びゅぅてぃふる・どりぃまぁ
猫の住むまちシリーズ第1弾
もう長いこと、僕は外を歩いていない・・・
僕はいつも夢を見ている、夢の中で猫になるのだ。
僕は雨の日におばあちゃんちにやってきた
泥だらけの僕におばあちゃんは何も言わずにミルクとごはんを出してくれた。
本当はミルクよりも、レモンティーの方が好きだったけど。
ごはんよりもパンのほうが好きだったけど
お腹と背中がくっつきそうだった僕は、すぐに飛びついた。
その日から四年間、僕はおばあちゃんちで飼われている。
おじいさんはだいぶ前になくなったらしい息子達も年に一、二度しか帰ってこない。
なんでも、娘さんが生まれつきの病気で、ずーっと入院しているらしい。
でも、僕がいるからさみしくなんてないとおばあさんはいってくれる。
ここでの生活は、すごく楽しい。路地裏の冷たくて気持ちのいい道路で寝るのも好きだし、公園のベンチで一眠りするのも心地がいい。だけどやっぱり、おばあちゃんのひざの上が僕の一番の特等席だ、あの絶妙ななで具合ときたらそんじょそこらの人には真似ができない。
寝ることはすごく好きな僕だけど、街で遊ぶことを忘れているわけではない。この街には色んな猫がいる。
塀の上を散歩していると会うヨークシャテリアのシフォンは僕の知恵袋だ。
洋服屋で飼われているシフォンは、もう十年以上も前からこの街にいるらしい。
口癖のように、
「猫は主人の前で死ぬもんじゃないんだよ」と呟いている。
僕は、
「でもこんな狭い街じゃそんな場所ないよ」っ反論するんだけど、
「ちゃんと見つけてるもんだよ、みんな」
といつも少し寂しそうに話してくれる。
僕も・・・探さないとダメなのかなぁ。
近くの公園を縄張りにしてるトラ猫のビスケは、少し乱暴だけど、僕が近所の子供達にいじめられときは助けてくれた、やさしい兄貴分だ。
均等に並んだ縦縞のいい所を僕に一日五回は質問してくるけど、時々僕の自慢の尻尾に噛み付いてくるけど、それでもたまに残りものの魚の骨をくれる・・・
楽しいことばかりじゃない、タバコ屋のショコラと喧嘩した時は、顔中傷だらけになって、一週間はしみたっけ。僕よりもちびの癖に態度だけは大きい奴・・・
今でも、会うたびに喧嘩になりそうになるけど、僕はもう大人になったから横目でやり過ごしてやっているのさ。
猫の生活は、思ったよりも面白くてすごく変化に富んでいる。
いつだって同じ日は無いんだ。
ある日、日課の散歩から帰ってくると、おばあちゃんが庭でうずくまっていた・・・
おばあちゃんは倒れこんで動かなくなっている。
どうしよう、どうしよう、
「にゃぁ」「にゃぁ」
僕の呼びかけにも反応は一切ない・・・
誰かに・・・誰かに伝えなきゃ。
ここの住所は。
物忘れが多くなってきたおばあちゃんはいつも冷蔵庫に張ってたはずだ。
おばあちゃんちの連絡先をもって僕は走った、川原を抜けた先に病院があったはずだ。
「ドン」
急に感じた鋭い痛み、足が痛い。車に当たったみたいだ・・・車は、当たったことにも気が付かず、通り過ぎていく。
誰かに伝えなきゃ・・・くらくらする、もう駄目だ・・・そこで意識がなくなった。
目を開けると目の前におばあちゃんがいた・・・
よかった、どうやら助かったみたい。
「お前が助けてくれたんだよ」
おばあちゃんが泣きながら
「ありがとう、ごめんね」
と繰り返している。
もうわかってた。僕のことは僕が一番わかる。シフォンが言ってたように猫は飼い主の前で死んだらダメだったのになぁ
最後の力を振り絞って僕は言う。
「にゃぁ」
悲しいときの
「にゃぁ」?
うれしいときの
「にゃぁ」?違う・・・
お別れを告げる
「にゃぁ」だ・・・
あれから1年、僕はもう猫になる夢を見ることができない。
でも、手術が成功して僕は外をあることが出来るようになった。
六歳だけど、まだうまくしゃべれない。
お母さんは、少しずつでいいからねと言ってくれるけど、僕は早く話せるようになりたいんだ。
退院したらおばあちゃんに会いに行くらしい。
猫の夢を見なくなってから、一年と半年が過ぎた頃僕は病院を退院して、始めて外を歩いた。
そして、父さんの車に乗って始めてのおばあちゃんの家に向かった。
どこか見覚えのある屋根、
あの縦縞は・・・ビスケ!?
ちびだったショコラが弟分をつれて歩いてる!?
車を運転しながらお父さんが話し始める、
「あの門を曲がると・・・」
「公園があるんだよ」
ふいに言葉が僕の口をついてでる、
「それでね、その先を川が流れてるんだよ」
「あれ?前に話したっけ?」
「父さんも昔よく遊んだんだよあの公園で」
夢の中そのまんまだ、変わっていることといえば、新しくコンビニが出来たくらいだ。
母さんが言う。
「あれ、こんな所にコンビニが出来てる、便利な世の中になってきたわね」
タバコ屋の門を曲がると、見慣れた門、見慣れた庭、中から人が出てきた、始めてみる顔、でもよーく覚えているおばあちゃんの顔。
「ただいま」
やっぱりおばあちゃんだ
「僕、希っていいます。」
「すいません、女の子は私って言うのよっていつも言ってるんですけど・・・」
「ええわい、ええわい」
やっぱりやさしいおばあちゃんだぁ。
父さんとおばあちゃんが話している間、僕は遊びなれた?庭をうろうろしていた。
今でも、休日になったらおばあちゃんの家に遊びに来る。
あばあちゃんは息子を思い出すときのような顔で、昔飼っていた猫の話をしてくれる。
そんな時僕はいつも心の中で呟く、
「僕はここにいるよ、今でもおばあちゃんの隣にいるんだよ」
父さんと母さんの会話が聞こえてくる
「あの子ったら、ホントにおばあちゃんの膝が好きなんだから・・・」
日向ぼっこをしながら僕はつい
「にゃぁ」と言ってしまう。
「あら!?」
微笑むおばあちゃん
悲しい時の
「にゃぁ」じゃなく
お別れの時の
「にゃぁ」でもない
心地いいときの
「にゃぁ」だ。
春の陽気の中で僕はだんだん眠くなっていく。
そして、僕は夢をみる。
夢の中で猫になるのだ。
「完」