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第三章 家族と港街.02

港街エシアはアロガン大陸の傍に浮かぶ

離島の貿易港である。

大陸の南東に位置し肉眼でも

大陸の岬が見える位置にありながら、

どこの国にも属していない中立を貫いている都市である。


中立という立場ゆえに商売の中継点となっており、

シカザ大陸からの船もここに寄って荷を降ろすことが多い。

さほど広い島ではないのに島の十字方向に4つ港があり、

いつも数多くの船が停泊していた。


またジーウィルのような海賊たちの温床にもなっており、

周辺諸国からは疎ましく思われている部分も少なからずある。

だが力の強い商人たちも支部を置いていることもあり、

重要な拠点となっているので中々に手が出せないのが実情だった。

いつも通り東側の港……

そのまま名前は『東エシア港』にオールド号は着艦する。


次の航海は数ヵ月後になるだろう。

商会や軍にとっては些細な荷物も

海賊たちにとっては大きな財産となる。

今回ジーニアス号から強奪した金品だけでも

全員が十分に一年以上は生活できるだけの額なのだ。

だから次にいつ出航するかは船長であるジーウィル次第。

ジーニアス号から奪った物品の売却は

ケイズとレイチェル他数名が担当し、

後ほどジーウィルの指示で公平に分配を行う。

船長が15%や副長10%、

それぞれ重要なポジションについている船員が5%、

残りは他のメンバーで公平に分けられる。

きちんと納得いくように分配することが、

仲間割れを起こさないことに加えて指揮を保つ重要なポイントだ。


船員たちはそれぞれの家に帰っていった。

本来、海賊たちは家を持たずに

その日暮らしをしている者が多い。

儲け話があれば呼ばれて船に乗り込むが、

普段は酒場に入り浸って毎日飲んでたり

歓楽街で財の続く限り夜遊びをするならず者が大半である。


けれどオールド号はほぼ全員が家や家族を持っていた。

そう、彼らが特殊なのだ。

今時流行らない海賊稼業を続けていられるのも、

そんな彼らだからこそかもれしない。


そんな中、行き場のない者が三人いる。


新入りのオーシャとヨウコ、

そして解放された捕虜のイクルである。

出身がシカザ大陸のオーシャと

レイジェ王国のイクルは当然として、

ヨウコも元々はレーゼン商会に所属する傭兵である。

レーゼン商会の本拠地は

アロガン大陸南東部に位置するナナイにあるため、

当然ここエシアでは帰る場所などない。


オーシャはジーウィルと一緒に行くことになった。

さすがに10代半ばの少女を

放置するわけにも行かないからだ。

ふらふら歩いていると、

歓楽街もすぐ傍にある港街では

いつ娼婦として連れて行かれるかわからない。

さすがにそれはせっかく助けたのに後味が悪い。


「……で、俺は何故ここにいるんだ」


イクルは、不機嫌そうな面で呟いた。

彼は釈放と共に、

ありがたいことに船長からある程度の路銀をもらっていた。

さすがにレイジェ王国まで帰れるほどの

船代にはならないが、

大陸までは行けるくらいにはある。


彼はすぐにでも大陸に渡って、

祖国を目指すつもりだった。


だというのに――


「ほらほら、辛気臭せぇ顔すんなよ! 飲んでぱーと騒ごうぜ!」


既に顔を真っ赤にしたボサボサ頭のデイエンが

バンバンとイクルの背中を叩く。


「そっすよ! イクルさん、まだ全然進んでないじゃないっすか。全くイクルさんは真面目すぎるんっす。今日は遠慮なんていらないんすよ?」


何がそこまで楽しいのか、

モヤシはおつまみの枝豆をリズムよくせっせと向いている。

そして


「なにかしら? そんなに私と飲むのが嫌だったの?」


上機嫌なヨウコが、

酒の入ったグラスを傾けながら微笑む。


「……ふん」


このヨウコに捕まって、

気付けば酒場に連れ込まれていた。

その酒場には偶然飲んでいたデイエンとモヤシがおり、

気付けば四人相席のテーブルで

酒を飲む羽目になったのである。

船ではヨウコに対してバリバリに警戒していた二人も、

酒が回っているせいでもはや

そんなことどうでもよくなって一緒に騒いでいた。

どちらにせよ、もう遅い時間だったために船はなかったのだ。

……とはいえあまり無駄金は使いたくないのが本音なのだが。


「私はね、あなたとゆっくり話をしてみたかったのよ。あなたと剣を交えて、とても久々に楽しい時間が過ごせたのだから。ほら、もっと近くに来なさいよ」


「俺は楽しくなかったがな。おいっ、来いと言いつつ近づいてくるな」


先程から素っ気無い返事しかしないイクル。

でも楽しいそうにヨウコはずっとそんな軍人に絡んでいた。

そのヨウコの様子に、モヤシはうんうんと頷く。


「ヨウコ姐さんは大胆っす。全く、セレンもデイエンももっと積極的になってほしいっす」


デイエンはぶはっと酒を噴いた。


「おい、モヤシ! なんでそこで俺と、その、セレンの名前が出てくる!?」


掴みかかろうとするデイエンを、

ヨウコはどこからともなく出した布で縛り付ける。


「あら、やっぱりあの二人って……そうだったの?」


「そうっすよ。二人は幼馴染なんすけどね。普段からお互い興味がない振りしているのに、実はこそこそと盗み見したりしてるんっすよ。もうじれったくて船員一同、いい加減くっついてくれないかっていつも思ってるっす」


「それはいいことを聞いたわね。今度、このネタでセレンをからかおうかしら」


むーむーと縛り付けられたデイエンを

足蹴にしてモヤシとヨウコは笑う。

そんな三人の様子をイクルは果実を齧りながら、

興味なさそうに見ていた。


「ねえ、イクル。あなたは本国に恋人はいるのかしら?」


「いや、いないが」


ヨウコが身を乗り出してくる。

ふくよかな大きな胸から目を逸らしながらイクルは答える。

いない、と言いつつも彼は、一人の女性を思い浮かべていた。


「ふーん……」


彼女はじろじろとイクルの顔色を探りながら、


「ロラって誰?」


一言呟いた。

イクルはデイエンのように噴いたりしなかった。

ぴくっと一瞬果実を食べる手が止まっただけである。

けれどそれを見逃すヨウコではなかった。

「へぇ……」と意味深に呟く。


「ねえ、どうして船を降りるのかしら? 私と一緒に移籍しなさいよ」


「またその話か。しつこいぞ。そう簡単に鞍替えするほど、俺の祖国への忠誠心は軽くない。俺の剣はレイジェ王国のために捧げると誓った」


「それはロラって奴のためかしら?」


「ロラ副将は関係ない。それにあの人は俺になどでは遠く及ばない素晴らしい方だ。軍人としてだけでなく、人として尊敬をしている。そしてそれは恋愛感情などという移ろいやすいモノでは断じてない」


早口にそう告げる素面のイクル。

そんな彼の態度をモヤシ面白そうに、

対象的にヨウコはつまらなさそうに見ていた。


「やれやれ……想像以上にお堅いわね」


ふんっと鼻息を鳴らした彼女だったが、

全然進んでいない彼のグラスを見てあることに気付く。

ヨウコはグラスを持ちモヤシに対して

軽くそれを傾ける動作してからイクルを見て、

あるサインを送った。

モヤシはすぐに意味を把握し

「了解っす、姐さん」と頷いた。


「まあまあ、イクルさん。とりあえず飲みましょうよ。俺とデイエンの奢りっすから気にしないでほしいっす。どうせ今日でお別れなんっすから、付き合ってほしいっすよ」


「そうよね、お酒を楽しまないと。あ、モヤシ。イクルのグラス代えくれないかしら。そいつお酒弱いみたいだから。私だけ飲むというのは、悪いものね」


途端に絡んでくる二人。


「いや、俺は別に下戸ではないが……」


止めようとするが、

酒の勢いに乗っているモヤシは全く聞かずに、

違う酒の入ったグラスを持ってきた。

仕方なくイクルはグラスを持って、香りを嗅ぐ。


「イムニの果実を絞って作った果実酒っすよ。口当たりが良くて飲みやすいっす」


「ふむ。確かに良い香りだな。どれ、一口……」


恐る恐る口をつけたイクル。

ヨウコはニヤッと笑い、

ひょいとイクルの持つグラスの底を押し上げる。

「ん!」と驚いた表情を浮かべるが時は既に遅し、

イクルの喉に流し込まれていた。


「おい……これ……」


イクルが睨むが、すぐにふらふらとなり、

ばたんとテーブルに顔から倒れた。

ヨウコとモヤシは目をあわし、グッと親指を立てる。


「おお、さすが『火噴き酒』と呼ばれるだけはある、香りから想像できない度数の高い酒」


「やるわね、モヤシ。見直したわ」


下戸のイクルに耐えられるはずもなかった。

ヨウコはぐでんど動かなくなった彼を肩に担ぐ。


「じゃあ、私はこいつを宿に連れて行くわ」


「支払いは気にしないでいいっすよ。それでは、ご健闘を祈るっす!」


足元では縛られたままのデイエンがむーむー叫んでいる。

ヨウコは気を失ったイクルを連れて酒場の2階へ上がる。

元々、今日はここで泊まる予定だったのだ。


彼女は部屋に入り、イクルをベッドに放り投げる。


「さて……」


ヨウコは妖艶に微笑む。

彼女がオールド号に移ったのは

オーシャの言葉も勿論あったが、

一番はこのイクルという男がいたからだ。

彼女は剣を握り傭兵稼業についてから初めて負けた。

勝負自体はヨウコの勝ちだが、

あれはあまりにも屈辱的な結果である。

腹が立ったが、

それ同時にこの堅苦しい軍人に興味が沸いた。

優れた剣技を持っているのにも関わらず、

彼は自分のために使わないと言う。

そんな彼と戦い、

国だなんてあやふやなモノに託すという剣を

彼女はただ自分との戦いためだけに振るって欲しいと、

強く、とても強く思ったのだ。


それは愛というのには屈折していて、

恋というには強すぎる渇望。


「ふふ……」


欲しいモノは、なんとしてでも手に入れる……

それがヨウコのポリシーだ。

彼女は、服を全て脱いだ。

アルコールで火照った素肌に、夜風がとても気持ち良い。


「さて、あなたは私の期待に応えてくれるかしら」


逸る気持ちを必死に抑えて、ベッドに眠る彼に覆いかぶさった。



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