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バラバラ女  作者: ノコギリマン
バラバラ女
7/42

 だから、


「神社に行ってみない?」


 という、奈緒子の提案に、慎吾は、思わず大きなゲップをしてしまった。


 給食後の昼休み。


 慎吾の席のとなり、バレーボールをしに外へ出た、吉乃の席に座る奈緒子が笑い、


「大丈夫?」


 と言って、また笑った。


 奈緒子と《秘密基地の約束》を交わしてから、もう一週間が過ぎようとしていて、毎日のようにあの廃病院にかよい続けているうちに、気づくといつの間にか、奈緒子といちばんしゃべるようになっていた。


 当然のように突き刺さるいくつものクラスメイトの視線。


 教室でも当たり前のようにしゃべりかけてくる奈緒子に、最初のうちは戸惑いもしたが、すぐに芽生えた優越感が、それを打ち消した。


「でもなんでさ?」

「え?」

「神社に行くって」

「チャー忘れたの? 昨日、チャーが神社にある都市伝説のこと言ってたからだよ」

「ああ……」


 確かにきのう廃病院で、『失恋大樹』という、神社にある、大きなご神木にまつわる都市伝説を奈緒子に話していた――



『失恋大樹』

 その大きなご神木には、《恋愛と復讐の神様》が宿っていると言われている。

 好きな人に失恋した人が、その失恋大樹に、フった相手の名前か、フッた相手の好きな人の名前を五寸釘で彫り込むと、その日から十五日間は徐々に不運が訪れて、十五日目に、恨みの大きさに合わせて、その人へ《恋愛と復讐の神様》が、恐ろしい神罰を与えてくれる。

 もしも神罰が下るのをやめせさたいならば、書いた本人に、その名前の上から大きな×印をつけさせなければならず、それ以外に神罰を食い止める方法はない。



 ――その都市伝説を奈緒子に話したことを、今さらながらに後悔していた。


 都市伝説が好きだという奈緒子の気を()くために、この町にあるいくつかの都市伝説の話をしたが、まさかよりにもよって『失恋大樹』に興味を持つとは思わなかった。


 ほかにも『金田鉄雄の家』だとか、『のいず川のドクロネズミ』や、『ハンマーおじさん』の話をしたってのに。


「でもさ、あそこには、あんまり行きたくないんだ」

「なんで?」

「なんでって、言われても困るけど……」

「じゃあいいじゃん、行こうよ」

「うーん、ほかの所にしない?」

「ほかって?」

「ほら、たとえば」


 そのとき背後から、明らかに慎吾に向けられた舌打ちが聞こえ、振り向くと、ガリ勉メガネの純平が睨みつけていた。


「ちょっとごめんだけど他の所でしゃべってくれないかなマジで勉強の邪魔だから」


 半ギレの純平は、早口でそうまくし立て、奈緒子を睨んで、


「山下さんはアタマいいからマジで分かんないかも知んないけどおれあんまりアタマ良くないからマジでいっぱい勉強しないと北科中に行けるか分かんないんだよマジで!」


 と、さらにまくし立てた。

 その鼻の頭は汗をかき、そこにある小豆大のホクロを、しっとりと濡らしていた。


「ごめんなさい」


 本当に悪いと思ったのであろう奈緒子が、純平にしおらしく謝った。


 それを見た慎吾は、自分たちのほうが悪いというのを頭では分かりながらも、心がそれを拒んでいるのを感じ、


「べつに奈緒子が謝らなくてもいいよ」


 と、思わず口に出さないではいられなかった。


「どういう意味だよそれマジで」

「そういう意味だよ。お前、アタマいいんだから、それくらい分かるだろ。あ、そっか、アタマ悪いんだっけ?」


 慎吾は乱暴な言葉が嫌いで、その中でも特に《お前》という言葉が嫌いだった。

 だから今まで人をお前呼ばわりしたこともなかったのに、このとき初めて人を、純平を、お前と呼び、そのことに一瞬「ああ、いけない」と思いながらも、胸の裡からほとばしる怒りに身を任せていた。


「なんだよそれなんでチャーが怒ってんの?」

「お前だって、なんで、そんくらいのことで怒ってんだよ。お前がどっか行けよ」

「マジで意味分かんねえしここおれの席だし」

「ちょっとやめてよ。チャー、わたしの席行こ。鈴木君、ごめんね」

「だから奈緒子が謝んなくていいんだって、こんなバカに」


 ついつい言いすぎたと思った次の瞬間、頭に衝撃が走り、目から星が飛び出た。

 なにが起こったのか分からなかった慎吾は、目の前で唖然とする奈緒子を見て、それから首にも痛みを感じながら、純平を見やった。


 なぜか立ち上がっていた純平は、なぜか分厚い参考書を片手にブルブルと震え、なぜかその背表紙の下端が赤く染まっていた。


「痛ってえ……なにすんだよ」


 純平を睨みつけながら、額に冷たいモノを感じた慎吾は、そっと手を当て、生ぬるくネットリとしたモノを拭ってそれを見た。


 手のひらを濡らす赤い液体。


 窓から射す陽の光に当てられたそれは、毒々しいながらもなぜか心を魅了し、一瞬なにが起こったのか分からなかった慎吾は、それに見惚れていた。


「キャー!」


 耳を刺すほど大きな奈緒子の叫び声が教室に響き渡り、てんでにおしゃべりをしていた何人かのクラスメイトの目が、慎吾たちに向けられた。


 痛みよりも恥ずかしさが全身を覆っていた。

 ここから早く逃げなければ。

 慎吾はなにもなかったかのように立ち上がり、無表情で教室を出た。


 ざわつく教室から奈緒子があとを追ってきて、心配そうに言葉をかけてきたが、なにも耳に入らなかった。

 今、一番いてほしくない奈緒子がとなりにいて、廊下のさきの階段までついてくる。


「大丈夫だから」

「でも」

「ホント、大丈夫だから!」


 声を荒げたことに気まずさを感じながらも、足を止めた奈緒子の顔を見ることはできなかった。


「……保健室に行ってくるから、奈緒子は教室に帰っててよ」

「……うん」


 慎吾は奈緒子を一度も見ずに階段を降り、保健室へと向かった。


◆◆◆


 保健室に入ると、お茶をすすっていた養護教諭の成田先生が、慎吾の額を見て、


「どうしたの?」


 と、目を丸くした。


「ケガしました」

「こっち来て」


 慎吾を丸イスに座らせた成田先生が、手際よくケガの手当をしていく。

 暖かな成田先生の体温を感じながら、窓から見える中庭でバレーボールに興じる紀子や吉乃、そのほか何人かの女子生徒を所在なく眺めていると、突然ベッドの仕切りのカーテンが勢いよく開き、


「どうした?」


 と、直人が楽しげに笑った。


「なんで、ここにいるんだよ?」

「だって涼しいじゃん。ここ、クーラー効いてるし」

「それで保健室にいていいわけ?」

「いいんじゃん? べつに、成田ちゃんになんも言われたことないし」

「なんだよ、それ」


 直人の横暴を黙認する成田先生を非難したい気持ちになり、目顔で若い養護教諭に訴えかけたが、


「まあ、暑いしね。」


 と、笑みを返され、その気持ちはすぐシワシワにしぼんだ。


「よし、これでオッケーね。思ったより傷が浅かったから、良かったわ」


 大きな絆創膏を額に貼られ、ジンジンと痛む傷を憎々しげに思いながら礼を言うと、


「でもなんでケガしたの?」


 と、成田先生がきいてきた。


「それは……」

「山下に殴られたのか?」


 唐突にワケの分からないことを言う直人に、腹が立った。


「なんで奈緒……山下さんに、殴られんのさ」

「だってお前、なんでか知らねえけど、さいきん山下と仲いいだろ」

「でもこのケガは、山下さんとは関係ないよ。純平に本で殴られたんだ」

「純平に? なんだ、お前ケンカとかすんだ。意外」

「ケンカじゃないよ。純平がいきなり殴ってきたんだよ」

「でもお前、純平の前で山下としゃべったりしてたんだろ、どうせ」

「なんだよ、どうせって。なんで、そんなこと分かるんだよ」

「山下と仲いいお前が純平に殴られたんなら、それしか理由がないだろ。そんなん、誰でも分かるよ」


 いつもの、「おれはなんでも分かってる」と言いたげな直人の顔を見て、慎吾は自分がバカにされているのをありありと感じ、


「言ってる意味が分かんないよ…」


 と、なかば抗弁する気も失せて呟いた。


「分かんねえことないだろ、なあ成田ちゃん」

「まあ、色々とあるから。小学生も大変ね」

「意味分かんないよ。なんで殴られんのさ」

「いいよべつに分かんねえなら」

「まあ、お茶でも飲みなさい」


 苦笑しながら、湯気の香るお茶を湯呑みにそそいで二人に手渡した成田先生は、


「飲んだら教室に戻りなさい」


 と言って、職員室へ向かった。


 怒りとやるせなさで渇いた口内を暖かくすすぎ、ノドを滑り落ちていくお茶。

 久しぶりに飲むそれは、慎吾の荒れる心をもゆっくりと落ち着かせる力を持っていた。

 ベッドでお茶を飲み干した直人が、「お前も大変だよな」と含みを持たせた言葉を投げかけ、そのまま保健室を出て行った。


 ひとり残された慎吾は、もう一口お茶を飲んで、ふたたび中庭を見た。

 風に揺れる、紀子の束ねた後ろ髪。


 楽しそうに笑う女子たちが、手の届かない遠い世界の住人のように思えてならなかった。


◆◆◆


「大丈夫だった?」


 教室に戻ると、すぐに奈緒子が声をかけてきた。


「うん、そんなひどいケガじゃなかったみたい」

「良かった……」


 瞳を(うる)ませ、心の底から自分を心配する奈緒子を見て、慎吾は胸が痛んだ。

 純平に噛みつかなければ、奈緒子のこんな悲しげな顔を見ることもなかったのに。


 後悔と、反省。

 慎吾は、純平の席に行き、


「ごめん、ぼくが悪かった」


 と、心の底から謝った。


「もういいよ」


 目も合わせずにつれなく言った純平と、不格好な絆創膏を額に貼った慎吾は、気まずさを抱えながらも、またそれぞれの日常へと戻った。


 慎吾は、教室の入り口で心配そうに佇む奈緒子のもとへ戻り、


「神社、行こうよ」


 と、精一杯に明るく言った。


「でも、今日は、やめといた方がいいんじゃない?」

「大丈夫だって、こんなケガ、大したことないよ」

「うん……」


 おかしな気持ちになってるな、と分かってはいたが、今日どうしても神社に行かなければという気分が、それに勝っていた。

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