襲来☆四天王
入学して一週間ほど過ぎた。
今僕は、数学の授業を受けている所だ。火呆高校と言えば勉強に勉強を重ねた奴だけが入学式を許される名門高校だったはずなのに、どうしてこうなったんだろう。
不良達が沢山いるから、授業は出来ない位に荒れるんじゃないかと心配していたけれど、何故か彼等は皆大人しく授業を受けている様子だ。
が、しかし、肝心の授業内容はと言うと、想像の遥か下のレベルで展開されている。
「田中。この問題解いてみろ」
数学の先生が黒板に書いた問題は。
7×4=?
おいおい、これって数学っていうか算数じゃないか。
僕は何度目かになるため息をついて、心の中で授業のレベルの低さを嘆いた。
そう、ここが進学校であったのはもはや過去の話である。僕達が入学する数年前より、少子化を受けて門徒を広く募集したところ、勉強が苦手だった僕よりも更に馬鹿で、粗野で凶暴な不良達が大量に流入し、ここは今では不良達のオリンピック会場とまで言われるほど荒れ果てていたのだ。
そんな中でも先生達は生徒達を何とか救いだそうと、中学レベルどころか小学校レベルまで内容を落として噛み砕きながら説明しているのが現状である。
まあ、流石にこの程度の問題ならいかな不良達でも解けるんじゃなかろうか。
指名された田中君は、タバコを床に捨てて立ち上がり、上履きで火を踏み消した。
「……」
「どうした田中。7×4は、何だ」
田仲君は教師をガンつけながら、迷った挙げ句に、口を開いた。
「…12」
ぶっ、バッカじゃねーの。何で7×4で12になるんだよ。答えは11に決まってるだろうが、この脳筋が。あはははは。
「ん、違うなあー。安藤」
「28です」
「うん、正解だな」
え。…え。あれ。何でそんなに、増えてるんだろう。
…あ、あー。かけ算だよね、そうだよね。何か僕もおかしいと思ってたんだよな。はは。うん、7が4つあるんだから…うん、大体そのくらいだよね。流石だなあ安藤さんは。頭も良いんだね。
己の些細な失敗は、安藤さんの素晴らしさを実感するためだったと気が付いた僕は、その後健やかな気分で授業を受けることが出来た。
その日の昼休みの事だった。
二人組の不良がドアを蹴破って現れた。
何となくまだ初々しいから一年生だろうか。教室に悲鳴が上がる。
「おんどりゃあ!相馬、お前はぶっ殺したるわあ!」
そう叫ぶと、いきなり二人組は持っていた鉄パイプで殴りかかってきた。
「うわああ、何するんですか!」
僕は悲鳴を上げて席から逃げ出した。間一髪の所で、僕の座っていた席に鉄パイプが降り下ろされた。大きな音を立てて椅子が弾けとぶ。
「ちょ、ちょ、ちょ。待って下さいよお!」
「やかましい!往生せいやあ!」
二人は血走った目で僕を睨み付けると、鉄パイプを構えて再び襲ってきた。
あーもう駄目だ。感情のリミッターが恐怖で振り切れる。
怖いのは嫌だから。
僕はブレザーの中からチェーンソーを取り出した。鉄パイプによる二人の攻撃を刃とエンジンの部分で受け止める。チェーンソーを見た二人に明らかに動揺が走った。さっきまでの殺意が嘘のように、逃げ腰になり始めていた。
よし、チャンスだ。僕はエンジンを始動させる。ギアは真ん中で。これで準備は整った。チェーンソーを構えてにじり寄ると、二人とも後ずさっていき、机やら椅子に引っ掛かって倒れこんだ。
まだだ。まだ油断は出来ない。この人達はケンカ慣れしているんだ。その気になれば僕を二人がかりでボコボコにしてしまうことも出きるだろう。だからまずは、一人を確実に戦闘不能にしておかなければ。
僕は、悲鳴とも命乞いともつかぬことを喚き続ける、二人のうちの一人目掛けてチェーンソーを振るった。歯を首に当てて体重を乗せて押し込む。
あっという間に血飛沫が上がり、その不良は身体をびくびくと痙攣させながら、白目を向いた。そのまま押し込む。
僅か数秒で脛椎と残りの筋組織も切断され、首がゴトリと床に落ちた。さて、もう一人だ。
その時だ。突然後ろから僕を押さえ付けようとする力が加わった。
まだ仲間がいたのか?僕は振りほどこうと身体を捻るが、相手もなかなか離れようとしない。
「ちょっと!お、落ち着いてよ相馬君!」
甲高い声が耳元で聞こえてきて、僕は我に帰った。この声は…あれ、誰だっけ。首を回して後ろを見ると、自己紹介の時に目の合った、ピンク色の髪の女子が僕に抱き付きながら、息を切らしていた。
名前は何といったか。覚えていない。
「あ…えっと。どうしたの」
「どうしたのって、あんた。加減てもの知らないの?相手を見てみなよ」
言われて襲ってきた不良の生き残りを見る。涙を流してガクガクと震えており、股間から床にかけては濡れていた。ふむ、これは戦意喪失というやつか。
僕はピンクに了解の意思を告げると、チェーンソーの回転を止めた。ようやくピンクが僕の背中から離れる。
僕のそばまで来ると、ピンクは怒ったような表情を浮かべた。
「あんたねえ…やり過ぎだよいくらなんでも。全く容赦ないわね」
「あ、あの…何か不味かったかな」
僕は本気で不思議に思ったのだが。それが彼女にはお気に召さなかったようだ。深いため息をつくと、彼女は生き残りの襲撃者に声をかけた。
「あんた、大丈夫?」
ピンクの質問に、生き残った不良は、馬鹿みたいにガクガク首を縦に振っている。まるでいつぞやのピンクそのものだけれど、そこは放っておこう。
「どうしてこんなことしたの?相手はコイツだよ、無事で済むわけがないのに」
僕を指差しながらピンクがまくし立てる。何だか不快だけど、ここは黙っておいた方が賢明なようだ。
「い、言われたんだ…風間さんに…相馬を殺さなきゃ俺達が…殺られるって!」
言い切った不良は泣き崩れてしまった。それを見ながらピンクは、顔色を青ざめさせている。
「風間って、あの…風間なの」
ピンクが震え声で呟いた。
「風間…さん?誰でしたっけ」
少なくとも僕の知っている人間に風間と言う名前の人物はいない。
「風間鼬…この学園の四天王だよ」
「四天王?そんなのあるんだ」
僕は本気で驚いたが、続く彼女の剣幕に圧された。
「相馬君、あんた、すぐに逃げな!もう二度とこの学校にきちゃいけない!」
「え、どういうことですか」
「四天王はあんたでも勝てない!風間は風を…」
彼女がそこまで言いかけたときだった。教室に物凄い風が吹き込んで来た。目も開けていられない程の暴風に教室中の物は吹き飛ばされた。
教科書も机も椅子も人も、何もかもが、もみくちゃにされた。
咄嗟にチェーンソーを床に突き刺して暴風を耐えた僕は、荒れ果てた教室の、惨状を目にした。
何もかもが、メチャクチャだった。人も物もごちゃ混ぜになって、床に散らばっていた。
「一体、何が…」
僕がそう呟いた時、廊下から笑い声が響いてきた。男の声だ。美しい声の持ち主なのは聞いていて分かるが、どこか歪んでいる。そう感じさせる声だ。
僕はチェーンソーを持って廊下に飛び出した。
そこにはぼろ雑巾のようになって打ち捨てられた、さっきの不良だったものが転がっていた。その瞳はもう何も映すことはない。
そして。
「相馬君!」
僕は声のする方へ目を向けた。ピンクは捕まっていた。彼女を捕らえている男は、ロングヘアの優男だった。
こいつがさっきの、高笑いの主。直感で分かった。
「ふふ、お初にお目にかかる。私は…」
「お前が番長だな!」
「ちげーよ四天王の風間だよ風間!聞いてただろうに、もう!」
「あ、ごめんなさい。そう言えばそんな話聞いたかも」
風間は咳払いをし、ピンクを拘束していない方の手で髪をかきあげた。
「改めまして。火呆高校四天王が一人、風林火山の風、風間です。以後お見知りおきを」
風間はそう言うと気取って礼をした。片手にピンクを捕まえながら大した事をする。
「ふっ、やっぱり、君のチェーンソー捌きは尋常じゃないですね!先に捨て駒をあてておいて正解でしたよ」
風間はそう言うと、ポケットから何かを取り出した。バタフライナイフだった。それをピンクに押し当てる。
「何をする!」
「ふっ、この女が君と仲が良いのは調べが付いてるのでね。武器を捨てたまえ、相馬和彦君」
「駄目だよ!捨てたらあんたも殺される!」
ピンクが精一杯の声を上げた。
「煩いよこのピンク女が!顔に傷がついてもいいのかな?」
風間がナイフで脅しをかけるも、ピンクは怯まない。
「ふん、舐めんじゃねーよ!あたしだって不良の端くれだ!そんな脅しに負けるもんか」
「ほう、見上げた度胸だな、ピンク女」
風間が感心したように言う。
「ピンクピンクうっせーな!私には名前があるんだよ!構うこたぁないよ、相馬君、やっちまいな!」
そんな!自分が犠牲になるかもしれないというのに…。
「そんな!ピンクさん!」
「うおおおおおおおおおおおい!!!何であんたまで名前知らないのよ」
「ごめん自己紹介の時はソワソワしててさ」
僕はそう謝ると、チェーンソーのエンジンを再始動させた。
「ごめんね、ピンクさん!なるべく痛くないようにするから!」
「あ、えと。ちょっと!もしかしてあたし狙い!?」
「馬鹿な!何を考えているのです、相馬!」
とにかく面倒くさくて早く終わらせたいので、僕はチェーンソーを持って突っ込んで行く。
「うおおおお!」
チェーンソーの刃のリーチは1メートル半。そこに相手を捉えれば僕の勝ちだ!
「やむを得ません。私直々に痛め付けて差し上げましょう」
風間はそう言うと、不意にピンクを手放した。そして両手を、天に掲げるように広げた。
次の瞬間僕は猛烈な勢いで廊下を吹き飛ばされた。そのまま、行き止まりまで吹き飛び、壁に叩き付けられる。
「ぐはっ!」
自分に前方から凄まじい力が加わっているのが分かった。余りにも凄まじいので、正体に気付くのに遅れた。
「これは…風か!」
前方から同じように吹き飛ばされてきたピンクが迫る。何とか僕の身体を間に入れて、クッションにして彼女が壁に激突することは避けたが、彼女も消耗しているし僕もかなり痛い。
「うう…これが…風間の、能力」
「そうだとも」
勝ち誇る様に風間が叫ぶ。
「これが私の風を操る能力、ワイルドウィーゼルだ!」
「わいるど…?」
「ういー…何?」
何やら難しい単語が出て来て僕とピンクは混乱してしまった。なんのこっちゃ。
「ええい、ド低脳め!」
ますます風の勢いが強くなる。
「ぐわあああ!」
一体どうやってこんな風を起こしてるんだ。目を開けるのも困難な中、僕は必死に目を開けて風間を見た。
その時僕は、風間の後ろに凄まじく巨大な扇風機があるのを見つけた。ま、まさかあれが。
「ふ、今頃気付いても遅いですよ。そう、これは風洞実験にも使われる超高性能の扇風機なのです!」
「何ぃ!?あんな巨大な物に気が付かなかったなんて!」
「キミ、集中すると他の物事に目がいかなくなるって言われないかい?」
「うん、よく言われる!」
あっはっはっはっは。
「こほん。持ち運び出来るようにコンセント式にしているがね。重いのが欠点だなあ。ここにセットするのに、100人がかりだったよ、あはははははは!」
風間はそう勝ち誇る。
くう、そんな。僕のチェーンソーが役に立たないなんて!
「あははははは!」
風間の高笑いが響き渡る。このままでは僕もピンクも風により押し潰されるか、運が良くとも身体が冷えてお腹を下すだろう。
「くっそおおお!まけるものか!」
僕は全身全霊の力を込めて立ち上がった。チェーンソーのエンジンを始動する。
「何…?なぜこの風のなか立っていられるのだ!」
「だって…だって…!」
僕は声を張り上げた。
「あんた扇風機の前でポーズ取ってるじゃないか!」
「馬鹿それは言っちゃいけません作者が何かしら言い訳を…おおおおおお!」
謎の言葉の効果なのか、風間も風に煽られてこちらに飛んできた。壁に激突しダメージを受けている。
「ぐうう、馬鹿な…作者の寝不足が、こんなところで祟るとはあ!」
「近くなればこちらのものだ…覚悟しろ、風間!」
しかし、風間は右手を突き出した。その手に握られていたのはナイフではなく、リモコンである。
「最大出力だあ!!!私もろとも地獄に堕ちろ、相馬あぁ!」
「何!しまった。ぐわあああ!」
僕は再び壁に叩き付けられる。もう立ち上がるどころか、身動き一つ取れないほどに暴風の勢いが凄まじい。
もうだめだ…守ってあげられなくてごめんなさい、ピンクさん。
安藤さん…もう、一度、会いたかった…。
ぶち、ひゅるるるる。
何か間の抜けた音が聞こえてきた。それと共に僕にかかっていた暴風の重圧も嘘のように消え去っていた。
「な、何故だ!私のワイルドウィーゼルが何故破られたのだ!」
巨大な扇風機の方に目を凝らす。するとパーマネントの上に白い布巾をかぶり、エプロンをした掃除のおばちゃんが現れた。手には掃除機が一つ。そのコードは巨大な扇風機の裏の方に延びている。
おばちゃんは僕たちに気が付くと扇風機を指差して怒鳴り声を上げた。
「あーんたたち!遊ぶのもいい加減にしなさいよ!こんな季節から扇風機使って!窓を開ければ十分よ!…ほら、あー涼しい。分かったらさっさとこの扇風機片付けなさいな!私の掃除の邪魔なの!」
「ミ、ミセス。もしかしてその掃除機の電源は…」
「何よ、文句あるの?ここ、電源が一個しかないんだから仕方ないじゃない!」
「…ブリリアント」
そう、呟いた風間の顔面目掛けて、僕はチェーンソーを振りかぶった。
「ふう、昨日は大変な目に遭ったね」
翌日、登校してみると、ピンクは元気にそこにいた。
「ウン。お腹を壊しちゃった」
昨日の荒れ果てた教室は、不良も真面目も総動員で片付けをして、何とか元通りになった。
教室で再開した僕達は、同じ苦難を乗り越えた仲間としての、友情のようなものが芽生えているのを感じた。
「あ、あの…昨日はありがとう。助けてくれて」
上目遣いに照れたようにはにかむ彼女は、飛びっきり可愛く見えた。
「うん、こっちこそ!ピンクさん!」
「ゴルァ!名前あのあとまた教えただろうがあ!」
「ひいっ、ごめんなさい人の名前覚えるの苦手なんですうう」
こうして僕に、産まれて初めてのトモダチが出来た。