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………………
「……フィオナ」
艶のある低い声が耳を嬲る。
緑の館のいつもの部屋。
大きな窓にはシフォンのカーテン。
月の光が透けて部屋に差し込み、形のない生き物がそこにいるかのように影が揺れる。
いつもの光景。
だけどいつもと違うのはキャンパスも絵の具もなかった事。
どうして?
描かなきゃいけないのに。
訴えるようにソファーに座るジョゼを振り向けば、彼はいつも通り優雅に腰かけたままゆるりと首を振った。
そして、おいでと。
何故かジョゼの言葉には逆らえなかった。
まるで呪文のように。
頭の片隅ではこれが夢だという事も、キャンパスがない理由も分かっているはずなのに。
耳に聞こえる声じゃなく、胸に響くようなジョゼの声に引き寄せられて彼の腕に倒れ込む。
首筋に触れる唇。
微かな吐息。
温度を感じないジョゼの身体とは対照的に、私の胸はドキドキと昂ぶり全身が熱くなる。
そして……鎖骨の辺りにチクリと痛みを感じた―――。
日の光を浴びて眠りから覚める。
いつものアパルトマンじゃなく、ここは生まれ育った家だ。
3階のこの部屋は私がいなくなってからもそのままの状態で常に掃除がされていた。
いつでも帰って来られるようにと言うママの愛情を感じる事ができる。
子供の頃には広く感じていたこの部屋も、屋根裏に当たる為に天井の一部が斜めになっていて下手すれば頭を打ちかねない。
ママ手作りのベッドカバーが掛けられたベッドと、サイドテーブルに小ぶりのソファー。
壁際にはほとんど中身が詰まったままの本棚。
そういえば夕べもジョゼの夢を見た。
だけどアパルトマンじゃないから夢の中で絵を描く事が出来なかったんだろう。
夢だというのに上手くできたものだと、一人でクスクス笑いながらベッドから起き上がった。
絵がなくても彼の夢を見てしまった自分にちょっと呆れながらも、その夢の内容に一人で顔を赤くする。
こんな夢、マリアにも絶対に言えないわねと緩んだ顔のまま部屋を出て階段を下りて……。
そして顔を洗うために洗面所に向かった私は、鏡に映った自分の姿を見て笑顔が凍り付いた。




