最狂の勇者
俺のひいじいさんは異世界から召喚された勇者だったらしい。
らしいというのは今、俺がスラムの浮浪者なので確認することができないからだ。
親父は勇者の孫だと言っているが信じられない。
かつて世界の危機を三度救った英雄ユウキ・タナカ。彼はスキルと呼ばれた人外の力をいくつも有していたらしい。
彼は強大な力を持った勇者という他に女好きの愛妻家でも有名だ。
その妻は三桁にも及ぶらしい。
その点だけは親父が勇者の子孫だと納得しそうになる。
だもんだから、後継ぎなんかでかなり揉めたらしいが、一つの解決策により丸く収まった。
それはスキルの引き継ぎ。
何でもスキルは一代に一人だけ受け継ぐ者がいるらしい。
その数や種類は素質によるが、それによりスキルを引き継いだ者が正統な後継者として莫大な資産と権力を手にいれるらしい。
勿論俺も親父もスキルが発動したことはなく、間違っても勇者等ではないのだが。
どうしてこうなった?
俺は今王城で勇者として聖剣を渡されようとしている。
「勇者ハー・タナカ・タリウスよ。そなたに聖剣を授ける。勇者としてこの国の守護を任せる」
いや、任されても困るって。俺、闘うことなんてできないです。
目の前の王女、ザンネ・ビィズィ様にそう言ってやりたかったが、そんなことを言える雰囲気でも立場でもない。
両肩を交互に二回叩かれ、聖剣を手渡されながらこうなった経緯を思い出す。
その日は先代、三代目勇者カーマン・タナカ・イーヌが死んだ日だった。
といってもそのことを知ったのは大分後だが。
親父の糞野郎がした借金の取り立てに来たその筋の方たちと親父が揉め、親父が死んだ。
まあそんなことはどうでもいい。スラムじゃ日常茶飯事だし、親父が死んで清々したくらいだ。
だが、そのとばっちりが俺にまで来た。
裏路地に追い込まれ後がなくなった俺は今世一代のハッタリをかました。
「俺は勇者の曾孫ハー・タリウスだ!死ぬ覚悟のある奴からかかってこい!!」
その瞬間俺の中の隠された力が覚醒した。
力を発動したことでその使い方と効果がわかる。
まあ実際にはこの数時間前に三代目勇者が死んで子孫にスキルの引き継ぎが行われただけだなんだが。
俺の怒声と共に不可視の力が彼らを襲う。
俺が引き継いだスキルはたったの一つ、『威圧』だけだった。
恐らく歴代最弱の勇者が誕生した瞬間だった。
だがたかが『威圧』と言って侮ってはいけない。
魔王を倒し、世界の危機を幾度と救った勇者が鍛えたスキルだ。
その結果、俺の威圧を感じた奴らが全員失禁し気絶した。
俺の範囲を決めずに放った『威圧』は国中に届き、王国民全員がその洗礼を受け、俺は歴代最狂の勇者として知れ渡った。
後に失禁の日と呼ばれ、勇者の力に畏怖と共に忘れぬよう国民の祝日となる。
ちなみにその日、不摂生な生活が祟り女の腹の上で心筋梗塞を起こし、腹上死した勇者がいたことを知っている国民は殆どいなかった。
こうして俺は勇者となった。
読んで頂きありがとうございました。
長編が書く時間がなかなかとれないので、長編を書く前に考えたネタの候補から短編を書いてみました。