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私と彼女の会話には丸1日の空白がある。
おととい実家に帰るとマリアに言ってから、昨日は無断欠勤をして丸一日電話も繋がらなかったらしい。
その時ふと何かが頭を掠めた。
姿のない声に急き立てられるように隣の部屋に移動する……アトリエへ。
そして、そこで見た光景に今度こそ言葉を無くして硬直した。
『もしもし、フィオナ聞いてる?』
「…………」
『ねぇどうしたの?』
握り締めたままの電話からはマリアの声。
だけど私は目の前の光景を説明できずに、黙り込んだまま片手で自分の肩を抱いた。
まるで凍っていた時間が流れ出したかのように、所々が氷解して少しずつその姿を現したから。
緑の館で何があったの?
私の身には一体なにが起きているの?
とにかく電話では埒が明かないとマリアも思ったのか、体調不良じゃないのなら今日はお店にいらっしゃいと言って電話は切れた。
体調不良ではないと思う。
もっと言うなら体調はすこぶる良い。
だって寝過ぎるくらい寝ていたんだもの。
だけどその間、全く目を覚まさなかったのはどういう事だろう?
それにおとといの夕方、私は店を出てからトラムに乗ってあの町に帰った。
子供の頃から馴染みのある靴屋のおじさんと挨拶もした。
花屋の前も通った。
そして石畳の坂道を登ってあの館に行ったのだ。
あっという間にオレンジの夕日は影を潜め、見る見るうちに辺りは暗闇に包まれた。
目の前には緑の館……そしてジョゼに逢った。
………
………………
私は今、自室のアトリエで1枚のデッサンを見つめている。
テーブルの上に広げられたスケッチブックに、コンテで描かれた人物画。
顔までは描き込まれていないが、緩くウェーブのかかった髪とくっきりした横顔は自分に恋をした少年ナルキッソス……ジョゼに似ていた。
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