最終章 オーシャとロラ.06
雨が降ってきた中、
ウィズダムの甲板は騒然としていた。
「一番艦、舵と帆をやられたことで航行不能! 二番艦、炎柱炉への損傷軽微。左舷に2バートの大きな穴が空いたものの高い位置なので浸水はなし、まだ戦えるとのこと!」
各船の信号旗を見張りが伝えてくる。
「波が高くなってきましたので、帆と舵を修繕している一番艦が戦線に復帰するには時間がかかるでしょう」
ナインスはそう状況を冷静分析していても、
驚きは隠せない表情だった。
「よもや一隻に我らが誇るノーブルが二隻も突破されるとは……」
連合軍との海戦では
ラインゼル級相手に対しても
十分な力を見せ付けていたノーブルが、
ボロい旧式の海賊船に
ここまで手こずるとは誰が想像できたろう。
さすがに旗艦ウィズダムに乗っている
軍人たちに目立った動揺はないが、
内心は穏やかではないはずだ。
「しかし、もう海賊船はいつ沈没してもおかしくないくらいの損傷。炎光炉もほとんど使えないはず。対して我らはウィズダムとノーブル二隻。勝負ありましたな」
先ほどからロラが
一度も口を開いていないことに不審に思い、
上官の顔を見る。
「しまった……そういうことか」
ロラが浮かべていた表情は、
ナインスが想像したどれとも違った。
それは、致命的な自分のミスに
やっと気付いたという、悔しげな表情だった。
「二番艦、すぐに港へ寄港させろ! 四番艦と五番艦は一番艦を牽引、できなければ乗員だけ救出してすぐにガンゾス港に戻れ!」
「将軍、一体何を!?」
「いいからすぐに信号旗を上げろ!」
速いとは言えない速度で、
オールド号はウィズダム号に向かってきていた。
真っ赤な炎のような色が一瞬見える。
きっとあそこにオーシャが立っていて、
こちちを見ているのだ。
指示を出し終えたナインスに、ロラは一言呟く。
「やっと彼女が『私たち』と言っていたか、気付いた。何故、わざわざ4日も時間を空けたのか……てっきり他の船でも来るのかと思ったが、違う」
「将軍……どういうことです?」
彼女は忌々しげに、空を見上げる。
「彼女が待っていたのは――」
雨足が激しくなってくる。
そしてそれに伴い、風も強くなってきていた。
「――嵐だ」
◇
造船技術が発達し、
炎光炉という動力源を開発した人々。
海を自在に駆けることができるようになり、
あたかも海上は人の庭にでもなったかのような
勘違いをしている船乗りたちがたまにいる。
けれど、事実は違う。
人は海の上を、
航らせてもらっているに過ぎないのだ。
――嵐。
それは海の怒り。
激しいモノとなれば、
荒れ狂う波と風の前には人は無力だ。
港でなら船が流されないように繋いでおき、
海上で遭遇すれば錨を下ろして
じっと過ぎ去るのを耐えるしかない。
それでも、無事に済むかどうかは運次第だ。
海の気まぐれで
高波がくれば簡単に船は転覆してしまう。
航行不能に陥っている一番艦や、
側面にすぐには塞げない大穴が空いた二番艦が
海上で嵐を乗り切るのは不可能。
ここで貴重な軍艦を失うなどあってはならない。
風は強くなっていく。
早く戻らねば危険なのである。
「オーシャ、お前はこの嵐を読み切ったというのだな」
ジーウィルのその声は、
少しの畏怖も含まれていた。
少女は前方から迫ってくる
ウィズダムをただじっと見つめている。
「そうだよ。私にはわかった。けれどロラにはわからなかった……だからこの勝負、私の勝ちだ。彼女の乗る旗艦だけは転舵をせずにこちらに向かってきているからね」
それはロラがオーシャたち
海賊の最後の一手をまだ読みきれていないということ。
「うむ。ならば、決着をつけるとしようか」
ジーウィルが頷く。
もう、十分に時間を稼ぐことはできた。
後はあの旗艦に
オーシャが辿り着けばこの戦いは終わる。
そして叫ぶ。
「セレン! 炎光炉を全開にしろ! 起動後、機関室から退避しろ!」
「了解!」
「オールド号の……最後の花道だ! 盛大に見せつけてやれ!」
海戦の、最後の時が迫っていた。




