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第四章 少女と戦争.03

やってきたのは二人の若い軍人。

見るからに程度の低そうな輩で、

セイヌを見つけた瞬間

嫌らしい笑みを浮かべた。

とても真っ当な軍人には見えない。

それもそのはず、

彼らは軍から「役立たず」と判断された「余りモノ」だ。

勝利の約束された戦争に参加を許されず、

留守番に回された下っ端。

それは彼らもわかっているのだろう、

だから元々低い士気が更に下がり底辺にまで落ちている。

下手に軍服を着ているから、

ただ暴力を振るうチンピラよりも性質が悪い。


「ひいっ!」


可哀相なくらいセイヌが怯えた表情を浮かべた。


「おお、こんなところにいたのか。探したぜ、坊ちゃん」


彼らはニヤニヤしながら、酒場に入ってくる。


「あの残ってるボロい、二隻の船。アレを俺たちにくれねぇか?」


「なっ、なんでだよ……?」


彼らは鼻で笑って


「逃げるに決まってるだろ。おめぇ馬鹿か?」


「ああ、こいつらまだ何も知らないんだぜ」


そして、告げた。


「アンバスの無能が海戦で負けたんだ! そのままクソ野郎どもの船がこの港まで来たらその時にはラダエスタも終わり……だからこんなチンケな国からおさらばするんだよ!」


「な……まだ海戦は始まったばかりだろ! なんでもう負けてるんだよぉ!」


セイヌが悲痛な叫びを上げた。

彼らが船を探していたということは、

真っ先に選ぶはずの陸路を既に諦めている……

つまりレイジェの軍は内地も

相当に侵攻しているということなのことだろう。


入り口の扉からは、

また新たに5人の軍人が酒場に入ってくる。

ヨウコとイクルは視線でジーウィルに「どうする」と問い掛けてくる。


船長は一言、


「殺すな」


淡々と指示をした。


「おお、そこにいるのは海賊どもか、ちょうどいい。お前たちの船も――」


バンッ!


酒場に激しい音が響き渡る。

一瞬、誰もが何が起きたかわからなかった。

軍人たちがゆっくりと音がした方に視線を向けると、

最初に喋っていた男が両手をあらぬ方向に折り曲げて、

壁にめり込んでいる姿だった。

それは峰打ちだなんて生易しいモノでない。

ただ、死んでいないだけ。

イクルの双月剣という重剣を叩きつけられた男は、

ピクピクと口から血を吐いて白目をむいている。

それからは圧倒的で、

そして故に一方的な暴力だった。

ヨウコとイクルが持つのは両方とも、重剣。

切る、というよりは叩き潰すために作られた剣だ。

一撃は重く下っ端軍人の少し齧った程度の剣では

受け止めることすらできない。

男たちが反応する前に

ヨウコも既に剣を抜いて飛び出している。


「……」


つまらなさそうな顔をしたヨウコは

淡々と大剣で男たちを吹き飛ばしていく。

取るに足りない雑魚の掃討など、

戦いですらなく作業でしかない。

たった1分で、6人は動かなくなった。


「ごめんなさい、船長。一人逃げたみたいだわ」


「構わんよ。さて、応援が来る前に逃げるぞ」


「え? え? え?」


突然の事態についていけてなかった

オーシャの手を引きジーウィルは酒場から出る。


「坊ちゃん、悪いな。後で怒るなよ」


「テムス、一体何を言って――?」


言い終わる前にテムスは鳩尾に

拳を叩き込んでセイヌを黙らせる。

そして気を失った彼を肩に担いでついてきた。


「うわぁ……何もそこまでしないでも」


オーシャが「痛そうだなぁ」と顔をしかめていた。


「俺は旦那から、坊ちゃんの命だけはなんとしても守ってくれって言われてンだ。多少のことは我慢してもらわんとな。なに、痛みを感じる前に気を失ってるから大丈夫だ。すまんが、ジーウィル船長。言葉に甘えさせてもらう。こいつは借り一つだ」


気軽そうにテムスは、

人を担いでいるのに余裕そうな表情を浮かべている。


「イクル、前を頼む。ヨウコはしんがりを。けれど殺すなよ。後々、面倒になる」


「了解した」


「後ろというのは性に合わないのだけど、今回はイクルにいいところを譲ってあげるわ」


テキパキとしたジーウィルの指示に、剣士たちは頷く。

オーシャは感心したように父親を見上げる。


「船長、珍しくカッコいいね。普段からそうしていればいいのにさ」


「たまには娘にいいところ見せておこうと思ってなぁ。ほれ、走るぞ。ついてこい」


彼らは港に向けて一直線に走る。


「いたぞ、あいつらだ!」


「ふざけやがって!」


「いいから殺しちまえ!」


逃げた一人が呼んだのか次々と軍人が集まってくる。

港付近に何故こんなにもいるかというと、

恐らく彼ら全員が船で逃げようとしていたのだろう。

だが海兵どころか水兵ですらない彼らは、

船の扱いなんて全く知らないから

藁にもすがる思いで大勢でテムスを探していたのだ。


前方には四人。

だが、


「邪魔だ」


風切り音を鳴らしながら

振り回される双剣は、まるで風車のよう。

いくら何人集まっても、

非力で脆い武器しか持たない軍人は、

イクルの足を止めることすらできない。

骨が砕ける嫌な音と絶叫を上げて、

愚かな軍人たちは左右の壁に叩き避けられていく。

ほとんどが、

「確かに死んではいないけど」というレベルの致命傷。


大剣の隙を見計らって物陰から襲い掛かった軍人も、

イクルは冷静に双月剣をバラして

軽くなった剣で切りつけて黙らせる。


「私も、戦ったほうがいい?」


腰に差した剣を撫でながらオーシャは言うが、


「必要ない」


イクルはあっさりと首を振った。

少し気落ちした少女に、ヨウコは苦笑いする。


「まだあなたの腕では一人も倒せないわ。それに――」


ラピスラズリという名の、

かつて悪魔として海を恐怖に震わせた剣士の愛刀を見て


「貴女の初めての晴れ舞台が、こんなつまらない場面だなんてとても勿体ないわ」


「勿体無い?」


問い返すオーシャに「ええ、そうよ」とヨウコは大きく頷いた。


「ヨウコ……頼むからワシの娘にいらんこと言わんといてくれ」


「あら、何を言っているの? 大海賊ジーウィル=ポラリスとブラッティレインの娘には、それ相応のお披露目の舞台があって然るべきだと、私は言いたいのよ」


「それが余計なことだって言ってるの! オーシャは幼くてか弱い女の子なんだから」


「ふぅん……筋肉がたくさんついて女らしくない、年増の私とは違うということかしら」


「ちょっ、ちょっと待って! 今、剣を突きつけるのはやめて! ワシ、体重いから走るだけでも精一杯なの!」


ヨウコが横から飛び出してきた軍人を、

大剣を一閃して吹き飛ばす。


そこまで酒場は離れていなかったのですぐに港に到着する。

オールド号は離れた場所で

錨を下ろして停泊しているので、

そこまでは小舟で行かなければいけない。

港につけて停泊していれば、

今頃は取り押さえられていただろう。


「よしっ! オーシャ、テムス、乗れ!」


来る時に使った小舟にオーシャと

セイヌを担いだテムスも乗り込む。

ジーウィルは繋いでいた紐を外していた。


「イクル、ヨウコ! 3分で桟橋へ来い!」


ジーウィルも船に乗り込み、

テムスとオールでこぎ始める。

オーシャは慌てて叫ぶ。


「えっ、船長! 離れて行ってるけど、二人は!」


「こんな小舟、大勢で飛び乗られたら一発で転覆する。だから足止めだけしてもらう」


そう言って岸から一度離れて、

長い桟橋の方へ向かう。


「……」


「随分と無茶を言ってくれるのね!」


イクルとヨウコが

軍人を吹き飛ばしながら桟橋へと駆けて行く。

きっかり3分、小舟は桟橋の傍を通る。

傍といっても、3バートは離れている。

しかも止まることなく

スピードがついて結構な速度で小舟は移動していた。


「ちょっと、船長遠いよ! しかも動いていたら乗れない……!」


オーシャが叫ぶが……


「待て、おめぇら!」


「くそったれが!」


二人は、躊躇なく跳んだ。

すとんっと剣士たちは難なく小舟に着地する。

軍人たちも逃がさないとばかりに、追って跳ぶが……


ドボンッ!

届かずに次々と海に落ちていく。

軽鎧とはいえ装備をつけている彼らは

すぐには海面には上がれない。

海面に顔を出した時には、

勢いに乗っていた小舟は、

既に泳いでも追いつかない場所まで離れている。

ジーウィルたちの様子を見て、

オールド号も既に錨を上げて出航準備を整えていた。

オールド号に近づくと

、もう大体ジーウィルたちの様子から

事情を察していた副長メイツェンは、

苦笑しながら手をひらひら振っていた。

デイエンがはしごを下ろす。


「なんだ、随分と慌しいお帰りだな!」


「いやぁ、もう最悪だよ。ワシ、走るの苦手なんだからさぁ。デイエンに行ってもらえば良かったかもしれん」


「船長はたまには走った方がいいよ。私より足が遅いんだもん」


ぶつぶつ文句を言いながら甲板に上がるジーウィルと、

その尻を持ち上げるように押し上げたオーシャ。

後ろからヨウコとイクル、テムスも上がってくる。


「船長、航路はどうすんっか?」


「エシアに戻る! ケイズは風の向きと確認しながら最短で戻るルートをモヤシに指示してやってくれ。鳥目、後ろだけ見張って、ケツを炙りそうな船が来ないか監視を頼むぞ!」


船長は指示をそれぞれに出す。

オーシャは遠くなっていくナナイを見ていた。


「戦争、か」


アロガン大陸だけでなくシカザ大陸でも、

20年は戦争と呼べるほど

大規模な国同士に戦いなんて起きていない。

少女にとってそれは、まるで未知の言葉。


「仮初の平和などいらない。偽りの正義に我らは長きに渡って虐げられてきた。そんな平和など、この大陸には必要ないのだ。故に我が、レイジェという獅子が目指すのは大陸の統一。それこそが、本当の平和へと繋がるのだろう」


随分と大層な言葉だった。


「これは大きな戦争になるだろう」


イクルが少女の隣に立つ。


「我らが王、ベリエル=レイ=レイジェの言葉だ。厳しい雪国の辺境に押しやられた王国民たちは、生きるために戦わざるをえなかった。前回の戦争によりそのように大陸が作られた……だから、こうなることは必然。新しい勢力図を引き直す時が来たというわけだ」


彼は遠い故郷がある方角を見て目を細めていた。

オーシャは「ふーん」と、

実感が沸かない話を聞いていたが、


「今更だけどさ、連れてきちゃっとゴメンね? なんか、話を聞いてたら私、すっごい悪いことした気がしてきた」


軽い感じで謝った。

その様子に、

イクルはふんっと鼻を鳴らして、

「全くだ」と淡々と言う。


「オーシャは謝る必要なぞない」


けれど、続けてそんなことを言い出した。


「え?」


「君は『そんな事情知ったことか』と一蹴すれば良い。そういう風に海賊……いや、オーシャという少女なら言うだろう」


「私、そんなこと言うかなぁ?」


首を傾げるオーシャに、イクルは珍しく笑う。


「言うさ。海賊は欲しいモノは強引にでも奪うモノだろう? それがオーシャなら……なおさらだ。国々がなんと言おうと、その女海賊を縛るモノなどありはしない」


褒めているのか、

馬鹿にしているのか少女にはさっぱりだった。

そこにヨウコが歩いてきて、


「なによ、イクル。随分と楽しそうですこと。私にはそんな顔を見せてくれないのに」


彼の肩に腕を回して抱きついた。

イクルの頬を指で突きながら、


「オーシャ。何だかんだいってこいつ、最近、海賊稼業を楽しんでるのよ」


「おい、ヨウコ。余計なことを言うな」


オーシャは意外なヨウコの言葉に「え?」と声をあげる。


「私たち剣士というのは、やはり剣が命なのよ。理屈や建前で自分を抑えてはいても、自由に剣を振るいたいという欲求はいつだってあるの。だから、私とイクルここにいる。素直な自分のままでいられるこの場所が、気に入っているのよ」


彼女は「ね?」と、

イクルに笑いかけるが、彼はそっぽを向いていた。


「だからね、オーシャ」


そして年上の女性は

少女に気持ちいいくらいの笑顔で告げた。


「戦争や国だなんて関係ない。あなたはあなたの好きなようにやればいいのよ。ふふっ、『世界は私を中心に回る』くらいのでっかい見栄、張ってごらんなさいな」


「私が、世界の中心に……?」


オウム返しに呟く。


「オホンッ」

そこへ、髭面の父親がわざとらしい咳払いをしてやってきた。


「君たち……もう何度目かわからないこと言うけれど、うちの娘に余計なこと吹き込むの、止めてくれんか? あんまりお転婆に育っちゃうとワシ困っちゃうの。嫁にもあんまり危ないことさせるなってきつく言われてるんだから」


すると、ヨウコは嫌らしく笑い


「あら、じゃあレインさんに言っちゃおうかしら。船長が気の荒い軍人が闊歩する街にあの子を連れて行って危険な目にあわせたことを」


「確かに。俺らがいなければ危なかったかもしれんな」


イクルまで同意して頷く。


「ちょっ、お前たち、本気で止めてくれ! 冗談ではすまんのだぞ!? あっ、デイエン、セレン! 聞き耳を立てるなメモを取るなワシの弱みを握ろうとするな!」


甲板に、船長の声が響き渡る。

戦争が始まっているという事実を前に、

それでも彼らは笑っていた。

誰もが無関係ではいられないとわかっている。

けれど、だからこそ今だけは笑っているのだ。


「私が、やりたいように……」


オーシャは呟く。


歴史は動き出した。

そして少女もまた、

この乱世へと飛び込んでいくこととなる。



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