第三章 家族と港街.04
オールド号は東エシア港の近くにある
倉庫に移動していた。
ここはジーウィルが借りているドックで、
修理やら整備もここで行う。
「大きいんだねー」
港から水路で繋がっているのだが、
船が入る屋根付きの倉庫だ。
高さは20バートを越える。
しかも中にはオールド号だけでなく
もう一隻入港していており、
二つの船が格納できる横の広さも兼ね備えていた。
「船長、あの船はなに? オールド号よりも随分と破損が激しいみたいだけど」
指差した船は陸に上げられた漆黒の船だった。
けれど言うようにマストは折れているし、
外装も所々に砲弾の後で穴が空いていた。
まるで、激しい戦闘の後のようである。
しかも、それだけ傷ついて修理もされずに
数年以上は放置されていた様子だ。
「あー……アレはねぇ」
苦笑いして、ジーウィルはどう言ったものかと悩んでいると、
「――ポラリス」
少女の声が船の名前を答えた。
「ジーウィル=ポラリスっていう海賊が乗っていた船がアレよ。最後の海戦から修理されることなく、ここにずっと格納されていたの」
オーシャは倉庫に中にいた少女を見る。
「あっ、姉さん」
「お父さん、オーシャ。どうしてここに?」
そこにいたのはスピカだった。なにやらいくつもの大きな紙を抱えている。
「それワシの台詞。学園が長期休暇というのは知ってるけど、こんなところで何してる?」
胡散臭げに見る父親に対して、娘は平然と
「ポラリスをラスさんに修理してもらおうと思って」
そんなことを言い出した。
「はっ?」
「だってお父さんが、廃棄しようとしていたこの船を私にくれたじゃない。で、やっと納得行く図面を書き上げたから、ラスさんに相談に来ていたのよ」
「ええええええ!? そんなのワシ聞いてない!」
「言ったら反対すると思ったから。でも、もうラスさんからオッケーもらってるけれどね」
何かおかしなこと言ってる?という顔であった。
「そりゃ反対するに決まってる! むしろ今から反対するよ!」
すぐにこの倉庫の主にして整備士であるラスのところへ
文句を言いに行こうとして、
ジーウィルは何かを思いついたように立ち止まる。
「ん……そうだな」
そして振り返ったと思うとオーシャをマジマジと見る。
「船長? 私の顔に何かついている?」
「いや、何でもない。そうだな、スピカ。その図面を貸してくれんか? ワシもちょっとラスに相談したいことができた」
「嫌よ。だってお父さん、勢いで鼻紙にして捨てそうだもの」
「ワシそんなことしたことないだろ! 父親を何だと思っている!」
スピカは渋々と図面を渡した。
ジーウィルはそれを広げてマジマジと見てから
「ふむ」と頷いて娘を見る。
「なるほど、良い出来だな。学園は楽しいか?」
「ええ、とても。それにこう見えて私は主席だから。そんなスピカの渾身の力作よ」
父親に褒められて嬉しそうにスピカは笑う。
それを満足気に見てから、ジーウィルは倉庫の奥に行った。
奥には白髪の高齢の男……
多分ラスというのは彼だろう。
そして整備士のセレンがいるのと、
何故かデイエンも何かを手伝わされている。
それを見送った娘たち二人。
「姉さん、船の図面なんて書けるんだ」
「あら、言ってなかった? 私、アンバスの国立学院で造船業を学んでいるの」
娘たちは、父親が乗っていたというポラリスを見上げる。
「この船はね、私が生まれる前からここにあるの。これを見ながらお母さんによくジーウィル=ポラリスの冒険譚を聞かされたわ」
懐かしそうに語るその姿が、
オーシャは羨ましいなと思う。
「それでいつかこの船を修理……いえ、私が新しく生まれ変わらせたいって思い始めた。それで無理を言って今の学院に通うことにしたの。アンバスの国立学院は各国からの技術が集まるから」
少しはみかみながら、楽しそうに語る。
姉の言葉に、妹は少し考えて
「私は、これに乗って大海原出てみたいな」
想いを言葉にした。
かつて世界の中心であろうとした
大海賊が駆ったという船に、
自分が乗れたらそれはそれは
とても素敵なことではないかと思ったから。
オーシャの言葉を聞いて、スピカは笑う。
「そうね、あなたはお父さんと同じ海賊だものね」
どこかさびしそうな声。
そしてそんな想いを捨てるように首を振った。
「なら、この船の改修が終わったらオーシャが乗ればいいわ。大海賊の娘が乗るのに相応しい船になるわよ」
姉は勇ましい妹の姿に、いや燃えるような真っ赤な髪を見て頷く。
「そうね、未来の大海賊オーシャ=ポラリスが乗る船なのだから……」
そして、その名前を告げた。
「――レッドポラリス」
スピカは名案だと言わんばかりの得意気な顔。
「レッドポラリス……」
少女は、ボロボロの海賊船を見上げながら呟く。
「もう遠くからでも絶対わかるくらいに派手な真っ赤で染めるの。大胆不敵な大海賊にはピッタリだと思わない」
「姉さん、結構思い切ったこと言うね。真っ赤な海賊船なんて、前代未聞だよ」
「あら、あの悪名高い黒蛇を船員に勧誘した妹に言われたくないわ」
二人して、船を見上げながら色々と話す。
そして話は大海賊ジーウィル=ポラリスの昔話に移り、
父親が帰ってくるまで話し込んでいた。
――レッドポラリス
後の歴史に名前を残す船の名前が誕生した瞬間だった。
赤い北極星という名の船が完成した時、
世界は再び海賊船を中心に動き出す。
けれどこの時はまだ、
そんな未来を誰も想像すらしていなかった。




