赤鬼
泣いた赤鬼 のその後を描いた『もしも物語』です。
昔々、人と鬼の間に確かな壁があったころ、ある村で一体の赤鬼が人々と暮らしていた。人に好かれたいと願っていた赤鬼のために、もう一体の鬼──青鬼が“悪役”を演じ、村人たちに恐れられながらも姿を消していった。
赤鬼は、青鬼のおかげで村人と穏やかな日々を過ごしていた。しかし、時は残酷だった。村人は老い、病に倒れ、あるいは都会へと去っていった。そして、いつしか赤鬼だけが村に取り残された。
寂しさに涙する夜を何度も越えて、赤鬼はある決意を胸に抱いた。
「青鬼くんに、ありがとうを伝えたい」
それは、ただそれだけのために始まった旅だった。
江戸の中期。鬼の存在がまだ人々の間に信じられていた時代。赤鬼は全国を歩き、青鬼の痕跡を探し続けた。
最初の頃は、「青い化け物が人を襲う」という噂を聞けば駆けつけ、退治していた。けれど、どの鬼も“あの青鬼”ではなかった。姿こそ似ていても、赤鬼が知るあの優しい瞳を持つ者はいなかった。やがて赤鬼は、力で解決することをやめ、「探す」ことに重きを置くようになる。
時代は江戸から明治へ、そして大正、昭和と移り変わる。人々の心から鬼の存在は概念として薄れ、誰も信じなくなった。それに比例するように、赤鬼の感知力も衰えていった。それでも赤鬼は旅をやめなかった。
時には角を隠し、人の姿となって旅を続けた。旅の道中で出会う人々は、赤鬼に青鬼の話をしてはくれたが、それは常に、どこか噂めいた話ばかりだった。
──そしてある年のこと。雷雨の夜。赤鬼は「青い鬼が人を襲う」という噂を頼りに、とある山奥の洋館へと向かっていた。
傘を差して進むその道で、前方から全力で走ってくる銀髪の少年とすれ違った。びしょ濡れの少年は洋館を振り返り、肩で息をしながらつぶやいた。
「はぁ……非科学的な……あの青い化け物は……まるで、鬼のように……」
その言葉に、赤鬼の胸がざわつく。──青い化け物、鬼、青鬼くん……。思わず歩くスピードを速めた。
洋館の外観は時代を越えてもなお、美しく整えられていた。だが、扉を押し開けた瞬間、重く湿った空気が流れ出してくる。赤鬼は足を止め、ぽつりと呟いた。
「……外は綺麗だったけど、中は……ずいぶん古びてるんだね……」
思っていたよりも重い空気に、赤鬼は違和感のようなものを覚えながらも、そっと足を踏み入れた。
崩れかけた壁、割れたガラス、廊下の隅には乱れた家具の影。すでにこの場所で命を落とした者たちの痕跡が、そこかしこに残っていた。──彼らの姿はなく、魂さえも青鬼に飲まれたのかもしれない。赤鬼は静かに手を合わせた。
「……君たちも、何かを抱えていたんだね……」
やがて、洋館の最奥。赤鬼はその目で青鬼を見つけた。
部屋の片隅で、小さく丸くうずくまった姿。かつてのような威厳はなく、震えるように体を縮めている。
「ぼくが村人を襲って、赤鬼くんが助ける……そうすれば……また会えるって……思ってた……」
かすれた声でそう呟く青鬼の瞳に、涙が溜まっていた。
赤鬼は、静かに歩み寄るとその肩をそっと抱いた。
「青鬼くん……もう、いいんだよ……やっと、会えたんだから」
「赤鬼くん……ほんとうに……来てくれたの?」
「ありがとうって、言いたかった。……ずっと、それだけを、伝えたかったんだ」
二体の鬼は、ただただ静かに抱き合った。
その夜、洋館は静かに崩れ落ちた。
雷雨は止み、夜が明けると、そこには二つの大きな岩が寄り添うように並んでいた。
やがて人々はそれをこう呼ぶようになった──鬼の抱擁と。
何百万も有り、その中で特に刺激が無い当作品を最後まで読んでいただきありがとうございます。
某作品を強く匂わせていますが、関連性はありません。




