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「で?今日はどこまで行ったの?」
大きな柱時計を磨きながら私にそう聞いて来たのはマリア。
この店の女主人であったルタの一人娘。
数ヶ月前にルタが死に、今は彼女がこの店を継いで細々とやっている。
7歳と5歳の男の子のママであるマリアは日に数時間だけやって来て、こうして私とお喋りをして帰るのだ。
私はと言うと例のオルゴールを手に入れてからもこの店に通いつめ、そのうちにルタから留守番を任されるようになり……そしてルタの好意で雇ってもらう事になったのだった。
『こんな所で働けたら素敵』だと言い続けた私に、彼女は穏やかな笑みを見せてこう言った。
『こんな娘に大事にされるこの子たちの方がもっと幸せだよ』と。
年代にすれば数百年に渡ろうかというアンティーク雑貨の数々。
家具や時計、ランプに燭台。
中には到底本物とは思えないようなフェニキア人が使ったナイフ、なんてものまで置いてある。
客は一日にせいぜい10人ほど。
それでも商売が成り立つのはお得意様と呼ばれる町の長者たちが定期的に品物を買ってくれるからだ。
そしてそんな彼らが更なるお客様を呼んでくれる。
「今朝はドアが開いたわ」
「やだ……ねぇフィオナ、本当に大丈夫なの?」
露骨に眉を潜めて手を止めたマリア。
彼女にだけは例の夢の話をしていた。
ルタ同様、マリアもまた私にとっては信頼できる数少ない友人の1人。
そんなマリアが心配してくれるのも分かるのだ。
例の夢は毎日少しずつ進んでいるから。
最初に見たのは1週間ほど前。
石畳の道に佇んで、遠くに陽炎のように見える館を仰ぎ見てる夢だった。
それから毎日少しずつ近付いている。
3日前には屋敷の外観が見渡せるまで近付いて、昨日は門を開けてドアに向かって吸い寄せられるように足が動いたところで終わり。
そして今朝は目の前にドアがあり、それが開いた途端に目が覚めた。
だけどそれだけじゃない。
昨日までの夢とは明らかに違うところがあったのだ。
『僕の家にようこそ』
低く抑揚のない声、そして声の主はいつの間にか私の背後に立っていた。
まるで逃げ道を絶つかのように。
思わず振り返った私が見たのは琥珀の瞳。
全てを見透かすように淡く透き通り、全てを封じ込めたように神秘に輝く。
そして開いた扉の向こう側に見たのは……闇だった。