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第三章 家族と港街.01

キンッ!

甲高い音を立てて、少女の手から剣が飛ばされた。


「あっ!」


そしてその剣を追おうとして、

すぐに首筋に剣を当てられる。


「はい。これであなたは15回目の死を迎えましたわ」


気楽そうな女性の声に、

少女は見て分かるほど露骨に落ち込んだ。


「やっぱり私に剣は向いてないのかなぁ」


ぱたっとオーシャは甲板に大の字に倒れこむ。

肩で息をして起き上がらない彼女を、

ヨウコは笑いながら足で小突く。


「今まで一度も握ったことがないのだから当然のことよ。でも、筋はいいのではないかしら。とりあえずは剣をちゃんと振れるように、体から作ることから始めましょう」


ヨウコはマントを着ていると着膨れして

外見からは体格が想像できなかったが、

やはりあの重いマントと大剣を

振り回しているだけあって逞しい体つきをしていた。


「よし、オーシャ君! これから毎日俺と筋トレしようよ!」


妙にノリノリなのはナッツ。

臆病者の彼ではあるが、やはり腐っても海賊かつ剣士。

オーシャとは比べ物にならない男らしい体つきをしていた。

ちなみに彼の趣味は筋トレである。

筋肉だけではイクルよりも優れているのだが、


「ナッツ、あなたは剣の基礎から学びなさい。猿が棒を振り回しているみたいで見っとも無いわ」


いかんせん力がありすぎて空回りしているのが難点である。


「けれど……この美しい筋肉美は日頃からの……イタッ!」


なおも暑苦しくポーズを取るナッツだったが、

後ろから来たジーウィルにげんこつをもらい、

頭を抱えながら蹲った。


ジーウィルは苦虫を潰したような表情を浮かべている。


「あー、君たち? 幼くて華奢な少女にだね、危険な玩具を渡さないでくれないかな?」


まるで娘が包丁を使うことに反対するかのような口ぶりだった。


「ぶーっ、いいじゃん。自分の身は自分で守れってセレンだって言ってたし」


「そうよ。仮にも海賊なのだから、剣の一つや二つ使えないと格好がつかないわ」


「俺みたいにマッスルになれば、どんな辛い旅路でも平気ですよ、船長」


口々に不満を言うが……


「これ以上、手癖の悪い女乗組員が増えるとワシの心が休まらないの!」


髭面の船長はカッ!と見開いて叫んだ。

あまりに切実な想いが込められた叫びに、

三人はポカンとしていたが、


「ガサツで色気もなくて悪かったですね、せ・ん・ち・ょ・う!」


背後から現れたセレンが、

肩を握り潰さんとばかりに全力で掴んでいた。


「いたたたたたたたっ! ほらっ、それがいかんのだよ! 大体ワシ、そこまで言ってないし、船長に対してこの仕打ちはどうなの!?」


しばらく二人の間で押し問答があり揉めていたが、

結局、ジーウィルが暴力に屈して負けていた。

痛む肩を摩りながら、ため息をついている。


「で、セレン。どうしたの? 何か用事?」


寝転がったままオーシャが尋ねると、彼女は頷き、


「ああ、飯できたぞって伝えにな。レイチェルから頼まれた」


船内をくいくいと指差す。


「あら、随分と時間が立っていたのね。オーシャ、ナッツ、行きましょうか」


ヨウコはオーシャの手を掴んで引っ張りあげる。

少女の体が軽すぎて、

勢いあまってぽすんと彼女の胸の中に納まった。

しがみつくような形となった少女を楽しそうに見下ろす。


「ほら、オーシャ。行きましょう」


黒蛇と恐れられていた剣士も、

こうやっていると普通の女性にしか見えない。

まだ乗り込んでから数日だというのに、

随分と馴染んだモノだ。


「俺も~飯食わせてくれ~!」


頭上の見張り台に相変わらず

縛り付けられている鳥目が叫ぶが、

誰も耳を貸さずに5人は連れたって船内に中に入った。

オールド号の船員はオーシャたち新入りを含めて25名。

いくらエンゼル級という小さい部類の船とはいえ、

かなりギリギリの人数で回している。

食堂にいたのは10人で、

そこにオーシャたち5人が入ると

半数以上のメンバーが集まったことになる。

たいして広くもない食堂はぎゅうぎゅう詰めの状態だった。


「……」


「……」


だというのに、

誰もが必死にヨウコから距離を空けようとする。

本能的に危険を察しているらしい。

さすがに軍艦に飛び込み一人で

100人以上を皆殺しにしたという

そんな逸話を持つ彼女と談笑するには

まだ勇気が足りないようだ。


彼女と面と向かって話せるのは女性陣と、

後は何故か意気投合したナッツぐらいなのが現状である。

普段は割と大きな口を叩いている

デイエンも一番隅っこまで退避していた。

ちなみにモヤシは蹴り上げられた股間が

オーシャを見ると痛むらしく食堂から早々に逃げている。


「はい、お待ちどうさま。今日もまたお芋の料理でごめんなさいね」


そんな重い空気を、

まるで吹き飛ばすかのような涼風が吹く。


「そんなことないよ。レイチェルさんの料理は毎日食べても飽きないから、大好きだよ」


「ふふっ、オーシャはお世辞が上手ね。そう言ってもらえると作っている方も嬉しいわ」


料理を運んできたのは、

オールド号の料理長であるレイチェル。

肩まで伸ばしたセミロングの淡い茶髪の彼女は、

船の唯一の癒しである。

とても海賊船に乗っているだなんて思えないくらい

お淑やかで、穏やかな笑みは

どんなに辛い船旅でも頑張ろうと思わせてくれる

。聖母という言葉は彼女のためにあるといっても、

このオールド号では過言ではなかった。

まだ二十歳だというのに落ち着いた物腰の彼女が、

これでジーウィルの姪だというのだから驚きだ。


「そうだ、レイチェルからも言ってくれい。オーシャがヨウコから剣を学ぶと言って聞かんのだ。ワシとしてはレイチェルのように料理でもして欲しいのだが」


泣きつくようにお願いするが、彼女は「あらあら」と微笑むだけ。


「伯父さん。女性だからといって、料理を任せるというのは男性の我侭ですよ。私はオーシャには元気良く甲板に立っている姿の方が似合うと思います。船長が心配なのもわかりますけれど、ヨウコさんがついているから大丈夫でしょう?」


「そうそう! レイチェルさん、さすがわかってるね!」


勢いよく頷くオーシャだが、レイチェルは首を振る。


「ふふっ……でもね、オーシャ。あまり船長に心配をかけては駄目ですよ。たまには心配性この人の言うことも聞いてあげてくださいね。あとナッツさんみたいな体になってしまうと、せっかくの可愛らしい姿が台無しになってしまうわ」


突然、悪い意味で引き合いに出されたナッツは

「えっ!?」と信じられないという表情を浮かべていた。

ちなみにナッツは、いや、彼だけでなく結構な数の

若い乗組員がレイチェルのことが好きなのだが、

誰一人として彼女のハートを射抜いた海賊はいない。


「私、料理なんて作ったことないからなぁ」


しみじみと呟くオーシャ。


「あら、私は作れるわよ?」


けれどヨウコは何ともないようにそう言った。


「船長……そこで意外そうな顔をされると、私、突然に船長と剣の稽古がしたくなってしまうのだけれども、付き合っていただけるのかしら?」


「えぇぇぇぇ! なんでワシだけ!? ほら、今の言葉聞いた奴、みんなが……ああ、嘘嘘嘘だから。君の料理、一度食べてみたいなぁ、ぜひ!」


完全に及び腰のジーウィルにヨウコはため息をつく。


「ジーウィル船長。私は詳しくは知らないのだけど、昔はそれはそれは有名な海賊だったそうね。剣の腕前もぴか一だったと聞いたことがあるけれど、それは本当なの?」


その言葉に、

オーシャは思わず食べていた芋を噴出しそうになった。


「ええ!? 船長って、剣使えるの? そのデブっとい体型で!?」


「いや……その、実はそういうわけではないんだよねー。あとデブとか言わんといて、これでもワシ気にしているの」


驚くオーシャに、ジーウィルは遠い目をする。

その問いに答えたのは姪のレイチェルだった。

笑いを堪えながら、


「よく勘違いされるんですけどね、伯父さんは」


説明してくれる。


「ジーウィル=ポラリスという海賊が10数年前に近隣海域で活躍していたのというは本当なんです。それはとてもとても優秀な船乗りでした。けれど、剣だけでなく直接的な戦いは実は全くできなかったんですよ」


「あら、そうだったの? でもならどうして、剣の使い手だなんて言われてるのかしら」


疑問を口にするヨウコに、

ジーウィルは一言ポツリと呟く。


「ワシの嫁」


「え?」


「凄腕の剣士として名高かったのは、別にいるの。今はワシの嫁なんだけど、まあいつも一緒にいたからいつの間にか混合されていたんだよ」


ぽかーんと、オーシャは船長を見つめていた。

ナッツが「本当のことだよ」と念を押す。


「まあ、今ではオンボロ船の冴えない船長だけどね。副長のメイツェンみたいに、その時からずっとついてきている奇特な奴か、私のように両親のどちらかが元船員で世話になっていた奴ばっかりが、今この船に乗っているのさ」


セレンが芋を食べながら手振りで周囲を指す。

ジーウィルは食堂を見回して、


「例えばデイエンの親父ラッツェンもあいつと同じで砲撃手だった。航海士のケイズは母親が料理長でね。ラードは当時からずっと力仕事を勤めてくれている。モヤシは……モヤシはなんだっけ」


「日陰から勝手に生えてきたんじゃなかったでしたっけ?」


「もうそれでいいか。そういう感じで、ワシにとって船員は家族みたいなもんなんだよ」


少し誇らしげに、語ってくれた。


「こう見えて伯父さん、昔はとっても格好良かったんですよ」


「レイチェル……こう見えては余計だよ」


オーシャはその姿が、とても羨ましく思っていた。

彼女にとって、家族と呼べる人たちは

今まで一人としていなかった。

だから、どこか遠いことのように思えてしまう。


「大丈夫さ」


セレンが軽い口調でオーシャの肩を叩き、


「アンタも、もう家族の一員だ」


「そうだよ。オーシャ君も、そしてヨウコさんも俺たちの仲間だ。気兼ねなく一緒に筋トレに誘ってくれていいからね」


ナッツが暑苦しい笑顔で親指を立てる。

そんなみんなの姿を、静かな笑みで見つめているレイチェル。


「うん……ありがとう」


オーシャは、少しだけ無理をして笑顔を作った。

笑っていないと、なんだか泣いてしまいそうだったから。


「この船に来て、私、良かったよ」


小さく呟く。

ジーウィルはそんな少女を、優しく見つめていた。


「エシアが見えてきたぞー!」


甲板から、鳥目の叫び声。



そして海賊船は、彼らの本拠地である港街エシアに到着した。


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