最終章 オーシャとロラ.10
レッドポラリスの修理は
結局、一ヶ月以上かかった。
やっとのことで航海に出られるようになり、
こうして久々にレッドポラリスは
海に浮かんでいた。
甲板では船員たちが物資の積み込み作業を行っている。
「遅くなっちゃったなぁ。お母さん、怒ってるかな」
オーシャがぼやくと、
隣にいたスピカが呆れたよう肩を竦める。
「手紙は何度も出してるから大丈夫よ。全く、あなたがレッドポラリスをあんな酷い状態にしなければすぐに戻れたでしょうに」
姉の格好はなにやら派手な刺繍の入ったローブに、
何故かレイジェ王国の将である仰々しいマント。
一体、この一ヶ月の間にロラとの間に
何が起きたかよくわからないのだが、
スピカはいつの間にか王国の官位持ちになっていた。
「スピカ様、お疲れ様です」
通り過ぎる軍人が頭を下げる始末。
姉も急に遠い人になったものである。
「姉さん、王国軍人になんて、なって良かったの?」
「正確には客将扱いよ。好きなように船造らせてくれるし、お給料も高いから悪いことは何もないわ。仕送りを送られていた立場から、逆にお母さんにお金が送れるのだもの」
「……姉さん。無茶苦茶だよ」
「オーシャにだけは言われたくないわ。海賊船の船長になんかなっちゃって」
そうやって二人が悪態を付き合っていると、
「ワシは二人ともお転婆過ぎてホント困ってるよ」
髭面の男が歩いてきた。
「お父さん、無茶しないでよ! ほら、医務室に帰りましょう」
「いや、スピカ。ワシ帰るから。強引にワシまでここに残そうとするのホント止めて」
抱きついてくるスピカを振りほどく、
「元船長、もう大丈夫なの?」
オーシャが笑顔で問い掛けると、
元船長ジーウィルは大きくため息をついた。
「娘が危なっかしくて、放っておけないの。いい加減、ワシの気苦労もわかってくれ」
あの海戦でジーウィルは重症を負った。
背中に折れたマストの
大きな破片が突き刺さっていたのだ。
出血が酷く、かなり危うい状態だったのだが、
幸いにも王国軍に優秀な医者がいたお陰で一命を取り留めた。
本来はまだ安静にしていなければならないのだが、
傷を心配したオーシャが
本気で置き去りにしようとしていたので、
こうして体に鞭を打って出てきたのだ。
というよりここに残っているとスピカによって
一緒に王国の片棒担がされそうだったので、
逃げざるを得なかったのだ。
「スピカ、危なくなったら帰ってくるんだぞ。レインも心配している」
「大丈夫よ、お父さん。海賊の船長よりは危険なことはないから」
スピカは父親の頬に一度キスをしてから離れた。
姉の「お父さんを頼むわよ」という視線に、
「任せて」と妹は力強く頷いた。
オーシャはジーウィルを支えながら、レッドポラリスへと乗り込む。
「姐御、元船長! いつでも出れるっすよ!」
「元船長、体はもういいのかしら」
「元船長、無茶をせず、王国軍の世話になればいいだろう」
口々に二人を出迎える。
「あのさ……君たち、元は余計だよ。他に何かいい呼び方はないのかな?」
「いいのいいの、事実だから」
オーシャは笑って、船首へと歩いていく。
切っ先に立ち、甲板を振り返る。
ジーウィルは疲れたように座り込んでおり、
介護係のようになっている副長メイツェンが面倒を見ていた。
相変わらずヨウコとイクルは剣で稽古をしている。
仲が良いことである。
レイジェ王国軍もすぐそばにいるというのに、
イクルは残るようだ。
ロラ曰く、脱走兵ではなく行方不明扱いらしいが
デイエンは負担が倍増どころか
3倍になった機関室にいるセレンの手伝い。
頭上の見張り台には縛り付けられた鳥目、
海図と睨めっこしているケイズ、
食堂ではレイチェルに良いように
ナッツが使われているだろう。
モヤシは相変わらずひょろひょろしていた。
それぞれの船員がオールド号の時と同じように、
思い思いのことをしている。
オーシャは一度、
港を見下ろす司令室に視線を向けた。
彼女の黄金の髪が窓に映っているのが
ここからでもわかった。
「ロラ……またね」
――大丈夫、別れを惜しまなくても、きっとまた会えるから。
オーシャは、船首から大海原へと剣を抜く。
「さあ、みんな。行くよ」
マントをなびかせて、高らかに宣言した。
「 ――レッドポラリス、出航!」
こうして、
大海賊オーシャ=ポラリスの航海は始まった。
これはまだ始まりに過ぎない。
彼女が船長となり、
やっと自分の船を手に入れたというまだまだ序幕の始まり。
後に大海賊と呼ばれる彼女は、
これからもっと大きく、
そして世界を巻き込んでいく。
アロガン大陸だけでなく、
彼女の故郷シカザ大陸をも巻き込んで。
小さな大海賊の、
大きな物語はこれから紡がれていくのだから。
最終話 オーシャとロラ ~完~
最終回 エピローグへと続く