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バラバラ女  作者: ノコギリマン
バラバラ女
10/42

 次の日、慎吾はラジオ体操に遅刻しそうになって、家の近所にある集合場所の空き地まで、無我夢中で走っていた。


 走りながら、《遅刻が少し目立つので、早寝早起きをするようにしましょう》という、通信簿に書かれた、町山先生の言葉を思い出す。

 夏休みの初日でこれじゃあ、二学期が思いやられる。


 昨日は、遅刻が多いということが両親にバレて、大変な思いをした。

 まだ少し腫れる赤い頬を撫でて、なにもぶたなくてもいいじゃないか、と、慎吾は思う。


 お父さんは厳しすぎる。

 昨日は一発ですんだけど、また遅刻したら、今度はなにが待ってるか分からない。


「だから、お前はダメなんだ!」と、お父さんは言った。

「だからって言えるほど、ぼくのこと見てないじゃないか!」と言いたかった。

「お父さんもお母さんも、ぼくが図工の時間に褒められたのを知らないじゃないか!」と叫びたかった。


 褒められたことなんか、一度も無い。


 過去にはあったのかもしれないが、それはいつのことだか思い出せないほど、昔の話。

 ダメなところを叱るのが趣味のお父さんと、それを横で聞きながら、慎吾の擁護を一切しないお母さん。

 共働きで家を空けていることが多いから、(しつけ)を厳しくしないと、グレてしまうとでも思っているのだろうか? 


 本当は、ちがう。


 そんなことをされて、両親を尊敬の対象として見ることなんかできない。褒められることもなく、なにかあればぶたれるだけ。

 そんな悲しい関係性のまま、大人になってしまうのがとても怖かった。このままだと、本当に両親を嫌いになりそうで、それを思うと心の底から憂鬱になる。


◆◆◆


「チャー、なんだよお前、今日も遅刻かよ」


 空き地に着くと、慎吾を見つけた直人が、笑いながらとなりに並んできた。


「まだ始まってないよ。ていうか、なんで、となりに来るんだよ?」

「いいじゃんかよ、ほかに誰もいないし」


 たしかに、この地域のラジオ体操に来る六年生は、慎吾と直人しかいない。

 そういえば直人とは家がそんなに離れていないな、とふと思い出す。

 それほど直人とは仲良くない。


 近所だからという理由だけで仲良くできるほど大人じゃないし、正直、どちらかというと、直人のことが苦手だった。

 昔から勉強ができるのとはちがう意味で頭の良かった直人が、なぜか好きになれなかった。直人としゃべっていると、自分のすべてが見透かされてしまうようで、すごく居心地が悪くなる。


 たぶん直人にはなんでもバレてしまうのだ。ちょっとした情報で、人の秘密や知られたくないことを言い当てる。

 ここがどこかの呪われた山村で、そこで不可思議な密室殺人でも起きれば、直人はきっと、少年探偵よろしく事件を解決してしまうのかもしれない。

 だけどここは田舎とは言っても、東京だし、密室殺人なんて、フィクションの代名詞だ。


 だから、解決すべき事件のない少年探偵は、人の秘密を暴くのが趣味になる。


「お前さ、夏休みも、山下と遊ぶの?」

「え、なんで?」

「気をつけろよ、太一とかにさ」

「太一? 奈緒子のこと好きなの?」

「好きかどうか知らないけど、お前が山下と喋ってるとき、いつもチラチラ見てるぞ」

「それを、直人は見てるんだ?」

「太一が好きなワケじゃないぞ」

「分かってるよ」

「それに太一だけじゃないからな。お前いつもバカにされてるんだから、わざわざ一コ理由を作るなよ」

「大丈夫だよ、ただのトモダチだもん。女子とか男子とか関係ないよ」

「……あ、そ、じゃあ今日は、おれも一緒に遊ぼうかな」

「え?」


 慎吾はグルグルと回す腕を止めて、直人を見た。


「どういう意味?」

「おれもお前と山下と一緒に遊ぼうかなって意味」


 グルグルと腕を回しながら笑う直人。

 ハメられた。

 直人は始めからそのつもりで近づいてきたのだ。あのやりとりのせいでそれを断る理由がなくなってしまった。


 たぶん直人にとっては、奈緒子と遊ぶことに、あまり深い意味はないのだ。

 単なる暇つぶし。

 直人にとっては、この世のありとあらゆることが、ただの暇つぶしなんだ、と慎吾は思う。普段から暇をもてあます直人にとって、夏休みは、慎吾とはちがう意味で苦痛なものなのかもしれない。


「気にすんなよ、暇つぶしだから」


 直人は本当に人の心を読み取る能力があるのではないかと思い、背筋がヒヤリとした。


「でも、でもさ、ぼくと直人って、そんな友だちじゃないじゃん。奈緒子とだって」

「だからさ、これから仲良くなればいいじゃん。町山先生も言ってたろ、『クラスメイト同士仲良くしましょう』って」


 言葉に(きゅう)し、大きなゲップが出た。

 ホントにマジで最悪の最悪。


「出たな、困りゲップ」

「変な名前つけないでよ。分かったよ、連れてけばいいんだろ」

「連れてく? なんだ、お前ら秘密基地とかあんの?」


 目を輝かせる直人。

 コイツには勝てないと思い、慎吾は深いため息を吐いた。


◆◆◆


 今日は本当にツイてない。

 理由は三つ。

 一つ目は、直人がついてきたこと。

 二つ目は、奈緒子の機嫌がまだ治っていなかったこと。

 そして三つ目は、奈緒子が本当に誰かを連れてきてしまったこと。


「なんでいるんだよ?」


 207号室の、(ほこり)まみれのベッドの上でアグラをかき、ニヤニヤと笑うワチコに、そう聞かずにはいられなかった。


「ラジオ体操の時に、ナオちゃんに誘われたから。お前には関係ねえよデブ」

「デ……やめろよ、そんな汚い言葉」


 ワチコにいらつきながら、背を向けて窓辺に立つ、白いワンピースの少女を見やった。

 白いリボンのかかる大きな麦わら帽子をかぶる奈緒子は、ここに来てから、まだ一度も口をきいてくれない。


「なんなんだよ!」と慎吾は、心中で毒吐いた。


「まあまあ、仲良くしようぜ」


 入り口に立つ直人が、適当なことを言いながら、部屋の中央に座る五匹の犬たちのもとまで行き、その中の一匹、茶毛の小型犬ジローの頭を撫でた。

 自分には懐いていないくせに、直人には頭を許すその態度にもイライラが募る。


「でもワチコも直人もさ、こんなところにいても、ヒマだと思うよ」

「あたしはいいんだよ、どうせヒマだし」

「おれもヒマー。お前らさ、いつもここにいて、なにやってんの?」

「犬にエサやったり……本を読んだり……」

「はあ? なんだよそれ楽しいのかよ?」

「べつに楽しいとか、そういうことじゃなくて……」

「なんかやろうぜ。キャッチボールとか」

「グローブとかないよ」

「おれんチにあるから、明日は持ってくるよ」


 直人が明日も来るらしいのを知って、慎吾は眉間にシワを寄せた。


「それよりなんで山下、なんにもしゃべらないの? まさか怒ってんの?」


 それに気づかぬふりをして、直人が小声でたずねた。


「さあ、分かんないよ」

「なんか、居づらいって言ってたぞ。デブがなんかしたんだろ。謝れよ」

「ぼ、ぼくは何もしてないよ。謝ってほしいのはこっちだよ」


 ワチコが立ち上がって奈緒子のもとまで行き、その両肩を掴んだ。


「ナオちゃん、デブがなんか言ってるぞ」


 むりやり正面を向けさせられた奈緒子が、伏し目がちに慎吾を見て、


「……ごめん」


 と、意外にもしおらしく謝った。


 先手を取られ、慎吾はただ黙って頷くことしかできなかった。


「なんだよ、ナオちゃんが謝んのかよ」


 その予想外の展開にワチコがつまらなそうに口をとがらせた。


「なんか分かんねえけどさ、そんなことどうでもいいから、なにかやろうぜ」


 直人が慎吾の戸惑いを察したのか、話題を変える。


「そうだな、ナオちゃん、なんか面白いこととかないのか?」

「え? うん……」


 チラと慎吾を見てから、


「都市伝説の場所を巡るのとかってどう?」


 と、奈緒子が小声でワチコに言った。


《都市伝説巡り》が、二人だけの秘密の遊びだなんて思っていなかったけれど、それをワチコや直人にやろうと言った奈緒子に対して、少しだけ寂しさを覚えた。


「お、それいいね。おれもそういうの好き」

「どっか行きたいとことか、あんのか?」


 もうすっかりその気になっている直人とワチコ。


「うーん、わたしはこの町のことまだあんまり知らないから、よく分からない」

「あ、そっか、そうだよな。じゃあ、おれが面白そうなところ教えてやるよ」

「なに?」

「あれだよあれ、殺人鬼の家。なんだっけなあ」

「それって『金田鉄雄の家』じゃない?」


 置いてけぼりにされるのがイヤで、思わず話に入ってしまった。


「おお、それそれ。さすがチャーだな」

「さすがだなデブ。無駄に太ってないぜ」

「だからデブってのはやめてよ」


 うつむく奈緒子の表情は、麦わら帽子のツバに隠れて分からなかった――



『金田鉄雄の家』

 五年前に起こった、ある惨劇。

 住宅街の一角にある、ごく普通の一軒家で、それは起きた。

 金田家は、父、母、それに長男と次男、末の長女の五人家族だった。

 両親ともに教師の金田家では、高校生の長男と小学生の長女のそれぞれが優秀で、学年でも常にトップクラスだった。

 だが中学生の次男、鉄雄だけはちがった。

 《グレートマンシール》という、お菓子のオマケシール集めだけが趣味という根暗男子の鉄雄は、なにをやらせてもダメで、学校でも家でもバカにされる劣等生だった。

 次第に世の中のすべてに、どぶ川のように濁る殺意を抱き始めた鉄雄は、ある冬の日、かねてからあたためていた《殺害計画》を実行する。

 まず、リビングで両親を包丁でメッタ刺しにして殺害。

 次に、自室でくつろぐ長女の首をしめて殺害。

 最後に、帰宅した長男の後頭部を金属バットで殴打して昏倒させ、火あぶりにした。

 長年の悲願を達成させた鉄雄は、屋上に上がり、

「イサダクテキーホーユー、イサダクテキーホーユー」

 と大空に両手を伸ばしながら呪文を唱えた。

 すると雲間からUFOが現れ、鉄雄はそれから伸びる一筋の光で包まれた。

 そして鉄雄はUFOに吸い込まれ、いずこかへと消えた。



 ――自分で語りながら、心の底からその話をバカバカしいと、慎吾は思っていた。

 慎吾の知る限りで、最も稚拙な作り話である。

 とにかく結末が突飛すぎる。

 小学生でも鼻で笑ってしまうような出来だ。途中まではまだいい。抑圧された少年には思うところはあるし、共感や同情も覚える。


 だけど、UFO。それだけがこの話の中で浮いている。

 屋上の行為が、そういう心理状態にまで追いつめられた少年の奇行とするならば、まだ分かる。


 だけど、本当にUFOは現れる。

 そこだけがどう考えてもおかしい。


 そしてだからこそ不気味だった。それをこの町の子どもたちは感じている。いや、そこに引っかかっている者は少数なのかもしれないが、この話を知らない子どもはほとんどいない。


 それほどまでにこの話はこの町に浸透しているのだ。

 バカバカしいけど、怖い。


「ありえねえよな」


 その思いを、直人が一蹴した。そもそもオカルトな話をあまり信じないタチらしい。

 ベッドでアグラをかくワチコは、興味深げに目を輝かせていた。

 奈緒子は……分からない。


「でも直人さ、そういうの、好きなんでしょ?」

「好きだけど、べつに信じてるワケじゃねえよ」

「信じてるとかどうでもいいんだよ。ナオちゃんは、そこでいいのか?」

「うん、わたしはそこでいいよ」

「おいデブ、ここから遠いのか?」

「ううん、(もり)(おぎ)のほうだから、そんなに遠くないよ」

「じゃあケッテーだな。行こう」


 直人の言葉に促され、三人が207号室を出て行った。

 ひとり取り残された慎吾は、実のところ、あまり乗り気ではなかった。

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