最終章 オーシャとロラ.02
部屋に入ると
そこにいたのはロラ一人だった。
窓から入る日差しが、
彼女のウェーブした金髪に反射させる。
将軍となった彼女が身に着けている
純白の鎧とのコントラストが眩しい。
マントには彼女と同じ黄金色の獅子のエンブレム……
レイジェ王国の国旗と同じ文様。
奇しくもそのマントの色はオーシャと同じで、
何色にも染めることができない深紅だった。
「ご苦労。下がっていいぞ」
案内をしてくれた兵士は
戸惑いながらも部屋から出て行った。
「遠いところからよく来てくれた。座ってくれ」
彼女はソファーに座るよう促してきた。
「では、遠慮なく座らせてもらおうか」
「そうだね」
オールド号から来たのは
ジーウィルとオーシャの二人だけだった。
あまり大勢で来て警戒されるのも困るし、
かといってヨウコやましてイクルなどといった、
見るからに危険人物を連れてくるわけにもいかない。
二人ではさすがに危険だと船員たちは反対したが、
レイジェ王国がちっぽけな海賊ごときに
そんな姑息な真似はないというイクルの言葉で、
結局このような形になった。
ジーウィルが「ちっぽけとか言わんといてくれ」と
仏頂面していたのはあえて誰も触れなかった。
「ロラ、将軍になったんだね。なんだか凄く格好いい鎧を着てるし、とても似合ってるよ」
「ありがとう。君にそう言ってもらえるとはな」
わざわざ将軍自らお茶を淹れてくれて、
テーブルにカップを3人分置いて彼女も対面に座る。
ジーウィルは毒でも入っていたら
どうするかと一瞬悩んだが、
平然とオーシャが飲むのを見て、彼も飲んだ。
「あっ……すっごい美味しい」
「だろう? 私もこのアンバスで始めて飲んだが、もうすっかり病み付きになってしまってな。レイジェではこのようなお茶は高級品で、飲むことなどできなかったからな。だからぜひ君たちにも飲んでもらいたかった」
とても軍人とは思えないくらい優雅にお茶を飲む。
ドレスを着ていても違和感のないくらいに気品があり、
案外その方が彼女には
似合っているのではないかと思った。
そんな彼女とまるで酒でも飲んでるのかというくらい
ぞんざいに飲む娘を見比べ
「オーシャ、彼女を見習って少しはお淑やかになってはくれんかね?」
「いいじゃない。私は飲みたいように飲むの」
唇を尖らせて反論する。
軍港の真っ只中だというのに、
いつも通りの二人にロラは苦笑した。
「それにしてもオーシャ。その海賊衣装……似合っているが、少し大きいのではないか?」
「お母さんがね、大きくなったらピッタリになるってさ。私もちょっと不恰好かなって思ってるんだけどね」
「なるほど。そういうことか。なら大丈夫……前に会った時から数ヶ月だが、背は伸びたようだ。もっとも大きくなったのは体だけではないようだが。副長になったのだな」
「ん? いやぁ~そういうわけではないんだけどね。あっ、この人の娘になったの」
あっさりと言ってのける少女に、
将軍は目を細める。
「そうか。良い父親に巡りあったようだ。私にはもう両親がいないから羨ましい」
オーシャとロラは、会うのはこれで2回目だ。
だというのに二人は
まるで昔からの友人のように気安く話している。
そのことがジーウィルは
なんとなく納得がいくような気がした。
まるで性格が違うというよりむしろ
正反対である二人ではあるが
根本的な部分の波長が合うのだろう。
だから今回、ジーウィルはおまけである。
エシアとオールド号の運命を、少女に託したのだ。
「さて、本題に入ろうか。エシアからの返答を持ってきたと聞いている」
「あっ、うん。長老会から預かってきたよ」
少女が懐から出した手紙を受け取りながら、
「なに、君らが心配していることはわかる。我々はエシアを制圧するつもりないし、高い税金を取るつもりもない。ただ、軍を置かせてほしいだけなのだ。それにオーシャ、君たちオールド号の海賊たちの待遇は、私がなんとかしよう。あの時、見逃してくれたのと黙っていてくれたお礼としては安いものだがな」
ジーウィルは随分と
この軍人は律儀なのだなと思う。
そしてこうも簡単にオールド号の
待遇を決められることから、
王からの信頼も厚いのだろう。
「……」
長老会の印の捺された手紙を読み始めるロラ。
勿論、ジーウィルは内容を知っている。
だから正直、気が気でない。
何故ならそれは、
降伏する旨が書かれた手紙ではないのだから。
(この場で切り殺されても、文句言えんからなぁ)
だというのに、
オーシャは平然とお茶を自分でおかわりしていた。
「ははっ」
手紙を読み終えたらしいロラが、なんと笑った。
始めて見る笑顔はとても綺麗で、
それこそ交際を申し込む者が出てもおかしくないくらい、
とても魅力的な笑み。
だが、今のジーウィルの心境からすると、
それは死刑申告みたいなモノである。
怒りや呆れを通り越した時、
人は笑顔を浮かべてしまうことがあるからだ。
手紙はそれくらいの内容である。
「どう?」
オーシャがお茶を飲みながら、尋ねる。
ロラは何がおかしいのか、
笑みを崩さないまま手紙を返してくる。
「確かにこれはエシアの長老会からの返答だ……しかし君の入れ知恵なのだろう?」
「ありゃ、やっぱりわかっちゃった?」
「勿論、わかるとも、そして私の予感も中々に捨てたものではないと実感していた」
彼女もお茶をおかわりした。
話は打ち切り……ではないことを
レイジェ王国の将軍は態度で示している。
「まさか平等な立場での交渉とはな。これを持ってきたのが君でなければ手紙が偽者だと疑っていただろう。エシアの使者を騙る者だと。けれど、オーシャ……君が持ってくるのだから、これくらいは当然だろうな」
「なに? 私ならどんな変な手紙を持ってきてもおかしくないってこと? ロラ、それはちょっと酷いんじゃないかな。船長もそうだけど、みんなして私を子供扱いしてるでしょ」
「ははっ、子供扱いなどしていない。むしろ、君に嫉妬しているくらいだ。大胆不敵な姿……本当に眩しい。ジーウィル船長なら、私の気持ち、わかってくれるのではないか?」
問いかけに、
ジーウィルはそっぽを向いて返事をしなかった。
「それで、ロラの返答は?」
「勿論、『ふざけるな』というところだな。エシアごとき小さな貿易港が私たちと対等の立場でテーブルにつこうなど分不相応。軍備が整い次第、制圧させてもらう」
そこまで言ってから、彼女は笑みのまま、
「だが、君からはまだ何かあるのだろう? 手紙を持ってきたというわけではあるまい」
どこか楽しそうに、断言してきた。
オーシャは頭を掻きながら、
「まいったなぁ」と苦笑いして、
「だったら連合軍を打ち破ったレイジェ王国海軍と対等以上の力を私たちが持っているということを、証明すればいいんでしょ? 簡単な話だよね」
まるでお茶の話の延長線だと錯覚するくらい、
軽い調子で言った。
ロラはその言葉の真意を図ろうとして、
言葉通りなのだろうとすぐに思い直した。
「ふふっ……ははははは!」
そしてロラは彼女らしくなく、
思い切り大爆笑した。
「本当に……本当に君というのは、面白いな!」
彼女は頷いた。
「レイジェ王国はオールド号に、いやオーシャという少女に一度敗れている。なら、受けざるをえない。我らは獅子だ……雪辱は晴らさせてもらう」
「さっすが、ロラ。話が早い。それじゃあ……そうだね。私たちは4日後、この軍港を攻めるから。それで嫌でも認めさせてあげるってことで。オッケー?」
二人はまるで、
遊びに行く約束を取り付けたかのように楽しそうに笑う。
「オーシャ、だがな。この戦いには王国には申し出を受けるメリットがない」
「そう? わざわざこうして言いに来てあげたのに。いきなり攻撃しなかっただけありがたいなーとか思って欲しいくらいだよ」
「それはそちらの勝手な言い分だ。だから我々が勝てば……」
将軍は少し身を乗り出して
近づき少女と目をあわせて、
いつかと同じ提案をした。
「私と一緒に戦ってはくれないか? オールド号の乗組員たちと共に」
「ロラ……」
彼女は、本気だ。
オーシャはジーウィルに視線で問い掛けると、
「好きにしろ」と頷く。
「うん、いいよ。でも他の乗組員は希望者だけだからね。みんな家族がいるし」
「ああっ、構わない」
満足そうにロラは頷いた。
「さて、私たちも準備しないとね」
オーシャは話が終わったとばかりに立ち上がるが、
「待て、オーシャ」
ロラは引き止める。
まだ何かあるのだろうかと思ったが、
ロラはどこか子供のような
無邪気な表情を浮かべて
「このお茶に合う美味しい焼き菓子がそろそろできる。食べていかないか?」
その申し出に、オーシャは二カッと笑い、
「もちろんいただくよ」
再びソファーに座った。




