本当の悪役って、どちらかしら
「(……ああ、今日もまた本当にうるさいアホどもだこと)」
侯爵令嬢・シャロンは思わず頭を抱えそうになったものの、必死に堪えた。
目の前に座っている、伯爵令嬢・フローラとシャロンの婚約者であるはずの公爵令息・ランドル。二人はべったりと腕を組んで、それぞれ椅子に座っていた。
何ともまぁ座りにくそうだ、とシャロンが考えているが、本人たちは一切気にしていないご様子。
二人としては『愛しい相手とくっつけるならばどんな格好でも』とか思っているに違いないのだろうが、シャロン的には『きちんと座れや』とツッコミをいれたくなるだけのこと。
きっと、愛しい相手とくっついていたくて仕方ないのだろうが、見た目はアホな絵面であることを一切理解していないようで、シャロンは呆れが加速していった。
「シャロンは本当に愛想がない!」
「本当ですわ! 侯爵家令嬢ともあろうお方が……。せめてもう少し穏やかなお顔をなさってはいかがでしょうか?」
「フローラ、その通りだな!」
くすくすと笑う二人を見つつ、目の前に並んでいるタルトに手を伸ばし、シャロンはそっと切り分けて一口食べる。
カスタードとフルーツを一緒に食べると、甘さがちょうど良くて、ふと表情が綻びそうになってしまうが、頑張って表情を引き締めておいた。顔を緩ませる、だなんてこの二人の前でなんて、死んでも嫌だ。
「まぁ良いさ、。こいつは所詮魔力くらいしか取り柄のない女だ」
「(いや、身分もあるわよ、何ほざいてくれているのかしら)」
「そうですわよねぇ。ああでも、私だってこの人に匹敵する魔力を持っておりますし、……っていやだ、私ってばこの人に勝っているところしかございませんわね!」
おっほほほ! と高笑いをするフローラ、真顔でそれを聞いているシャロン。
フローラの話を聞きながら、何故かドヤ顔をしているランドル。
「シャロン様って、本当損しておりますわよね。もう少し明るい表情とかなされば、こんな不名誉なことにはならなかったのに」
物凄く勝ち誇った顔でシャロンに対して苦言を呈しているフローラだったが、彼女もランドルも気付いていないことが一つ、ある。
「(何の役にも立たないだなんて、どの口が言っているのかしら。一応……このお馬鹿さんたちには使えない特殊なスキルが使えたりするんだけれど。っていうか国王陛下はどうしてこのアホに私のあのスキルのことを伝えていないの? 馬鹿なの?)」
内心呟きつつ、シャロンは周囲にいるご令嬢たちをちらりと見る。
どうやら周囲は、フローラとランドルの味方らしく、シャロンの味方である人たちはいないようだ。恐らく、シャロンの味方でいてくれるのは、専属護衛として連れてきているクートだけだろう。
「(さて、どうしたものか)」
別に、嫌味を言われることは今に始まったことではないので、言いたいだけ言えば良い。
好きなように言ってくれれば、後でどうにでもして捻り潰すことだって可能だし、完膚なきまでにプライドも何もかも叩き潰してやろう、ということだってできてしまうのだから。
「おい、聞いているのか!?」
「……」
無言・無表情を貫いていたシャロンが気に入らなかったのだろう。
ランドルはぎろりとシャロンのことを睨みつけてくるが、そんな可愛い睨みなんて『睨み』に含まない。
――そもそも、この結婚。シャロンが望んだものではなく、シャロンの実家であるストラデッラ侯爵家に発現する『ある力』を欲したが故に、『どうかお願いします』と、ランドルの父であるラジモフ公爵が必死に懇願したのだ。なお、公爵は土下座までしながら、書類関係は先に己の執事に提出させるという狡猾っぷりを披露してくれている。
あの時のシャロンの父の怒りはとんでもなかった。と言いながらも、シャロンの怒りがそれを上回ったのだが、一旦それはさて置いておく。
「(どうせ、この馬鹿どもは何か企んでいるのでしょうね……だったら)」
こっそりとシャロンはスキルを発動させてみる。
特殊にしてレアスキルである、『先見の魔眼』と呼ばれているそれは、ほんの少し先の未来が見える、予知能力のようなもの。
先んじて相手の行動を読めることにより、万が一の事態……とはいっても、転ぶのを回避する、くらいのものだが、細やかながら危険から逃れることができる。
なお、シャロンはこの能力を使う時、少し先で決して己が怪我をしないように、ということをモットーとしているため、喧嘩が起こりそうな事態に陥った場合、完膚なきまでに叩き潰すことができるようにしている。
殴られる前に全力で殴ったり、足を引っかけられそうになったら相手の足首を遠慮なくヒールで踏んでみたり。そういえば踏んだ相手から魔獣のような雄たけびにも似た悲鳴が上がったのだが、あれは大変面白かった。
すなわち、シャロンは膨大な魔力をもってして魔法が得意なだけではなく、体術も得意というある意味での文武両道な貴族令嬢、というわけである。
それに加えて、この特殊スキル。
婚約者がいなかったわけではなく、代えられてしまったからこうして目の前のクソ男が婚約者として天狗になっているのだが、シャロンもシャロンの父も、本来の婚約者もこんなことは望んでいなかった。
……にも関わらず、シャロンを手に入れたからこれで安泰だ、とラジモフ公爵家ご一同様は高笑いをしていると聞く。
「(何でこんなことに……って)」
もうこのまま徹底的にやってやろうか、こんな場所で辱めを受けるだなんて、本来のシャロンの性格からすれば我慢の許容範囲をとっくに超えた。やるとなったからには、徹底的に、がモットーのシャロンである。
加えて、徹底的に叩き潰すのは、身体的にではなく、メンタル的にも叩き潰すことをモットーとしている、のだが。
「(あら……まぁ)」
少しだけ『先見の魔眼』を発動したシャロンは、自分に降りかかりそうな未来を見て、ひくりと頬を引きつらせる。
見てしまった少し先は、シャロンがランドルに頬を打たれ、転んだところに紅茶や水、綺麗に並んでいるケーキを始めとした甘味の数々をぶっかけられ、髪もドレスもぐちゃぐちゃになったところを、周囲からげらげらと笑われる、というオマケつき。
そんなオマケはいらない、と思ってシャロンはひくりと頬を引きつらせ、再びタルトを一口食べる。
タルトはとっても美味しいし、目の前にあるきらきらとしたケーキやフルーツ、素朴ながらもしっかりとした存在感を醸し出している焼き菓子たちには、一切罪がない。
恐らく何かの拍子にシャロンの隙を見つけ、そのような行為をしようとしているのだろうが、そんなことはさせてたまるか、と即座に判断した。
「聞いているのか、と言っているだろう! お前には耳が付いていないのか!?」
ああ五月蠅いなぁ、とシャロンが機嫌を急降下させたのち、口を開いた。
「……何でしょうか」
ぴり、と空気がひりついた感覚に襲われ、ランドルもフローラは『ひ』と情けない声を揃って出してしまう。
明らかに怒っている雰囲気のシャロンの様子を見て、にた、とランドルは下卑た笑みを浮かべてから更に追い打ちをかけるかの如く、シャロンをびし、と指さした。
「貴様とは、婚約破棄だ!」
「……左様ですか」
婚約破棄を突きつけられようが、淡々としている様子で言葉を返したシャロンは、全く動じていない。むしろ、スン……とした様子でランドルの話を聞いているのだが、彼女は内心とっても焦っていた。
この言葉は、先ほど『先見の魔眼』を使って見てしまった未来の様子と同じものだった。
となると、このもう少し後で、ぐちゃぐちゃになってしまう未来が待ち受けている、ということに他ならない。
やばい、うっかり自分から未来を引き寄せてしまった、とシャロンがぐるぐる考えているとランドルは下卑た笑みを浮かべたままでこう続ける。
「フン、どうせ悔しいんだろう。それを隠すために必死に平穏を装っている、というわけだ! ああ、惨めな女だな、あっはっは!」
「やぁだ、悲しい人~」
げらげらと笑っている他の令嬢や令息の、何とも下品なこと。
呆れた様子と怒りを堪えた様子を混ぜた表情で見ているシャロンの視線が気に食わない、とでもいうように、ランドルは忌々し気にじとり、と目を細める。
「……先ほどから、一体何でしょうか」
「強がるのもいい加減にしたらどうだぁ?」
「は……?」
「お前からこの婚約を頼み込んできた、というのは父上から聞いているんだ。どうせ、我が公爵家に取り入るためのものなんだろうが、何とも……ああ、何とも浅ましい女だ!!」
声高らかに叫ばれた内容に、また会場の中では大声でも笑いが溢れていた。これ、本当に貴族令嬢や貴族令息の集まりなのだろうか、と疑いたくなるようなものだったから、シャロンは困ったように眉を顰めるが、着実に嫌な未来を引き寄せて……否、無様な未来への進むことは止まる気配がない。
「大体、お前のような性悪で愛想もない、つまらん令嬢を平民たちが好んでいる小説ではなぁ、『悪役令嬢』と呼ぶんだそうだ!」
「まぁ、ぴったり!」
またもや二人はシャロンを嘲笑う。
ここまで我慢をしてやったのだから、もう良い。未来を変えるために動こう。ああそうだ、きっと未来の自分はうっかり硬直してしまっていたからこそ、あんな風になってしまったのだ。
――であれば、シャロンの取る行動はただ一つ。
かたん、と立ち上がったシャロンを見て、ランドルは訝し気に首を傾げる。
何をする気だ、もしかしたらこのまま帰るのか、帰るのであればもっと盛大にからかってやらねばならん、と思っているランドルの視界いっぱいに、何やら白いものが襲い掛かってきた。
「……へあ?」
いうが早いか、めしょ、とランドルの顔にメレンゲパイがめり込んでいた。
何とも不思議な感触だったが、不意打ちでパイを食らったランドルはそのまま背後にふら、と体が傾いだかと思えば、椅子ごとひっくり返って尻餅をついてしまったのだ。
どたん! と何とも間抜けな音が響き、ランドルはパイを顔面に貼り付けたまま呻いている。
「ら、ランドル様!?」
「きゃあああ!!」
「お前、何してんだ!?」
あちこちで悲鳴が聞こえ、怒声までもが聞こえてくるなか、シャロンは二段重ねの、クリームもフルーツもたっぷりと載ったケーキが鎮座しているケーキの皿にすっと手を伸ばす。そのまま皿を持ち上げ、勢いをつけて思いきり振りかぶったかと思えば、そのままフローラの顔面に勢いよく叩き込んだ。
「べぶっ!?」
そして、こちらも情けない悲鳴ともつかない、鳴き声のような呻き声のような何かをあげて、ケーキを顔面に食らってしまい、椅子ごとばったりと倒れ込んだのであった。
可哀想かもしれない。
きっと、フローラの特注品であろう可愛らしいピンクのフリフリドレスは、生クリームまみれになっているし、髪の毛もぐちゃぐちゃになっていることだろう。その上、フルーツが頭の上に載っかっている。
「まぁ、素敵なお化粧ですこと」
にこ、と微笑んだシャロンは、ケーキを顔面だけで受け止めた二人を見下すよう、すっと立ち上がり、冷めきった声で言葉を紡いでいく。
「ああそうだ、何か勘違いしているようなのでお伝えしておきますが……わたくしから、婚約をお願いした、などという事実はございません。王家立ち合いの元で締結した婚約なので、公式書類が残っております。内容については、きちんと、正確に、間違いのないよう、ご確認くださいませね」
なにやらもごもごと言っていたランドルが、メレンゲパイを顔から引きはがしてばっと立ち上がった。ケーキを顔面に叩きつけられるだなんて行為、当たり前だがされたことがないだろうし、驚きで呆然としていたようだったが、シャロンの声で我に返ったらしい。
「……っ、何を、貴様!」
「本当のことです、婚約破棄なぞ当家はいつでもウェルカム。一年中、それこそ年中無休で受け付けておりますので、ご遠慮なく言っていただければ……もっともっと早く婚約破棄でも解消でもさせていただきましたのに」
困ったちゃんですわ、と可愛らしく言っているシャロンだが、目の奥は笑っておらず、完全に据わっている。これほどまでに怒ったシャロンは見たことがない、と顔色を悪くしたランドルがどうにか震える体を叱咤しつつ呆然としていると、隣ではケーキに埋もれていたフローラがどうにかこうにか体を起こした。
「ぶはっ! ちょっと、あなた! この私の顔がつぶれたらどうしてくれるの!?」
「どうもしないわ、スッキリするだけよ」
「……へ?」
きょとん、としてからフローラは問い返すが、にこにことした表情のままでシャロンが言葉を続けた。
「ですから、婚約破棄でも婚約解消でも、どんと来い、って言っておりますの。スッキリしますし……ああ、ラジモフ公爵は貴方に対してきちんとご事情を説明できていないご様子ですし……ふむ、公爵閣下にも当家から婚約についてはしっかりとお伝えしなくてはなりませんわね」
「は、はあああああああ!?」
「人のことを悪役だとか何だとか言ってくれておりますが、どちらが悪役よ。そもそもの婚約者は貴方なんかじゃなかったのに」
「はぁ!? おい、何だそれは! 詳しく説明を……って、うぎゃっ!」
慌ててシャロンの元に駆け寄ろうとしたが、クリームやら何やら付着してべったべたのランドルが駆け寄ってくるのを避けるためにひらりと体を翻してかわし、背中をつん、とつついてやれば、またその場にべったりとこけてしまったのだ。
「いやだ、汚れてしまうではありませんか。ばっちいのは苦手なんですの、来ないでくださいまし」
「……な、なん、で」
「そもそも私、貴方なんて興味の欠片も何もないんですから、婚約解消やら破棄やらの話をいただいて、むしろ喜ばないことがあるわけないでしょうに」
「……そんな」
がっくりと肩を落とすランドルを見たフローラも、ポカンとしている。まさかこんなにも切り捨てが早いだなんて思わなかったし、あっけらかんとしすぎているのではないか、とツッコミを入れようとしたが、シャロンはさかさかと歩いて行っている。
あの方向は正面玄関がある方向……と考えたフローラは慌てて追いかけようとしたが、ランドル同様生クリームで見事なまでに滑ってしまい、立ち上がったその場で見事にずべん! とこけてしまった。
なお、彼女の顔面には他のケーキがめり込んでしまったようだが、シャロンは知らない。
令嬢らしからぬ転び方に、周囲が唖然とする中、『お待ちなさーーーい!』と叫ぶフローラの声だけが虚しく響いたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お嬢様、御父上へのご連絡、完了いたしました」
「ありがとう、クート。さて、わたくしの本来の婚約者へのご連絡も、お父さまにお願いしなくてはね」
うふふ、と笑うシャロンを見て、クートも微笑んだ。
それならば、とシャロンの父への手紙を素早く書いて送り、魔法を用いて手紙を飛ばした。屋敷に到着する頃には話し合いの場がきちんと設けられているだろうことに、安堵する。
「本当に、お馬鹿さんたち」
「確か、無理に公爵閣下が婚約させてしまわれたんですよね?」
「そうよ、本当にいやになっちゃう! わざわざあの人格破綻者に嫁がなくても、わたくし本来王子妃になる予定でしたのに……」
ふぅ、と溜息を吐いているシャロンだったが、彼女が嫁ぐ予定だったのは、第二王子。
年若いものの、とても勤勉で、生まれる順番さえ間違えなければ王太子になり得た、ととても評判の良い王子だ。元々シャロンとは同い年でもあり、話も合っていたからこちらと婚約をする予定だったのだが、そこに割り込んできたのがラジモフ公爵家だったのである。
「さぁ、あのお馬鹿さんたちが現実を見ることになるの、いつかしらね…?」
クス、と笑ったシャロンは、自宅へと向かう馬車の窓から、流れていく景色をとても楽しそうに見ていたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
さて、その後どうなってしまったのかというと。
「……貴様、自分が何をしてくれたか、理解しておるのか……?」
「何を、って……えーっと」
ランドルから助けを求められたラジモフ公爵がお茶会の場に駆け付けた際、クリームまみれの息子と、同じくドレスや髪の毛までクリームまみれのフローラは、気まずそうに顔色を悪くして。立ち尽くしていた。
さっさとクリームを拭けば良かったものの、そうしなかったのは立ち尽くしてぽかんとしていたから、全ての行動が遅れ捲ってしまったのだが、これはシャロンには一切関係ないことだ、だがしかし、ランドルが言い訳を口にするよりも早く、フローラが口を開いた。
「ひどいんですよ、シャロン様って、私やランドル様にケーキをぶつけてきたんですの!」
「は?」
「本当、情けない人ですよねぇ! 婚約破棄を突きつけられたことが悔しいからって……」
「何でシャロン嬢が悔しがる必要があるんだ」
呆れ返ったラジモフ公爵の言葉に、フローラが目をぱちくりとさせた。
「そもそも、わたしが懇願してこの婚約を締結させ、シャロン嬢が王家になど嫁がないようにするために、我がラジモフ公爵家との繋がりを最優先させていたというのに……!」
怒鳴りつけるように叫ばれたラジモフ公爵の言葉に、ランドルも唖然とした。
「え? あれ?」
「そもそも、お前、一切シャロン嬢に好かれておらんかったというのに、婚約破棄をされることが悔しいとかいう意味不明な思考回路になるというんだ。馬鹿か?」
「ば、馬鹿……?」
「馬鹿に馬鹿と言って、何が悪い。馬鹿だから馬鹿、と言ったんだ、この馬鹿息子!!」
「うぐっ」
悔しそうな声を出しているが、本当のことだからと念押しされてしまってはどうしようもなかった。
まさか、婚約の件が自分の思い違いだったなんて、という恥ずかしさもありつつも、あっという間に婚約関係は解消されてしまっていた。いつの間に、と思ったが、シャロンが帰っている最中に馬車から手配をしたところ、日頃からランドルの行動をよく思っていなかったシャロンの父親により、驚くほどさくさくと手続きが進められてしまったのだ。
これまで何度もシャロンから『この関係性は成り立たない』と進言していたことがきっかけとなり、作成済みだった書類をさくっと提出してしまった、というわけである。
自宅に到着したシャロンは、満面の笑顔の父親に出迎えられ、開口一番。
「我が愛しの娘、無事に破棄……もとい、婚約解消の手続きを進めてほしいという書類を提出しておいたぞ! いやー、これまで何度も何度も出し続け、棄却されて返ってきていたがさすがに今回の知らせのおかげで、『もういい加減にしてくれないか』と役人にも進言できたし、はっはっは、よくやった!」
これに対してシャロンは、とても嬉しそうに父親に抱き着いてから満面の笑顔を浮かべて口を開く。
「ええ、お父さま。やりました! それで……」
「ああ、勿論だ。王家も動いてくれているし、早速馬鹿には鉄槌が下されることだろう。全く……シャロンの好みすら理解していないお馬鹿さんが、どうしてあんな傲慢な態度に出られたのか……意味が分からんなぁ」
はっはっは、と豪快に笑ったシャロンの父は、シャロンの背中をぽんぽん、と叩いて並んで歩き出した。
これからきっと、容赦なく馬鹿どもに制裁が加えられることになるのだろうが、シャロンには一切関係ないし、興味のないことである。
「うふふ、無い罪着せて、人を悪役に仕立て上げるからこうなるんですわ。お父さま、わたくし先にお部屋に行きますわね」
「おおそうか、分かった」
微笑んだシャロンは、父に頭を下げてから、いそいそと自室に向かう。途中でメイドから『お嬢様宛てにお手紙が』と言われれば、表情をぱあっと明るくさせた。
「やっぱり殿下は行動もお早いですわ! 好き!」
きっとラジモフ公爵家の面々が見たことのないような満面の笑顔と、部屋まで嬉しさのあまりスキップしているシャロンは、部屋に戻るやいなや届いていた手紙を見て、涙をにじませ嬉しそうに笑みを浮かべる。
「……ええ……ええ、今すぐに関係性を元に戻しましょう! わたくしの愛しい殿下」
――同じ頃、王宮ではシャロンの想い人である王子も同じように微笑んでいた。
「ああ、俺の愛しいシャル。これで君を迎えに行ける。法律なんていうものがあるから、これまで我慢していたけれど、もう我慢なんかしない。だって君は本来俺の婚約者、なのだからね」
かつて、双方五歳の頃に交わしているはずだった婚約を、ラジモフ公爵が役人である権利をフル活用して関係性を捻じ曲げてしまった。
こういう法律だから、と反論されてしまえば、さすがの王家とてどうにかすることはできないまま、泣いていやがるシャロンと第二王子が引き離されることとなってしまったのだった。
「とんでもない行動をしてくれた公爵と、シャルを蔑ろにした馬鹿息子には……色々お仕置きをしないといけない。でもそれより先に、今度こそシャルと婚約を締結しなければ!」
愛しい相手がいるから、と必死に色々な婚約を断り続けてきたのには、理由がある。それが、愛しいシャロンという存在。
彼女のもつスキルは、遠縁のとある令嬢が有している時属性魔法に由来しているもの。だからこそ、王家との婚約は必要不可欠だったのだが、きっと公爵はこれを理解なんかしていなかっただろう。
しっかりと叱った上で、シャロンを手に入れ、尚且つ自分と未来へ歩いていくんだ。
改めて心に決めた第二王子は、いそいそとストラデッラ侯爵家へ向かうための準備を整えていく。
本当に愛し合っている二人が再会するまで、あともう少し。




