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それは一般的に出回ってるような小さな箱に入った物じゃなく、リアルな人形が曲に合わせて動きを見せる物だった。
現在のアルバイト先であるアンティーク雑貨店のショーウィンドウに飾られてあったのを見て一目惚れしたのだ。
正確には、その人形に一目惚れ。
だけど貧乏学生の私には買えず、女店主に直談判した。
「いつか必ず私が買うから他の人に売らないで」と頼み込んだ。
今思えばずいぶん我儘な申し出だったのに、彼女は深いシワを更に深くして「後払いでいいよ」と笑ったのだ。
その時のやり取りはよく覚えている。
私の剣幕に押されたのか呆れたのか分からないけれど、驚くほどあっさりと彼女はこのオルゴールを格安で私に譲ってくれたのだ。
あれから3年、代金はとうに払い終えて名実ともに私の物になったこのオルゴール。
凝った装飾が施された椅子に座り、本を読む少年。
ぜんまいを巻けば微かに軋んだ音と共に首を傾げ、そしてゆっくりと本の表面をなぞる。
まるで読んでいる場所を確かめるように。
聞こえてくる音楽は知っている曲ではないけれど、どこか懐かしさを思わせるような素朴で温かな旋律だった。
俯き加減の少年は白い肌に黒い髪。
貴族の子息なのか白いフリルの付いたブラウスに黒のズボンを穿いていて。
どこか憂いを帯びたその横顔と、まるで生きてるかのように光る琥珀の瞳は私を虜にした。
ナルキッソス。
名付けたのは神話に出て来る美少年の名前。
彼に捨てられた妖精エコーは悲しみのあまり自分の言葉を失って木霊となった。
そんなエコーを憐れんだネメシスの手によって、ナルキッソスは自分自身しか愛せないようにされたと言う。
自分の美しさに恋をして、湖に映る自分の姿にキスをしようとして死んでしまった少年。
美しく儚く、そして残酷な人。
だけど私がこのオルゴールに出会ったのはその時が2回目だった。
あれはもっと幼い頃……サーカスが町に来た時にこれとそっくりなオルゴールを見たのだ。