【maria said】~1
ドアの中は薄闇だった。
そして得体の知れない禍々しい霞で覆われていた。
私の心臓は激しく鼓動を打ち、今にも叫び出しそうな口元を両手で押さえた。
暗闇の中でオルゴールの音がした。
聴こえてきたのは抒情的な旋律。
優しくも悲しい音色。
子供の頃に聴いたことのある古い民謡だ。
穏やかで温かな家族の情景が脳裏に浮かんだ。
あのオルゴールが歌っている。
家族が恋しいと泣いている。
この場にそぐわない音色に悲鳴を耐えながらも、目からは自然に涙が溢れてきた。
耳じゃなく心の中に音が響いて来たから。
心が持ってかれる!
そう思った瞬間に、私は必死で壁際のライトのスイッチをまさぐった。
手に触れたスイッチを手当たり次第に押す。
パッと光が満ちて暗闇が払拭されて、ようやく視界が戻ってきた私は音の出所を目で探った。
窓際のキャビネット。
その上に置かれた『本を読む少年』
すぐ脇のベッドにフィオナの姿はなく、ただオルゴールの少年・ジョゼが首を傾げながら本の表面を指でなぞっていた。
おかしい。
フィオナはどこに行ったの?
どうして消灯された真夜中にオルゴールが動いてるの?
ぜんまいを最後まで巻いたとしても、ほんの数分しかもたないはずなのに。
このオルゴールは一体いつから動き続けているの?
やっぱりこれは普通じゃない。
生きてる。
このままじゃフィオナも連れて行かれてしまう。
『爺さんの話ではね、あの人形には秘密があるんだよ。本当かどうかは知らないが万が一の時には役に立つかもしれん……人形の顔を見てごらん』
もう怖いなんて言ってる暇はなかった。
リビングを駆け抜けてオルゴールの側へ行った私は、迷わずにそれを手に取った。
「ジョゼ、あなたにフィオナは渡さない」
そして、人形をキャビネットに叩き付けた――――。




