入学☆火呆高校
4月上旬。
僕は待ちに待った火呆高校の入学式を迎えていた。
真新しいブレザーに身を包み、学生鞄を持って校門の前に立つ。
春の陽気に、満開の桜が花弁を散らし、辺り一面はこれ以上無い入学式日和だ。素晴らしい。
素晴らしいのだが。
校門に続々と集まってくる生徒達を見て、僕の薔薇色の学園生活は早々に打ち砕かれていた。
改造を施しまくった特注のブレザーに身を包んだ一団がぞろぞろと歩いてくる。ズボンはだぼだぼに広がり、ジャケットはギザギザに切り裂かれている。
お前はピエロかと突っ込みを入れたくなるが、勿論我慢する。
髪型はリーゼント、ロングヘアー、モヒカンなどなど、バラエティに富むが、黒髪で自己主張の無い髪型は僕だけなんじゃないかと思う位、普通の人が居ない。女子に至っては青やら紫やら、緑やら金やら、終いには白や銀までカラーバリエーションがある。制服も下着がもろに見えそうなミニスカートから足元までぞろびく様な異常に長いロングスカートまで様々だ。
ちなみにここで紹介した彼等は皆、ガムを噛むかタバコを吸いながら歩き、釘バットやら鉄パイプやらチェーンを片手にぶら下げている。鞄を持っている生徒は一人もいない。
僕は最初、彼等は他所の高校の人だと思っていた。だってここは火般山唯一の進学校なんだから。不良が居るはず無いんだ。パンフレットにも真面目そうな男子と可愛らしい女子が笑顔で写っていたじゃないか。
しかし彼等校門に集まりつつある生徒達の制服は、原型を留めていないほどに改造されているが、火呆高校の校章が付いている。
そんな馬鹿な。ほぼ間違い無く僕より馬鹿で勉強出来ないこいつらが何故この学校に来ているのだ。
僕は校門を潜ると、絡まれない様に素早く新入生への受付を終えて式場である体育館へ向かった。すると途中で、見知った顔に出会った。
「おや、君は確か…相馬和彦(そうまかずひこ)君だったね」
眼鏡をかけて、スーツ姿の穏やかそうな人物。この学園の教師で、入学試験の時に面接で会っている。しかし僕の名前を覚えているなんて、正直驚いた。中学の時の先生は、担任でさえ僕の事を空気のように扱ったのだ。
この教師は今時珍しい良い人かもしれない。
僕は勇気を振り絞って声を出した。
「お、おはようございます」
ちょっとどもったけど、変に思われなかったかな。いつもそうだ。人と関わると不安になる。
「やあ、おはよう。制服、良く似合ってるよ」
先生は笑顔で言った。お世辞と分かっていても顔が熱くなった。
そうだ。制服と聞いて思い出した。あの不良の群れは一体何なのだろうか。この人なら知っているかもしれない。
「あ、あの。こ、この学校って、その、不良、な人は、いない、ですよね」
何だか先生に遠慮するような形になってしまったが、意味は通じているだろうか。不安に思い先生を見ると、何とも言えない複雑な表情を、浮かべていた。やがて思案する素振りを見せ、ゆっくりと口を開いた。
「うーん、確かにうちは、数年前までは完全な進学校でね。いわゆる不良はいなかったんだけどね。ほら、今は少子化じゃないか。何て言うか、昔のレベルを保ってたら生徒が確保出来なくなってねえ。数年前からはレベルを大幅に下げて受け入れしているんだよ。あれ?知らなかった?そもそも君だって入学出来たのは、何て言うかな、その恩恵と言うかだね。あははは。」
先生の言葉に僕は愕然とした。まさかいつの間にか火般山唯一の進学校がただのヤンキー学校に成り果てていたなんて。
そうだ、あのパンフレットにはそんな事書いてなかったし、あの純情そうな男女の写真だってあったじゃないか。
「あー、パンフレットはね、別に嘘はついてないんだよ。書かなかった事はあるかもしれないけれどね、ははは。え、純情そうな男女?あー…彼等は、ね。一応、生きてはいるよ、うん。今度全然お見舞いに行くから、君も一緒にどうだい?」
ああもう、なんてこった。
僕はがっくりと肩を落として、先生の元を後にした。
入学式会場の体育館には、シートが敷かれ、パイプ椅子が所狭しと成らんでいる。まだ来ている新入生は多くない様で、椅子の埋まり具合はまばらだ。
僕は惨憺たる思いで指定された席につき、じっと開会の時を待った。やがて式が始まる頃には席の大半が埋まったのだが、案の定僕の周りは男子も女子も不良だらけである。僕はひたすら縮こまっているしかなかった。
絡まれません様に絡まれません様に絡まれません様に。
式が始まり、偉い人や校長のスピーチが始まる。
しかし、今の僕にそれを聞くゆとりなんて皆無だ。
絡まれません様に絡まれません様に絡まれません様に。
「おい」
突然、座っていたパイプ椅子を後ろから蹴られて、僕は飛び上がりそうになった。
咄嗟に振り返ると、リーゼントに改造ブレザーのバリバリの不良が僕を睨み付けている。耳や口、鼻には無数のピアスが付いていて、口には火のついたタバコを加えている。
「おめえ、何ブツブツいってんだよ、うるせーんだよ。」
え。どうやら心の声がいつの間にか口に出ていたらしい。不味い、どうすればいいんだ。
「す、すすす、すみましぇん」
恐怖で声が震えた。
ふう、とタバコの煙が顔面に吹き掛けられる。
「んだ、てめえ。そんなんでよくここにこれたな。ここは不良共のオリンピック会場、火呆だぜ」
え。不良達のオリンピック会場?いつの間にそんな極悪な所に来てしまったんだろう僕は。ああ、神様。居るのなら今すぐコイツらを滅殺して下さいそして僕を救って下さい。
「アァン!?」
何故かその瞬間僕に絡んでいた不良だけでなく、周りの不良達も色めき立ってドスの効いた声をあげた。
「誰を滅殺してほしいだと、コラァ!」
「ぶっ殺すぞこのモヤシが!」
今にも掴みかからんばかりの勢いで、周りの不良達は僕に迫ってくる。
また心の声がいつの間にか口に出ていたようだ。
え。あれ。僕、凄くヤバくないか。このままじゃ何されるか分かったもんじゃないぞ。咄嗟に周りに助けを求める視線を向けたが、そこにあるのは好奇心と無関心。これだけの騒ぎになっているのに校長のスピーチは相変わらず続いている。ちょっと待ってくれよ。誰か助けてくれよ。
その時、ハッと目が合った。入学式前に話したあの、眼鏡の先生。あの人なら、もしかしたら…!
しかし、そんな淡い期待は裏切られた。彼は気まずそうに僕から目を反らしたのだ。
あーあ。やっぱ世の中、救いなんて無いや。
そう思った時だった。この世の全てがどうでもよく思えた。それと同時に、周りに居る不良達が、何だか雑木林の木々の様に見えたのだ。何か僕に罵詈雑言を浴びせてる様だけれど、はっきり言って木々の間を通り抜けるそよ風位にしか聞こえない。
あーあ。もうどうにでもなれだ。
「おい、てめえ何笑ってやがる。舐めてんのかコラァ!」
その声だけがはっきり聞こえてきた。敵意を剥き出しにして僕に殴りかかってくる男。僕に最初に絡んだ奴だ。パイプ椅子を蹴り飛ばして、僕に向けて拳を突き出してくる。このままだと体重の乗ったパンチが僕のガンメンに炸裂するだろうなあ。きっとめちゃくちゃ痛いんだろうなあ。それは嫌だなあ。
それは嫌だから。
僕はブレザーの中に隠していたチェーンソーを取り出した。両手で前に構えると、相手のパンチが、歯の部分に当たって防がれる。
「いてっ!」
相手が痛めた拳を庇い怯んだ隙に、僕はチェーンソーのエンジンを始動する。モーターが小気味良い駆動音を立てて稼働を始めた。
殴りかかってきた不良も、周りに居る不良も、僕を不思議そうに見ていた。ああ、違うな。これは呆然としているって奴だ。まあどうでもいいんだけど。
チェーンソーの刃を回転させる。ギアはいつもどおり真ん中で。回転出力50%と言うところだけど、僕のチェーンソーはこれで十分に用を為す。
そのまま殴りかかってきた不良の左鎖骨を目掛けてチェーンソーを押し当てた。ブチブチブチガリガリガリガリ。不良の肩から鮮血が噴き出した。小気味の良い音と感触が伝わってくる。
「うあああああああああああああああああ!!!」
絶叫が体育館にこだまする。煩いなあ、式の途中だぞ。あ、でも校長はこのくらいじゃスピーチ止めないか。
まだまだ、体重をかけてチェーンソーを切り込んでいく。
鎖骨を肩甲骨を、胸骨を肋骨を、肺を内臓を。
高速で回転する刃が容赦なく引きちぎり、小紛れにしていく。夥しい量の血液と肉片、骨片が飛び散って辺り一面を汚す。僕の顔やブレザーにもかかりっぱなしだ。
「ぉんぎやあぁあぁぁあぁあぁあああぁあぁああぁ!!!」
やがて刃が胴体を斜めに切り裂いて、断末魔と共に不良は二つに別れて絶命した。
血だまり、散乱した肉片が放つ臭いが鼻を突く。
「ふう、よし、次は誰ですか」
僕は辺りを見渡した。
周りにいた不良達は皆尻餅をついて涙目になっている。よく見ると何人か失禁しているようだ。だが、それだけじゃなかった。
会場にいる生徒、教師、保護者、皆が絶句して、真っ青な表情を浮かべていた。その視線の先には僕と、僕がたった今真っ二つにした不良だったものに注がれている。いつの間にか校長のスピーチも止んでいた。壇上を見ると口をポカンと開けてこちらを見ている。
どこからか嘔吐する音が聞こえてきた。
あれ?もしかして、僕、目立っている?
この注目のなか次の行動に移ろうかと悩んでいたら、どこからか震える声で囁くのが聞こえた。
「おい、アイツ。ぶったぎりのソウだ」
「え、一中の相馬和彦!?マジかよ」
誰が話しているのかと探してみると、これまた似たような不良ルックな二人組と、目が合った。
「ひっ」
彼等は小さく悲鳴を上げて黙ってしまった。
何で僕の名前を知ってるんだろう。まあいいや。とりあえず続きをやろう。
周りを見渡すと、絡んでいた不良達は相変わらず尻餅をついたままだ。
「あの、誰からいきますか?」
チェーンソーを、ゆっくりと持ち上げて、刃を回転させる。
その瞬間だった。
会場を埋め尽くす悲鳴がこだまして、周りにいた不良もそうでない不良も、保護者も教師も、皆して一斉にその場から逃げ出そうとしてパニックが起きた。
え。まだ式の途中なんじゃ。
そうこう思っているうちに出入り口付近で大勢の人が将棋倒しになったり、開かない扉を揺さぶる人達の怒号や悲鳴が飛び交った。
あ。そうだ。良いこと思い付いた。
このチェーンソーで扉を切れば皆スムーズに出られるんじゃないかしら。僕は急いで出入り口に向かって走り出した。が、しかし、そうするとそこからまるで潮のように人が退いていくではないか。
「きゃあああああ!!!」
「うわ、きたあ!!!」
何だ何だ、せっかく人が手伝ってやろうとしてるのに、と言うか出入り口はすっきりしたなあ。式も何か終わったみたいだし、帰ろうかな。
僕は会場を後にした。はあ、と、思わずため息が出る。
空を見上げると相変わらずの晴天だったが、僕の心は晴れない。
明日からまたこの学校に通う事になるのか。この不良だらけの学校に。また絡まれると嫌だなあ。
まるでそんな僕の心を嘲笑うかのようにチェーンソーが唸りを上げた。