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バラバラ女  作者: ノコギリマン
バラバラ女
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《セックス》という言葉とその行為について、あやふやながらも慎吾が理解したのは、小三の五月のことだった。


 瀬戸正次と一緒に作った初めての秘密基地。慎吾はその日も、それがある、神社の裏手の雑木林に向かっていた。


 空は、まるで黒のペンキを一面にぶちまけたかのような曇り。もうすぐあそこから雨があふれ出して、町を心地よい雨音でいっぱいにするのだ。


 慎吾は急いでいた。雨音は好きだけど、雨に濡れるのはイヤだったから。


 しっとりと湿気を()びはじめた空気を、胸一杯に吸い込みながら、神社へとつづく坂道を走っていると、不意に、道ばたに捨てられた一冊の雑誌が目に入った。足を止めて、その雑誌の表紙を見た慎吾は、思わずゴクリとツバを飲み込んだ。『CHO! 巨乳王』と題字されたその表紙には、少しハニかみながら、自身のなにも着けていない豊満な胸を両手でかくす、とってもカワイイ女性のグラビア写真が載っていた。


 慎吾はそっとあたりを見回して、誰もいないのを確認し、すっかり茶ばんだ紙が幾層にも重なる雑誌の側面を見て、「ミルフィーユみたいだな」と思いながら、そっとそれをTシャツの中にしまい、ふたたび秘密基地へと走り出した。


◆◆◆


学校の近くの廃材置き場から持ってきたいくつかのベニヤ板を、木のあいだに乱雑に組んで作った天井。そこから四方を釘で固定したブルーシートを垂らして、テント状にしたものが、慎吾と正次の秘密基地で、そこへ着いたときには、もうすでに中では、正次が敷かれたゴザの上であおむけになって、きょう発売されたばかりの『週刊少年 サクセス』をゲラゲラと笑いながら読んでいた。


「セト君。ちょっと、アッチ寄って」

「あ、チャーやっと来たか。今日は来ないのかと思ってたよ」

「今日は、サクセスの発売日だからね」

「目羅博士おもしろいぞ。サガリ先生が」

「ちょっと言わないでよ」

「アハハ、ドッキリだよ、ドッキリ。びびった?」

「そんなことよりさ、さっき、いいの見つけてきたよ。見る?」

「え、ナニナニ?」

「ほら」

「うわ、すっげ、エロ本じゃん。おれ、初めて見るよ」

「すごいでしょ」

「うん、マジですげえ」

「ドキドキするー」

「ドキドキするー」

「あ、ちょっと待って、でもこれ、ペリペリで全部くっついてるよ」

「カンケーないよ。おれこういうの()がすの、得意なんだぜ」

「ホントに?」

「ホントだって。貸してみ」

「ちょっと、気をつけてよ」

「大丈夫だって……ほら」

「ほらじゃないよ、破けてるじゃないか」

「だから大丈夫だって。写真のカラーのところはちょっと無理だけど、白黒になってるマンガのところは、やりやすいんだってば」

「ホントに?」

「ちょっと、待ってろよ」

「……あ、ホントだすごい!」

「だから言ったろ、おれ、こういうの得意なんだってば」

「いいから、読もうよ」

「ドキドキするー」

「「ドキドキするー」


 慎吾と正次が読んだマンガは『実録 深夜のナースコール 朝まで巨乳ケア』というどうしようもないタイトルで、右足を骨折して動けない若い男性患者Aが、急にションベンをしたくなって、恥ずかしいながらもナースコールをし、そこへ若いナースがやって来たところから始まる。まさか若い方のナースがやって来るとは思わなかったAは、ドギマギとしながらも、しびんにションベンをするのを、そのナースに手伝ってもらう。「ウフフ、元気ですね」「え、なにが?」ナースに言われたAが自分のチンチンを見ると、大きくなっていた。「いや、これは、その、ちがうんです」「いいんですよ。若い患者さんは、みんなこうなりますから」「なんか、すいません」「いえ。でもなんだか寂しいな。Aさんもうすぐ退院ですよね。わたしもうAさんに会えなくなると思うと、なんだか……」「え、それって……」そうして二人はなぜか見つめあって、そのままチューをして、ベロとベロをからませて、おっぱいを出したナースが、Aのチンチンを挟んでこすったりして「もうガマンできないよ」と言ったAが、そのままいつのまにか裸になってて、ナースもいつのまにか裸になってて、そのままAがナースのアソコをベロベロして「ああ、ダメ……」とかナースが言って、「入れてもいい?」とかAが言って、ナースが顔を赤くしながら頷いて、Aがナースのアソコにチンチンを突っ込んで腰を振りまくって、ナースが「ああ、らめぇ、壊れちゃうぅぅぅ!」とか言って、「イクゥ!」とかAが言って、チンチンからなんか出して、それがナースの顔にいっぱいかかって、「ウフフ、ちがうのがいっぱい出ちゃいましたね」「エヘヘ」みたいなやりとりがあって、「これがぼくがつい先日、病院で本当に体験しちゃったエヘヘなできごとです。あなたも入院することがあったら、もしかしてカワイイナースとセックスできちゃうかもよ! ああ、それからあのかわいいナースは、今ぼくの彼女だったりします。バンザーイ」というAの言葉で締めくくられていた。


 マンガを読み終えた二人は無言だった。


いったい何が何やら分からないうちに股間がむず痒くなって、慎吾は姿勢を色々と変えて、わざとらしく咳払いを一つした。


 となりの正次も、おんなじ感じだった。


 初めて読むエロ本は、二人には刺激が強すぎた。

 慎吾は、ただおっぱいを揉んで気持ちよくなるんだ、くらいのことを想像していたから、その先にAとナースが進んだとき「あ、これ以上、読むのはまずいかもしれない」と思いながらも、ページをめくる手を止められない自分と、抑えがたい妙な興奮と、頭からつま先までを(つらぬ)く背徳感とに、心底おどろいていた。

 

となりで「すげえ!」とか言いながら読んでいた正次も、その段になってからは急に黙り込み、荒くなりそうな鼻息を必死に抑えている様子だった。


 読まなきゃよかったと慎吾は思い、また同時に、もっと読みたいし、もっともっと《セックス》というのがどういうものか知りたい、という衝動に駆られている自分が、自分でない気がしていた。


 フワフワとクラクラとゾクゾクとドキドキ。それらがない交ぜとなる薄ぼやけた膜に、全身が包み込まれていた。


「……ごめん、ぼく帰る」

「……うん」

「……セト君はどうするの?」

「……もうちょっと、いようかな」

「そう……じゃあね」

「あ、待って」

「なに?」

「コレ、置いてくの?」

「うん、だってそんなの、家に持って帰れないよ」

「ふうん……」

「……じゃあ、また明日」

「うん」

「……じゃあね」

「うん……」


 秘密基地を出た慎吾は、頬に冷たいものを感じて空を見上げた。

 雨がポツリポツリと降り出していた。

 そして秘密基地の中からは、ペリッ、ペリッ、という吸い込まれてしまいそうな音。

 それに心を奪われないよう、慎吾は無我夢中で駆け出していた。


 ずぶ濡れになりながら家に着き、そこでようやく、いつも楽しみにしていた『妖怪博士 目羅博士』を読み忘れたことに気がついた。しかし大降りの雨を言い訳にして、その日、慎吾は秘密基地に戻ることはなかった。それから寝るまで、あのマンガを思い出してボウッとしていた慎吾の耳には、いつもなら心地よく鼓膜を揺らすはずの雨音さえ届かなかった。


◆◆◆


 それが慎吾の、とても甘くて、とても苦い思い出。


 それからは、恥ずかしくて、女子とまともに目を合わすことができなくなって、正次とはあのあとも普通に遊んだし、秘密基地も、小五の八月の縁日の次の日に行ったら、なぜかメチャクチャに壊されていて、ブルーシートはだれかに盗まれていたけど、それまでそこにあったし、本当に、あのエロ本の一件いがいは、普通に普通だった。


 でも小六になってすぐに、正次は学校に来なくなって、噂では、近所の小さいオンナノコを秘密基地のあった雑木林に連れ込んでイタズラをしようとしてケーサツに捕まって、今はずっと家から出てこないのだとか。


 みんなは知らないけれど、その噂が本当なら、正次は、あの日、あのエロ本を読んでから、おかしくなっちゃったのかもしれない、と慎吾は思う。


 だから、怖くて、正次に会いになんて行けない。


 それ以来、慎吾は《セックス》のことを考えないようにしていたし、神社にも近づかないようにしていたし、薄情とは思いながらも、正次のことを忘れるように努力していた。

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