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……コン、コン、コン、コン
玄関を叩く音がする。
家に着いて、少し気分が悪くなり布団にくるまってうたた寝をしていた慎吾は、その音で夢の世界から引きずり出された。
楽しかったというおぼろげな記憶だけがあり、どんな夢を見たのかまでは思い出せない。
……コン、コン、コン、コン
イヤに間をあけた音が、ふたたび戸を叩く。
夏布団から顔を出して時計を見ると、もう七時だった。
両親はまだ帰ってきていないようだ。
慎吾は重い体で布団から無理矢理に這い出し、朦朧とした頭を二三度ふってから玄関へ向かった。
「はい、だれですか?」
玄関の灯りをつけてたずねると、
「わたし、コモダと申します。慎吾君はいますでしょうか?」
と、無機質な声が応えた。
コモダ……誰だったっけ……?
訝りながら戸を開くと、そこには、全身を赤色で包んだ斜視の男が立っていた。
「あ……」
「ああ、きみ、慎吾君だったね」
「は、はい」
「ナオちゃん、お邪魔してないかな?」
ニヤリと笑うコモダさんの歯はヤニで黄ばんでいた。
「あ、いいえ、いませんけど」
「そうか、ここだと思ったんだけど」
「奈緒子が、どうかしたんですか?」
「いやね、昨日から帰ってきてないものだから。きみ、ナオちゃんと仲がいいんでしょ?」
「あ、はい」
「まさか家出ってことはないだろうけど、今日も帰ってこないのは心配でね。わたしの娘ではないのは君も知ってるだろうけど、それでもわたしはナオちゃんのことが可愛いんだ。きみ、ナオちゃんがいそうな場所って知らないかな?」
コモダさんに見つめられ、地獄の片鱗を見たような気がしていた。
この人に奈緒子の居場所を言うべきではない、と心で誰かが警告している。
「し、知りません、ごめんなさい」
目を逸らして上擦る声で言うと、両肩をコモダさんに掴まれた。
痛い。
「本当に、知らないのかな? 隠すとバチが当たるよ。きみは知らないだろうが、あの娘は邪悪体に憑かれやすい性質を持っていてね。それが入ると大変なことになるんだ。ここ最近、またその兆候が少し出ていてね。このままだと《追否の儀》を行わなければいけなくなるんだ。わたしはね、本当はそういうことをナオちゃんにはしたくないんだよ。純潔は至高だからね。ね、きみ、分かるだろ?」
分からなかった。
視点の定まらない目に度しがたい魔力を感じ、気づくとゲップが出ていた。
「ウ、ウフフ。そうか知らないのか。それなら仕方がないね。お邪魔しました」
肩から手をどけたコモダさんが、やけにあっさりとひいて帰って行った。
慎吾はしばらく呆然とたたずみ、額の汗をゆっくりと拭った。
◆◆◆
……コンコンコンコン
玄関を叩く音がする。
夜八時を過ぎ、両親が帰ってきて遅い夕食を済ませた慎吾は、ぶり返した風邪にすっかり元気を奪われて、風呂にも入らず床に就いていた。
鼻をすすりながら時計を見ると、もう十時だった。
……コンコンコンコン
ふたたび、ドアを小刻みに叩く音がした。
また、コモダさんだろうか?
「はい!」
茶の間の襖が開く音がして、お父さんが返事をしながら玄関に向かうのが分かった。
戸の開く音がして、
「またあんたか!」
と、お父さんの怒鳴り声が部屋にまで響いた。
相手の声はくぐもって聞き取れなかったが、それが女性の声であることだけは分かる。
慎吾は布団から這い出して、ドアを少し開いて玄関の様子を窺った。
「ですから、慎吾君を出して下さい!」
奈緒子のお母さんだった。ひどく顔色が悪い。
「慎吾はもう寝てます。それにあなたに会わせる理由はない!」
その懇願を突っぱねたお父さんが引き戸を閉めようとし、それを奈緒子のお母さんの白い手が阻んだ。
「なにをするんだ! 警察を呼ぶぞ!」
「お、お父さん!」
慎吾は思わず部屋を出て叫んでいた。
「慎吾、寝てなさい。お前には関係のないことだ」
「慎吾君、奈緒子がどこにいるか知らない?」
「ぼ、ぼくは」
「なんだあんた、あの娘、帰ってきてないのか?」
「ええ、それにコモダさんも」
「コモダさん? だれだそれは?」
「それは……」
言いかけた奈緒子のお母さんが、唐突にお父さんへ体を預け、そのまま三和土に崩れ落ちた。
「お、おい、あんた大丈夫か!」
お父さんがその肩を揺らして声をかけたが、奈緒子のお母さんは目をつむったまま息を荒くするばかりで、なにも応えなかった。
「母さん、ちょっと!」
お父さんの焦り声にお母さんがやって来て、その光景を見るとすぐに、
「きゅ、救急車!」
と言って、電話の受話器を取った。
その慌ただしい光景にオロオロとしていた慎吾に、
「慎吾、お前は寝てなさい!」
と、お父さんが怒鳴った。
「で、でも」
「いいから!」
有無を言わせぬお父さんの言葉にゲップをひとつした慎吾は部屋に戻り、それでも布団で寝ていられるはずもなく、その上に座りながら外の様子を窺っていた。
しばらくして救急車のサイレンが近づいてきて、救急隊員が慌ただしく家に入ってくるのが分かった。
耳をそばだてていると、お父さんも一緒について行く云々という救急隊員とのやりとりが聞こえ、しばらくして救急車のサイレンが鳴り響き、そして徐々に遠くへその音が消えていった。
あっという間の出来ごとで、気づくとノドがカラカラに渇いていた。
コモダさんが帰ってきていない?
なぜ?
答えの出ない問いに頭を悩ませながらそっと立ち上がり、暗い部屋の窓から、しおれる向日葵を見ていると、
「慎吾」
と、ドア越しにお母さんが声をかけてきた。
「なに?」
「……早く寝なさい」
「うん」
眠れるわけがない。
さっきからずっと胸がドクンドクンと早鐘を打ち、言いようのない不安が慎吾の体を覆っていた。
ふと机を見ると、しまうのを忘れた懐中電灯が転がっていた。
――行かなきゃ。
慎吾は懐中電灯を手に取り、静かに部屋を抜け出して、廃病院に向かって走り出した。




