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第四章 少女と戦争.02

港に人がいないなんてことは

どんな時でもまずありえない。

夜であれば盗賊が船に忍び込まないように

見回りがうろついているし、

嵐の日であったとしても船を確認する者が必ずいる。

船というのは大なり小なりあるが

当然ながら高額なモノなのだから。

だというのに4人が港に到着して

も誰も出迎えにも来ない。

ここ数日は誰も使っていないだろう、

閑散とした様子だった。


「奇妙だな。人の気配が全くしない」


イクルが仮面越しに呟き、ヨウコも頷く。


「街の方にはさすがに人がいるようだけどね。一体、何があったのかしら?」


ジーウィルは港を見回し、気付いた。


「ふむ。戦艦がないのだな」


「ん……あ、ホントだね。あと残ってる商船も古そうなやつだね。なんか戦いに使える船は全部出してしまったって感じなのかな」


海賊親子の言葉に、ヨウコは首を傾げる。


「戦争でもする気なのかしら?」


「戦争……?」


オーシャはよくわからないという顔をしていたが、

イクルはヨウコの何気ない言葉に

「そうか」と何かに気付いたようだった。


「レイジェが動いたのかもしれん」


けれどジーウィルは肩をすくめる。


「ここであれこれ話していても推測にすぎん。とりあえず酒場にでも行こうか。行き着けの店があるから、そこで大体の事情はわかるだろう」


先頭に立って歩き始める。

船着場から街へ近づくにつれて

人がちらほら見えてきたが、

忙しなく早足で歩いていき、

いかにも船乗りの格好をしたオーシャたちを見ると

露骨に視線を逸らし去っていく。

その様子を不思議そうに見ていたが、

考えても仕方ないと酒場へ向かう。

その酒場『トンバー』は、街の外れの歓楽街の一角にあった。


「おーい、ポーセン。元気しとるかー?」


ジーウィルが扉を開けて酒場に入ると、

普段は昼夜を問わず船乗りやならず者、

娼婦などで賑わう店内が、

ガランと静まり返っていた。


「おやおや。ジーウィルさんじゃないですか。これまた最悪のタイミングでナナイに来られましたなぁ」


カウンターの中にはマスターのポーセンが、

暇そうにグラスを磨いていた。


「最悪のタイミング?」


「ええ。知らなかったとはいえなにもこんな時に来なくても、という感じですな」


マスターは

「詳しくはそちらのお客様に聞いてみては?」と肩を竦める。


「あら。あなたたち、どうしてこんな場所に?」


ヨウコが意外そうな顔を上げた。

酒場の隅のテーブルの席で

隠れるように食事をしているのは二人の男だ。

一人は小柄な青年。

もう一人はぱっと見は優男だが、鋭い目をした傭兵。


「セイヌとテムスではないか。これまた変なところで会ったな」


ジーウィルの驚いたような声に、二人は顔を上げた。


「ジーウィル船長……俺を笑いに来たのか?」


以前の威勢のよさはすっかりと鳴りを潜めており、

この世の終わりとばかりの辛気臭い顔で呟く。

彼が着ているのはいつも派手な貴族衣装ではなく、

テムスと同じ雇われ船乗りのような汚い姿だった。

てっきり前回、海に投げ落とされたことを

怒りでもするのかと思ったが、

どうやら商会の坊ちゃんはそれどころではないらしい。


「笑うも何も、ワシら全く事情を知らんしなぁ。テムス、教えてくれるんだろう?」


ジーウィルは二人に銅貨を5枚渡す。

今食べている食事代くらいにはなる金額だ。

テムスは「悪いな」と言いつつ受け取り、

マスターに銅貨を投げた。


「実は数日前にな、隣国のアンバスで戦争が始まったのさ。で、同盟国である我らがラダエスタは慌てて軍備を整えて援軍として向かったわけだな」


彼は後ろに控えるイクルを顎で差し

「相手はそのニィさんの国だよ」と補足する。


「あんたたちがナナイに今来たということは、入れ違いだったんだな。耳の早いエシアには戦争が始まるっていう話はもう届いているだろうさ」


「戦争はわかったが、お前さんがここにいるのと、港の様子が全然結びつかんのだが」


「いやな、ラダエスタってアンバスと同盟つっても、実質は属国みてぇなモンだろ。だからアンバス様様に『戦争するにあたって、派手に威容を見せ付けたいからコレコレの数だけ船を用意しろ』って無茶苦茶言われても断れんのよ。で、軍の船だけでは足りず……」


「ナナイにあるレーゼン商会にある船を片っ端から持っていかれたというわけか。なんとも無茶な話じゃな。確かにお前さんたちのとこ、軍からのお下がりの元軍艦とかそれの改修艦ばかりだもん、そりゃ持っていかれるよな。残ったのが砲を積まないボロ商船二隻ということか」

「旦那もさすがに納得できなくて抵抗したんだけどな。前々からお国はレーゼン商会が気に食わなかったらしいンだ。強引に身柄と財産を全部持っていかれたわけよ」

テムスはまいったまいったと軽く言うが、

かなり深刻な話だった。

ヨウコは納得いかないという顔をする。


「簡単に言うけれど、いくらなんでも横暴すぎませんこと? 陸のガム商会、海のレーゼン商会……二つのお陰でラダエスタは成り立っているようなものでしょうに」


「それが面倒だからガム一本で絞ンだろ。で、坊ちゃんはなんとか屋敷から逃げたはいいが行く当てもなくこうして陽の当たらん酒場で隠れているわけだ。お供は俺一人ってな」


雇い主がいなくなって傭兵は全員逃げたか、

国に雇われて戦争に行ったのだろう。

既に前金で支払いされているとはいえ、

こうして一人従うテムスは義理堅いと言える。

傭兵とは信頼が命、

それを彼は身をもって示しているわけだ。

話を聞いていたオーシャが、不思議そうにイクルに尋ねる。


「ねえ、レイジェって小さい王国なんだよね? アンバス本国ならまだしも、このナナイから船集めてまで戦わないといけないモンなの? なんか大げさな気がするんだけど」


元軍人は少し考え、


「数十年、小競り合いは何度かあったものの大きな戦争が大陸にはなかった。表向きは平和な時代に見えはしている。だが実際には各国共にずっと腹の探りあいを続けているだけの、いつ戦争が起きても不思議ではない状態だった」


オーシャを壁にかけられた地図にまで連れて行き、指差す。


「大陸には多くの国がある。レイジェ王国のように小さな領土の国も含めて20。そんな中でもアンバスは大きな領土を持ち、そしてあわせて3つの同盟国が付き従う。ロムセナ、ハバキリ、そしてここラダエスタ。大陸における有力な勢力の一つだ」


まず北東に位置するレイジェ王国に指を当てる。その下に移動させるとアンバス。そのアンバスを中心に北西には北海に接するロムセナ、西の内陸にはハバキリ、南にはルドニス洋に面したラダエスタ。4つの国の領土を指で囲むと、大陸の三分の一は占めていた。

「アンバスはこの機会に、力を見せ付けたいのだろう。周辺国に対する牽制として。レイジェ王国に対してアンバスとラダエスタの連合艦隊は過剰すぎる戦力。ラダエスタにある軍と商会の艦全てを集めたと考えて……大型の戦艦だけで200隻にはなる大艦隊だろうな。俺は海兵ゆえに陸の軍隊の正確な数まではわからんがな」


そこまで説明してから、彼はジーウィルに向き直った。


「船長、提案があるのだが、いいだろうか?」


「ふむ。イクルからとは珍しいね。どういった内容?」


「正直、この場では言い辛いが……この戦争、レイジェ王国が勝つだろう」


元レイジェ王国軍人は断言する。

それにセイヌが馬鹿にしたような口調で


「おいおい、馬鹿言うなよ。アンタの国じゃラダエスタ一国にも全く歯が立たないぜ。だからレイジェ王国は田舎なんだよ。最初からあんな小さな国が勝てるわけないだろ」


嘲るが、イクルは冷静に首を振る。


「身内贔屓と思ってくれて構わない。だが、我らが王……ベリエル=レイ=レイジェは勝てぬ戦をするほど愚かではない」


ジーウィルは彼が乗っていた軍艦

『ジーニアス』を思い出す。

あのレベルの船とそれを自在に操る船乗りたちが

もし揃っていれば平和ボケした国の海戦でどうなるかと。


「ならレイジェの勝ちだね」


あっさりとオーシャは断言した。


「は?」


「今、アンタが言ったじゃん。『勝てるわけない』って。そんな余裕見せてる国が、勝てるわけないよ。だって、相手のことを最初から見下しているわけだし」


それに、と彼女はイクルを見て、


「陸は知らないけど、きっと海はロラが出てくるんじゃない? なら、もう決まりでしょ」


まるで我がことのように笑った。

その様子を見て、ジーウィルは確信した。

この子が言うだから、きっとその通りになると。

それは想像ではなく、絶対的な予感。

オーシャは一見すると無知な少女である。

けれどそれはただ単に大人たちの

経験というモノから導き出される常識を

知らないからそう見えるだけで、

彼女には全く別の世界が見えているのだ。

ジーウィルたちからすれば

根拠も何もない言葉……だからこそ、怖い。

小国の勝利、それは少女からすれば

自明の理によって導き出された答えなのだから。


元軍人テムスが、オーシャの発言を苦笑いで否定する。


「おいおい、お嬢ちゃん。いくらなんでも無理だ。何倍の戦力差があると思って――」


「テムス」


ジーウィルが真剣な声で遮る。


「セイヌの坊を守りたければ、ワシについてこい。すぐにナナイを出てエシアに戻るぞ」


「おい、ジーウィル船長、何を言ってる!」


セイヌがすぐさま反応するが、テムスが手で制した。


「ジーウィル=ポラリス、本気なんだな?」


「うむ。娘がこう言っておるのだ、親としては信じるのが普通だろう」


二人は昔、何度も海で砲を交えた関係だ。

ゆえに、相手のことは嫌というほど知っている。

だからこのような時は

最も信用できる相手でもあるのだ。


そして、まるでタイミングを計ったかのように、

酒場の扉が強引に蹴りあけられた。



「おい、ここにセイヌ=レーゼンはいるか!」



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