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何となく声を出すのは憚られ、かといって呼び鈴もなく。
少し悩みつつ、ノックをする前にそっとドアに触れてみた。
指先を……少しだけ。
「っ?!」
その瞬間、思わず手を引っ込めて悲鳴を飲み込んだ。
何だったんだろう?
今の妙な感触は。
固い木の扉が、触れた途端にグニャリと歪んで見えたのだ。
手ごと持っていかれるような……。
危険だ。
引き返せ。
頭のどこかでそんな声がする。
気付けば町はもうすっかり闇に飲み込まれ、私自身もこの館の影の一部分。
このまま館に取り込まれて私の存在なんて誰も思い出さなくなる。
知っているのはこの蔦と琥珀だけ……。
どうしてこんな時間に来てしまったんだろう?
マリアにちゃんと言って朝から来れば良かったのに。
そうだ、帰ろう。
今夜はママの手料理を食べて懐かしい部屋でゆっくり寝て、明日朝からもう一度訪れればいい。
感じているのは確かに恐怖だった。
それなのに私の足は動かなかった。
普通ならここで悲鳴を上げて走って逃げ帰るはずなのに。
心臓がバクバクと早鐘を打ち、早くここから立ち去らなきゃと焦っているのに。
だけど、それと同じくらいこの場所に惹かれている自分もいたから。
緑の館。
セピア色の隠れ家。
誰が隠れているの?
蔦に埋もれた壁の中、私を呼ぶのは誰?
私を呼ぶのは………琥珀の瞳。
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