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バラバラ女  作者: ノコギリマン
バラバラ女
12/42

11

 ガードレールに腰掛ける、四つの影。

 のびた八つの足が、振り子のように揺れる。


 ソーダ味の青いアイスキャンディーを、おいしそうに頬張る直人とワチコ。

 その横には、まだふくれ面の奈緒子。

 慎吾は、となりの奈緒子を見ることもできずに、アイスを頬張った。

 冷たい。とても。胃袋がキュッと締めつけられて、全身が心地よく冷えていく。


「ウマイなあ」


 端に座る直人が、笑顔で足を大きく揺らした。カタタンカタタンと鳴るガードレールの振動が尻に伝わり、それがなぜか心地よかった。


「……やっぱりアレ、UFOだったんじゃないかな」


 話を蒸し返す奈緒子。

 手つかずのアイスから青い(しずく)が垂れ落ちていた。


「分かんないしどうでもいいよ」


 直人が、ウンザリといった顔で奈緒子に応える。


「どうでもよくないよ。なんでみんなもっと喜ばないわけ?」

「ごめん……ぼくも本当はUFOだと思う」

「えー、なんで今さらそんなこと言うの? それはそれでムカつくー」

「さっきのは、UFOだよ」


 当然のようにワチコが言い、直人がそれを鼻で笑った。


「なんでそんなこと言えんだよ?」

「だってよ、UFOって『未確認飛行物体』って意味だろ。なんかで読んだけど、それってさ、なにか分からない飛んでるヤツってことだろ。アレがなにか分からないんなら、そういうことじゃん」

「へえ、なるほど、ワチコってば、おもしろいこと言うな」

「じゃあさ、ワチコちゃん、よく分からない飛んでるヤツは、みんなUFOになるわけ?」

「そうだよ。だから正体が分かんねえのは、全部UFOで、もしアレがウチュージンの乗り物だとしたら、正体が分かってるから、UFOじゃないわけよ」


 半分も意味が分からず、感心しながらワチコの話を聞くアタマの良い二人に置いてけぼりを喰らったように感じながら、しかしそれよりも、ワチコがこんなにも饒舌(じょうぜつ)にUFOについて語ることに、驚きを隠せなかった。


「じゃ、じゃあさ、アレはUFOってことになるわけ?」

「だから、さっきからそう言ってるだろデブ!」


 ワチコはなぜか慎吾にだけ厳しい。


「まあでも、なんかよく分からないけど変なモン見たし、今日は満足かな」


 直人がガードレールから飛び降りて体を伸ばした。


「じゃあ、おれ帰るから。チャー、明日ボールとグローブ持ってくるからな」

「あ、う、うん」

「じゃ」


 本当に明日も来る気なんだな、と慎吾は思ったが、それを直人には言えなかった。


 直人が見えなくなってしばらくしてから、


「あたしも帰る」


 と言って、ワチコが、食べ終わったアイスの棒を、慎吾へ乱暴に手渡した。


「アタリ」

「え?」


 見ると、そこには滲んだ文字で、《アタリ! もう一本もらえるよ!》と書かれていた。


「あ、ありがとう」

「あんまり食べんなよ、もっと太るぜ」

「分かってるよ」


 慎吾の肩をいきなり殴って、ワチコは奈緒子に、


「ナオちゃん、明日も病院に行っていいか?」


 と、少し申し訳なさそうにしてたずねた。


「うん、もちろん」


 奈緒子が微笑み、ワチコも微笑んだ。


 慎吾は笑えなかった。

 肩も心も痛い。


「じゃ、これから行くとこあるから」

「うん」

「あ、それからさ、もうすぐ雨が降るから早く帰った方がいいよ」


 ふくらはぎの古傷をかきながら、ワチコが空を見上げた。つられて見上げると、さっきまでの晴天が、ウソのように薄曇りの空へと様変わりしていた。


「足が痛むんだよ、雨が降りそうなとき」

「あ、それぼくのおばあちゃんと一緒だ」


 ワチコにふたたび肩を殴られた。


「ババアと一緒にすんな!」


 ワチコが怒鳴り、奈緒子が声を上げて笑った。


「じゃあ、また明日」


 奈緒子にだけ手を振り、ワチコが帰っていった。


「なんなんだろ、ワチコ。ぼくのこと、嫌いなのかな?」

「そんなことないよ」

「だって、肩パン二回だよ。ありえないって」

「好かれてる証拠じゃん」


 慎吾は納得がいかず、痛む肩をさすりながら。ふたたび空を見上げた。


「チャーさ、これからどうする?」

「え?」

「これから」

「あ、うん、えっと……」

「まだ四時だけど」


 奈緒子が例の腕時計を見ながら、帰りたくなさそうな素振りを見せた。


 今日は疲れたからもう帰りたいと本当は思っていた。夏休みの初日からこんなに振り回されるとは思ってもみなかった。奈緒子だけならまだしも、直人やワチコだって逆らえる相手ではないのだと思い、頭がクラクラしていた。

 暴君が三人。奴隷は一人。革命なんか起こせやしない。


 それが明日から毎日のように続くのかと思うだけで、また大きなゲップをしてしまいそうな気分。


「……ウチ来る?」

「え?」

「お母さんが帰ってくるまでさ、一緒にいてよ」


 とつぜんの誘いに、高鳴る胸の音を奈緒子に聞かれるのではないかと、気が気でなかった。それほどまでに胸のリズムが荒々しい。奈緒子の家に招かれるなんて、想像だにしていなかった。


 以前、まだ廃病院に通うようになって数日しか経っていない頃、それとなく奈緒子の家庭のことを聞いてみたことがあった。

 奈緒子の口から「いいじゃんべつに」という、つれない言葉しか引き出せず、その時はひどく落胆したが、それでも機会があれば、奈緒子の家庭をのぞき見たいという思いは、心の奥の方で火を絶やしてはいなかった。


「いいの? 行って」

「うん、お母さんが帰ってくるまでね」

「行く、行きます」

「じゃ、行こ。雨降りそうだからカサ貸してあげるね」


 奈緒子が、ガードレールから飛び降りた。

 フワリと揺れるワンピースに、階段の下から見上げた光景を思い出して、顔が熱くなるのを感じていると、奈緒子のまだ一口もつけてないアイスが溶け落ちて、熱を帯びるアスファルトに散った。


「あーあ、落ちちゃった」

「アタリならあるけど」

「それはチャーのでしょ。わたしはとてももらえません」

「なにそれ、どういう意味?」

「アハハ。いいから行こう。雨が降って来ちゃうよ」

「うん」


 慎吾も飛び降りて、アタリの棒を大事にポケットにしまった。

 それを見て、奈緒子が笑った。


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