第一章~1
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明け方の澄んだ闇に目が慣れるまで、そこはまだ幽玄の世界のよう…。
目を凝らせば白い壁に白いレースのカーテン。
ゆっくりと視線を巡らせれば、アンティークのチェストとその上に飾られたオルゴールが目に入った。
ここは私の住むアパルトマンの一室……私の砦。
見慣れた室内の光景にホッと吐息を零し、ゆっくりと伸びをした。
時計を見ればまだ朝5時前。
窓の外はほんのり白んでいるものの、まだまだ灯りは必要な時間帯だ。
かと言ってもう寝る気も起らない。
夢見が悪かったという訳ではないけれど、このところ同じ夢ばかり見ていていささかげんなりしている。
不思議な夢。
引き寄せられるように近付いた古い家。
そしてそこにいる…誰か。
知ってるような知らないような。
夜と朝の狭間は現と夢の狭間。
こうしていれば夢の世界はまたすぐに手が届きそうで少し焦がれるけれど、手を伸ばすのはちょっと怖い。
だけど現実的にもこのまま寝てしまうと色々厄介なことになるのは目に見えている。
いつものようにギリギリまで寝ていてバタバタするよりも、たまにはゆっくり朝の空気を吸うのもいいだろう。
そうしてベッドから抜け出した私は、簡単にベッドメイキングをしてからのんびりと身支度を始めた。
小さなキッチンでお湯を沸かし、傍らでパンケーキを焼く。
ダイニングを兼ねたこのキッチンとベッドルーム兼居間、そして小さいながらもアトリエ。
決して広くはないけれど、ここは私の城だ。
ファブリックは白と黒と紫を基調にしてアンティークな家具や雑貨で彩ったクラシカルな空間。
そしてアトリエにはイーゼルとキャンパス、絵の具の匂い。
休みの日にはこの部屋に籠って思う存分絵を描く。
子供の頃はパリへ出る事を夢見ていたけれど、絵で食べていけるほどの腕はなく、かと言って諦めることもできずにアルバイトで生計を立てながらたまに知り合いに絵を買ってもらっていた。
アンティーク雑貨を集めるのも単なる趣味だ。
そんな私が今一番大切にしているのは手動式の古いオルゴールだった。