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最終章 オーシャとロラ.07

「オーシャ、お前の負けだ」


ロラは呟いた。

あの海賊は最初から

艦隊戦で勝つ気などなかったのだ。

船に損傷を与えて、

嵐が来る前に下がらせる作戦……

確かにそれはオールド号という

ボロい海賊船に撤退させられたことになる。

数少ない軍艦をロラは

これ以上減らすわけにはいかないから、

退からざるをえないのだ。

嵐と彼女の作戦を読みきれなかった、

ロラの負けと言える。


ただしそれは、オールド号が顕在でかつ、

全ての艦を撤退させられればの話だ。


分解寸前のオールド号では、

ウィズダムをどうやっても引かせることはできない。

例えウィズダムを下がらせたとしても、

オールド号が沈没すれば、それは彼女の負け。

そうなるとロラは港へは撤退ではなく、

単に凱旋となるだけだから。


「来るか……オーシャ」


正面から来るオールド号が速度を上げる。

もう炎光炉は限界以上の

熱量を放って稼動しているのだろう。

後方から黒い煙を噴いている、数分と持つまい。


距離は300といったところか。

転舵すればなんとか避けれるだろう。

そうすればもう操船もできないであろう

オールド号は海に沈むだけだ。


けれど……


「炎光炉を全て砲撃に回す。各員、衝撃に備えろ!」


彼女は指示を出す。


「私は、ジーニアスの敗戦を忘れたわけではない」


雪辱は晴らさねばならない、同じ方法で。


ナインスは頷き、


「よもや、相手も我らが炎柱槍を搭載しているとは思いますまい」


ウィズダムは王国海軍で唯一、

時代遅れの炎柱槍を積んでいる。

ロラが無理を言って積み込んだのだ。

ジーニアスが奇襲とはいえ、

オールド号に負けたことを忘れないために。


そして意外にも連合軍との戦いにも役立った。

なにせ正面に砲門を積んでいる船など他にはなく、

新型の炎光炉の出力を持ってすれば

十分に実用に足る性能を発揮したのだ。


「頼むぞ。彼女には出来て私に出来ないのは悔しいが、私には砲撃のセンスはない」


「少女にも当たるかもしれませんが、よろしいのですか?」


「当たればそれまで。彼女はその程度の器だったということだ」


そうは言いながらも、


「だが当たらんさ」


断言した。


「彼女が放つ輝きは、この程度では消すことはできない」



――そうだろう、オーシャ。



  ◇



「船長! 炎柱槍、撃ってきました!」


一発目は外れた。

だが船同士は近づいていくのだ。

レイジェの軍艦ならば

当然連射が可能であることも考えれば、

距離が縮まることで当たりやすくなるのは当然である。


だが、


「構わん! 一直線に行け!」


ドガンッ!

振動が船を揺さぶる。

直撃したのだ。被弾場所は船体の右後方。

振り落とされそうになるのを、全員がなんとか耐える。


「まだ沈まん!」


損傷度合いなどわかるはずはない。

だが、船長は叫ぶ。

そして船員は、何があっても船長の言葉を信じると決めている。


「また砲撃がくるっす!」


モヤシの悲痛な叫び声。


そして――


「オーシャ!」


ジーウィルはオーシャを抱えて、横に跳んだ。


ドゴンッ!


激しい衝撃。

先ほどまでオーシャがいた位置を

砲弾が甲板を撃ち抜いたのだ。


「船長……ありがとう!」


助けられたオーシャは「大丈夫だから」と、

庇うように覆いかぶさるジーウィルの背中をぽんぽんと叩く。


「……え?」


そして気付く、ジーウィルの背中に

何かが突き刺さっていることに。

手が、ぬるっと何か生暖かい液体に触れる。


「船長!」


誰かの悲痛の叫びが響き渡る。

けれど、抱き抱えられているオーシャからは

それを見ることはできない。


「うそ……」


脳が、理解を拒絶している。


「オーシャ……怪我は、ないな」


ジーウィルの途切れ途切れの言葉。


「うん……でも、船長、ねえ……」


オーシャは顔から

血の気が引いていくのが自分でもわかった。

言葉が、うまく出ない。


「そんな、顔をするな。大した怪我では、ない。ワシの言葉が信じられん、か?」


そう言って、静かに笑う。

オーシャには傷の具合なんてわからない。

けれど、大した怪我だなんて、とても信用できない。

だってあまりにも苦しいそうな息遣いだから。


「やだよ……どうして、そんな顔をして笑っているの?」


「お前を守ると約束したから、な。どうじゃ、ワシはいつも通り、カッコいいだろ?」


「そんなの、船長はいつも格好良いよ! だから、そんな死ぬみたいな顔しないでよ!」


泣きそうな少女の声に、

髭面の船長は仕方ないなと笑う。


「大海賊はな、どんな時でも……笑ってるモノだ。だから、そんな情けない顔をするな」


「やだよ、こんな時に、笑えないよ……お父さん!」


少女の叫びが、雨の中に響き渡る。


「やっと……父と呼んでくれたな」


ふっと、満足そうにジーウィルは呟く。


ドゴンッ!


再度、どこかに直撃したらしい。

オールド号はあと少ししか持たないだろう。


「敵艦まで、残り50バート!」


けれど、ゴールはもう目の前だった。

距離が短すぎて、もう炎柱槍では撃たれない。


ここまで来てオールド号の炎光炉は、熱で爆発したようだった。

後ろから、火が上がりマストに燃え移る。

雨で火は消えるかもしれないが、

もうオールド号が自力で航海することは不可能。


「この戦い……お前しか幕を降ろせない」


「でも……やだ、お父さんも一緒じゃないと、いやだ」


こぼれそうになる涙を堪えるのに必死なオーシャに、

ジーウィルは頬にキスをした。


「ワシの……ワシたちの可愛い娘、よ。お前はスピカと同じくらい、自慢の娘だ。だから、だから……格好いい姿をワシに見せてくれんか」


頭を優しく撫でる。



「お前の……そう大海賊の娘……オーシャ=ポラリスの、晴れ姿をな」



「オーシャ……ポラリス」


ポラリスという姓は、

勝手にジーウィルが名乗っていただけだ。

唯一無二という意味を込めた北極星という名前を。

だからレインもスピカも、ポラリスという姓は名乗らない。


けれど今、ジーウィル=ポラリスは、

娘に、その姓を譲り渡した。


あの夜空に光る、

星たちの真ん中にある北極星の名前を。


誰よりも、強く、全ての中心で輝くようにと想いを込めて。


「うん」


ならば応えよう。

父の輝きに負けないくらい、

いやそれ以上の強い輝きを持つ

立派な星であることを見せつけよう。


彼女は、ただ一言頷いた。

ジーウィルは微笑む。


「行ってこい、我が娘よ」



船が激突する凄まじい衝撃がきた。




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