最終章 オーシャとロラ.09
再びオーシャとロラは
ガンゾス港の司令室で向かい合って座っていた。
レイジェ王国はエシアを独立都市として認めた。
無論、王の決定ではないが、
ひとまずはそういうことになった。
戦いから2日。
嵐は過ぎ去り、外は快晴。
オールド号は沈没。
レイジェ王国も無事なのは三番艦だけで
他は全てドック行きだ。
それにはオールド号と
正面衝突したウィズダムも当然含まれる。
どこかの国に攻め込まれれば
非常にマズい状態なのだが、
「その時は私の船が出るよ」とオーシャは気楽に言った。
「本当に君には驚からせられてばかりだな、私は」
ロラがお茶を飲みながら、ため息をついた。
オーシャは苦笑いする。
「今回は運が良かっただけだよ。レッドポラリスが間に合わなかったら負けていたもん」
「そう、私はそれが聞きたかった。最初からオールド号で戦わず、あの船で戦えば良かっただろう。何故そうしなかった?」
ロラは不満そうだった。
それもそのはず、
最初からあんな凶悪な船が出てきて
力を見せ付けられていれば、
こんな被害を出す前に白旗を上げていた。
「あー、それ無理だから」
だというのに、オーシャは手をひらひらと振る。
「無理だと。それはどういうことだ?」
「だってあの船、未完成だもん。急ごしらえなのを無理やり動かして、なんとか間に合わせた感じ。お陰で炎光炉がえらいことになって、今は一緒にそっちの船と一緒に修理中だよ。いやぁ、開いた甲板も閉まらなくなったしね」
言葉を整理して、ロラは額を指で押さえながら問い掛ける。
「ということは、つまり……」
「そうだよ。白旗を揚げてなかったら、ロラの勝ちだった。メイツェンが調子に乗って派手にやりすぎてさぁ、船にあわせて停船したんじゃなくて強制停止したの、あれ」
そして種明かしをした。
「遅れて来たのもわざとでさ、長期戦はできないから後出ししかできなかった。だから絶対に勝てるタイミングで来てもらうしかない。早すぎても最後まで持たないし、遅すぎたら嵐に巻き込まれる。結局間に合わなかった甲板が閉まらなくなる不具合のせいで嵐が来たら浸水して絶対に沈むから」
「……そういうことは、もっと早くに言ってくれ」
「ごめんねぇ。なんかさあ、こう、私も盛り上がってて……引くに引けなくてなってさ」
力が抜けたように、
ロラはぽすんと椅子に座り込んだ。
「オーシャ=ポラリス、か。全く、北極星を名乗る海賊がこんな少女だとは誰も思わないだろう。それにオーシャ……古い言葉で大海原というのだったかな」
「綺麗な名前でしょ?」
オーシャは満面の笑みを浮かべる。
「星はポラリスを中心に回るんだよ」
ロラはその姿を眩しそうに見つめ、
「星、か。君が巻き込んでいくのはそんな綺麗なモノではないだろう。さしずめ……」
そして、その言葉を告げた。
「世界は北極星を中心に廻る、というところか」
それは奇しくも、
少女がかつて口にした言葉だった。
ロラは自分で言ってから、笑ってしまう。
本当に、その通りになってしまいそうだから。
北極星を名乗る少女の輝きが、
世界を巻き込んでいく……そんな予感。
オーシャは苦笑いする。
「ロラ、それは大袈裟だよ」
「言い過ぎ程度で、済めばいいのだがな」
ロラはそこで話題を変えた。
「それにしても、あんな船を誰が造ったのだ。今までの船とは根本的に違いすぎるだろう」
「私の姉が造ったの。このアンバスの……なんだったかな、そうだ国立学院に通ってるらしいけれど。あっ、もしかして、占領しちゃった? あちゃ~姉さん無事かなぁ」
「いや、アンバスは降伏して王都を無抵抗で明け渡したそうだ。国王と貴族連中は牢に入れたが、関係ない人間、まして学生などに手をかけるほど我らも暇ではない」
オーシャが安堵のため息をつき、
「後で会って行こうかな」と呟く。
その時、コンコンッとノックの音がする。
「どうした!」
問い掛けると、外から困ったような声が聞こえる。
「将軍、お話し中に申し訳ありません。スピカという、その、そこにいるオーシャという少女の姉だと名乗る学生が、オーシャに会わせろと凄い剣幕で表に来てまして」
レイジェ軍のロラ以外の軍人では
オーシャにどう接すればいいかわからないのが本音だ。
そんな海賊の姉というのが恐ろしい剣幕で来たら、
まあ非常に扱いかねるだろう。
ロラとオーシャは顔を見合す。
「ごめん、なんか怒ってるみたいだし、いないって言ってよ、ロラ」
将軍は「わかった」と頷き、
「丁重にここまでお連れしろ!」
「了解しました」
兵士が遠くに行く気配。
「ちょっ、ちょっとロラ!? 私、今絶対に居留守をお願いしたよね!?」
慌てふためく少女の姿に、ふっと将軍は笑い、
「私ばかり、困らされるのは不公平だと思ってな」
「ロラ……嫌がる私の顔を見て、なんでそんなに嬉しそうなの?」
「そんなのは、楽しいからに決まっているだろう」
そんな会話をしている間に、
ドタバタと激しい足音が近づいてくる。
「オーシャ!」
鬼の血相をしたブラッティレインの実の娘が
扉を品のない足蹴りで開けて入ってきた。
普段はもっとクールぶって
「私、感情を抑えるのは得意なのよ」とか
言って本を読んでいるくせに、
どうやらオーシャに対して
今回は相当に頭にきているらしい。
彼女はオーシャの姿を見つけて、
すぐに胸倉を掴んできた。
「ちょ、スピカ姉さん。ちょっと落ち着いて……」
「これが落ち着いていられるわけないでしょう! 勝手に私のレッドポラリスを持ち出しておいて、なに、しかも滅茶苦茶痛んでるじゃないのよ! どういうつもり!」
どうやら、一言も言わずに
持ち出したのが気に食わなかったらしい。
どこでレッドポラリスが
ここにあることを聞きつけたのか知らないが、
とてもとても大変にご立腹だった。
「だって、ほら。我が家があるエシアのピンチにね、必要だったから。だってお父さんも使っていいって言ったもん」
「お父さんは、なんでも良いっていうに決まってるでしょう!」
大勢の軍人を相手にしても怯まなかった少女が、
かなり本気でオドオドしている姿にロラは笑う。
カップを一つ用意して、お茶を入れた。
「スピカ、と言ったか。お茶を飲んで落ち着いてくれ」
そこでやっとロラの存在に気付いたスピカが、
少し顔を赤くして
「これは、失礼しました」と猫を被って椅子に座る。
露骨にほっとした妹の姿に、
横目でガンを飛ばして
「後で覚えてなさい」と念を押した。
「ちょうど君の話が出ていたところだ。あのレッドポラリスは、君が設計したそうだな」
「はい、そうですが……あの、すいません。あなたは?」
居住まいを正した少女に、ロラはエンブレムを見せて
「レイジェ王国海軍の将軍、ロラ=ミストレル。そこに座っている君の妹の戦友だ」
「ぶっ」
あっさりと被っていた猫が逃げていった。
「オーシャ! アンタ一体どこで何していたのよ!」
「姉さん、その話は後でするから、ほら、ロラ困ってるから」
「しかも将軍様を呼び捨て!? アンタなんか勘違いして偉くなったつもり!?」
立ち上がって殴りかかってきそうな姉を、
必死に妹はなだめていた。
これは後で姉妹喧嘩は避けられないなと
ロラはもう完全に諦め、
先に話を進めることにする。
「それでだ、スピカ。どうだろう、我が王国で船を造ってみないか?」
「レッドポラリスの修理終わったら、それは構いませんけど。あの、私みたいな学生をそんな簡単に誘ってもいいのですか? 勿論、腕には自信はありますが」
将軍を前にしても平然と
『腕に自信がある』など言ってのける姿は
血は繋がっていないのは一目でわかるが、
本当に姉妹そっくりだなと思う。
将軍はオーシャをちらりと横目で見てから、
「オーシャを誘ったが断られた。そしてちょうど君の話が出ていたところだったから、私は君に非常に興味がある。なにより、あのレッドポラリスには煮え湯を飲まされたからな。私もあのような船に乗ってみたいと思うのは当然だろう」
オーシャが頭を掻きながら、
明後日の方向を向く。
姉はそんな妹を睨みつけて、
「レッドポラリスは、ポラリスという古船をベースに造っていて、更にはまだ未完成。あの状態で凄いだなんて言われても困ります。ええ、本当はもっときちんとした形で処女航海に出してあげたかったんですけどね」
完全に恨み言だった。
そして、スピカは将軍に頷いて見せた。
「一から造らせて頂けるなら、もっと良い船を造って見せますよ。レッドポラリスなんて比じゃない性能の船……そう、貴女のその獅子の国旗に相応しい船を、ね」
大見得切る姿は、
まさしくオーシャ=ポラリスの姉だった。
「そういうことだ、オーシャ。次に会う時は、君の船よりも格好の良い船に乗って会えそうだな。君の船が赤い北極星なら、私の船は黄金の獅子、というのも悪くない」
「なんだかなぁ、スピカ姉さんの私怨が凄い気がするんだけど。でもその前に、ちゃんとレッドポラリスを修理してよ。せっかく私、船長になったんだから」
物凄く色々と言いたげな姉から視線を逸らし、
オーシャは立ち上がる。
「ロラ、そろそろ行くよ」
「ああ」
ロラは立ち上がり、そして手を差し出した。
オーシャはその手を取り、しっかりと握る。
「また、会えるよね」
「勿論だ。また敵同士としてかもしれないが」
「今度は、ロラとは一緒に私は戦いたいかな」
オーシャとロラは笑顔のまま、手を離した。
二人が言葉を交わした時間は、とても短い。
けれど間違いなくお互いに分かり合っていた。
それは親友といえる関係。
そして同時に戦友であり、好敵手。
これから幾重にも交差していく二人の運命は、
まだ始まったばかりだ。




