるんじゃない? 船長がお人よしだからって馬鹿にすんのもたいがいにしなよ」
「え、ひょっとしてワシ、こんなところで馬鹿にされてる?」
思わず呟いたジーウィルに、
オブラートに物事を包む副長メイツェンですら頷いた。
「貴様……何が言いたい!」
恐らく彼の人生でここまで高圧的に言われたのは初めてだろう。
しかもそれが自分より一回り以上は
年下の少女に言われているのだ。
チッタは顔を真っ赤にしてわなわなと体を震わせる。
「おい、オーシャ……」
今にも飛び掛らんとばかりの様子に、
ジーウィルはオーシャを止めようとするが
「ふ・ざ・け・る・な!」
少女は目にも止まらない勢いで、足を蹴り上げた。
「けそらまてたてけむ!?」
おおよそ人間とは思えない言語の言葉がゴリラから漏れた。
蹴りは急所にモロ直撃している。
いかな屈強な軍人とはいえ、
それは耐えられる痛みではない。
海賊と軍人の男たちは、
あまりの非道な行為に直視ができなかった。
だが恐るべき少女はこれだけで済ませなかった。
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
獣ように雄叫びをあげて、
チッタの顔面を全力で蹴り上げる。
成すすべもなく後ろに倒れていく将軍。
だが、その胸元を掴んで引き寄せて、
凄まじい勢いで引きずりだした。
そして――
「せいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
まさに火事場の馬鹿力。
怒りが彼女に限界以上の力が引き出されたのだ。
そしてゴミクズのように船から放り捨てた。
将軍の悲痛な叫びが木霊していく。
「将軍!」
一人の若い海兵がすぐに海に飛び込み助けに行った。
「あわわわわ」
男たちは、
誰しもが奥歯をカチカチ鳴らしながら恐れおののいた。
少女ゆえの男の痛みを知らぬ容赦のなさ。
恐ら、将軍の股間は潰れただろう。
少女に余計なことだけは絶対しないと
軍人は背を丸くして怯え、
海賊たちは少しだけ少女から距離を取った。
彼女の燃えるような赤い髪が、
まるで地獄の炎のように揺らめいている錯覚を受ける。
「あー、オーシャ君? それ、ちょっとやりすぎじゃない?」
船長がオロオロしながら言うが、
「副長は誰!?」
少女がお構いなしに叫ぶ。
「私だ。ロラ=ミストレル副将である」
前に出たのは女性の軍人だった。
普通であれば若い女性の軍人が
副将と言われてもすぐには信じられないモノだが、
オーシャは彼女が副将であるのは間違いないと確信した。
「あなたたちの倉庫にある武器を全部出して。あとさっき落ちた将軍の部屋から金になりそうなモノは全部。まさか軍艦がこれだけの金貨しか出せないなんてありえないでしょ」
「……おい、言うとおりにしろ。すぐにだ!」
彼女はすぐに残った数名の兵士に指示を出した。
オーシャは振り返り
「船長!」
「な、なにかな?」
「セレンと何人かの力自慢を呼んで! この船から炎光炉を運び出せるか見てもらって! あとさっき将軍を助けに飛び込んだ軍人、あがってきたらうちの船に連れていってよ!」
「わっ……わかった。わかったから、そう睨まんといてくれ」
ジーウィルも慌てて指示を出す。
甲板が慌しくなっていく。
じっと佇んでいたのは、オーシャとロラ副将だけだった。
しばらく、じっと互いに見つめ合っていたが
「貴殿の名は?」
ロラが口火を切った。
「オーシャ。あなたたちが撃沈した商船の生き残り」
「そうか……あの小舟に乗っていたのは、君だったのか。それで先制攻撃を……」
オーシャは「へえ」と思い、改めて女性の副将を見る。
よくよく見れば、相当な美人だった。
目が覚めるような美しいウェーブした金髪が腰まであり、
陽光でキラキラと輝いているような錯覚を受ける。
体つきは割と華奢な方だが、
公国の貴族と言われても素直に信じてしまいそうなくらい、
整った容姿をしている。
無粋な軍服を着ているがこれがドレスを着ていれば
パーティでも主役を飾れるのは間違いないだろう。
なにより彼女はオーラが違う。
下手な貴族よりは余程に気品があり、
「選ばれた人間」という雰囲気を醸し出していた。
間違いなく彼女は有能だ、一目見ただけでわかる。
なるほど、これでは将軍も
相当に彼女のことは気に食わなかったのだろうなと思う。
なんとなく、根拠も何もないが、
彼女が自分の乗った小舟を見逃してくれたから
助かったのではないかと思ってしまった。
ゴリラの慰み者にされていたら今頃は自殺していた。
「教えてくれないか。あの距離から撃った者の名前を。いかな長距離砲の炎柱槍とは言え、神業としか言えない。海賊にしておくのは勿体無い腕前だ」
そして素直に敵ですら褒めることのできる器の大きさ。
「あ、それ、私。いやぁ、当たるかどうかは厳しい賭けだったんだけどさ。海賊じゃないんだけどね。成り行きで」
「なんだと……」
ロラはオーシャを見つめる。瞳をしばらく見つめて、頷いた。
「いや、そうか。君があそこから狙い撃ったというのだな。素晴らしい腕前だ。一発外せばもう後がないというのに、それを決断した船長の判断にも感服する」
「9割は実力で、あとの1割は運かな」
「なるほど……それならば当たって当然ということか」
彼女はふっと笑った。
どうやら彼女にはオールド号がも
う炎光炉がカラであることはわかっていたらしい。
けれどそれでも降伏したのは、
恐らく海に落ちたチッタ将軍の判断なのだろう。
適当に金目の物を出して隙を見て、
海兵の数にモノを言わせて乗っ取るつもりだったのかもしれない。
手馴れているジーウィル船長でなければ、
それは成功したかもしれないが。
「炎光炉、もらってしまうが良いかな?」
指示を終えたジーウィルがやってくる。
ロラは頷き、マストを見上げた。
「帆がある。多少時間はかかるが、風がある限りは王国への帰路には問題ない」
船長は少し考えていたようだが、
「この船を見れば君らの目的は大体想像がつくが……聞いてもよいか」
「……あと1年もすればわかるだろう」
それだけで十分だった。
彼女は一度目を閉じてから、決意したように船長に向き直る。
「私とて無理な相談だとはわかっている。だがそれを承知の上で頼みたい……ここでこの船と交戦したことを黙っていてはもらえないだろうか」
海賊相手だというのに、彼女は頭を下げた。
オーシャでさえそれは無茶な相談だとわかる内容である。
横目で様子を伺うと、髭面の船長は考えていた。
「理由を教えてはくれんか」
「さすがに他国に言い訳ができる状況ではないのは重々承知している。我が王国の立場が窮地に立たされるのは間違いないだろう。なにせ、明らかに戦争を仕掛けるための準備をしているのだからな。この段階で総力戦となれば、領土も小さく軍隊も少ないわが国は1月も持たずに滅亡するだろう」
ジーウィルは首を振った。
「言い方が悪かったかな。ワシが聞きたいのは、お前さんの想い……だな」
「想い……?」
オーシャは不思議な質問をするなと思った。
それは当然、ロラもそうだったのだろう。
どう言葉にすればいいか考えて、「そうだな」と呟いた。
彼女は自らの部下たち、船を見回してこう言った。
「私たちはどこまで通用するか試してみたいのだ。共に戦ってくれる部下と、祖国が誇る力が、どれほど世界に立ち向かえるのか。国力だけ見れば、やる前から負けは見えている。だからこそ、勝ってみたいのだ。資源にも乏しい辺境国であるレイジェ王国。それに――」
視線の先には床に打ち捨てられたレイジェ王国の国旗。
それは獅子が剣を抱えているエンブレム。
獅子が無残にも地面に横たわるのは許されない。
「我々は獅子だ。なればこそ、王者を目指すのは当然だろう」
それは、ロラ自身の言葉だった。
女性将校である彼女が言うには
あまりにも無骨で、飾り気のない言葉。
けれど、その言葉の重みは……込められた意思は本物だった。
「勇ましいね。全く、ワシはとんでもない軍人を相手にしたものだ」
それだけ言って、ジーウィルは踵を返した。
「それじゃ、撤退するぞ~。忘れ物はないな~。今回も獲物はなし、順当な航海だったな」
寄せてきた海賊船に、のんびりと歩いて帰ってきた。
その背中に、「感謝する」とロラは呟いた。
「船長、一瞬だけ格好いいと思ったのに、台無しだなぁ」
オーシャは、面白そうに笑って後ろ姿を見る。
ロラは、そんな彼女を見ていて、決めた。
「オーシャ」
少女は「ん?」と振り向く。
「私と一緒に来ないか」
レイジェ王国の副将は、そう提案した。
「どうだろう。私と共に戦ってはくれないか? 人を見る目には自信があるつもりだ」
「……本気?」
「私は冗談が嫌いだ。待遇は約束しよう」
ロラは少女と話していて、確信したのだ。
オーシャという少女は、
幼いながらも「持っている」人間だ。
話していて直感した、彼女は化けるだろう。
ひょっとすると、自分よりも強く、
そして眩しく羽ばたくのではないか……
それは想像ではなく、絶対的な予感だ。
レイジェの国王は何よりも実力を重視する。
だからこそロラは副将という立場にまで上がれたのだ。
きっと国王も彼女が中々に得難い原石だと一目で見抜くだろう。
少女と一緒ならばこれから先、
どのような戦いも負ける気がしなかった。
オーシャは、「んー」と少し考えていたが、海賊船を見て、
「ごめん、私にはあっちの方が楽しそうかな」
そう言って笑った。
「そうか」
ロラは頷いた。
「オーシャ。その名前、絶対に忘れない」
「私も覚えているよ、ロラ=ミストレル」
オーシャは、海賊船に向かって走っていった。
こうして、長く続く二人の運命の……最初の邂逅が終わった。




