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抑えきれない感情(股間)

夜風がブランネージュの涙を冷やす。

しかし、目の前に立つイオから放たれる熱量は、それを塗り替えるほどに猛烈だった。


「殿下、お聞きください……。私は、皆様が仰る通り、だらしない肉の塊で……。リシェル様のような気高さも、細さも……」


ブランネージュの声は震えていた。


「……ですから」


彼女は一度、ぎゅっと目を閉じる。


「どうか……婚約を解消してください」


その言葉は、ほとんど祈りのようだった。

イオの瞳がわずかに細まる。

ブランネージュは俯いたまま続けた。


「初めてお会いした時から……ずっと、お慕いしておりました」


夜風が黒髪を揺らす。

潤んだ琥珀の瞳が月光を受け、かすかに揺れた。

その頼りなげな姿に、イオの胸がきつく締め付けられる。


「だからこそ……これ以上、殿下に嫌われたくないのです」


涙がぽたりと石床へ落ちた。


「皆様の仰る通りです。私のような体では、殿下のお隣に立つ資格など……」

「ブラン」


イオの声が、彼女の自虐を断ち切った。

彼は前屈みのまま、さらに一歩距離を詰める。

逃げ場を失ったブランネージュの背中が、冷たい手すりに触れた。


「いいか、よく聞け。……この国の価値観など、ただの老害の性癖の残滓だ」

「えっ……?」


呆然とするブランネージュの耳元で、イオは低く吐き捨てる。


「数代前の王が『細い女が好きだ』と言った。ただそれだけの個人的な好みが、いつの間にか国の法のように居座っているだけだ」


紫の瞳が鋭く細められる。


「……だがな。次代の王は俺だ」


ゆっくりと手が伸びる。

彼の指が、ブランネージュの白く柔らかな頬を包み込んだ。

指先が、吸い付くような肌の弾力を確かめるようにわずかに動く。


「俺が王位を継いだその瞬間、この国の美の基準は書き換わる」


低く、確信に満ちた声だった。


「……俺の隣にお前が立つだけで十分だ」


イオの視線が、彼女の全身をゆっくりと辿る。


「世界中に知らしめてやる」


声が、熱を帯びる。


「この、マシュマロのように白く。桃のように瑞々しいお前こそが――真実の『美』なのだと」

「殿下……本気、なのですか……?」


震える声で尋ねる。


「私のような、牛のような体が……」

「牛?」


イオの眉間に、深い不快の皺が刻まれた。

そのような言葉を、他ならぬ彼女自身の口から聞くことが、今の彼には耐え難かった。


「冗談ではない。至宝だ」


彼の指が、彼女の頬をさらに引き寄せる。


「……お前が自分を醜いと呪うたびに、俺の理性がどれほど削られているか分かっているのか?」


紫の瞳の奥に、隠しきれない執着が揺れた。

そこには、前世から溜め込まれていた雄の衝動すら滲んでいる。


「……もう、限界だ」


掠れた声。


「今夜、その身体に刻み込んでやる」


その言葉が落ちた瞬間。

ブランネージュの呼吸が乱れた。

胸の奥が、じわりと熱い。

怖いはずなのに――頬を包む彼の手から甘い痺れのようなものが広がっていく。

体が思うように動かない。

胸の奥が、わずかに震えていた。


「俺がお前をどれほど欲しているか」


イオの吐息が、彼女の唇に触れる。

距離は、もうほとんどない。


「お前がどれほど――愛されるために生まれてきた身体なのかをな」

「っ……、ぁ……」


ブランネージュの胸が、コルセットの圧迫を跳ね返すほどの生命力で大きく上下する。

白い喉が震え、指先が手すりをきゅっと掴んだ。

月光の下。

イオはついに、ブランネージュの薄桃色の唇を塞いだ。

柔らかな感触が触れた瞬間、彼女の身体がびくりと震える。

思わず身を引こうとしたが、頬を包む彼の手が優しく支え、逃がさない。


胸の奥が強く脈打った。

心臓がうるさい。

うまく息ができない。

けれど――離れてほしくない。

背中に触れる手すりの冷たさと、唇から流れ込む熱。

そのあまりの温度差に、ブランネージュの思考は白く塗りつぶされていく。


(どうして……)


ずっと、お慕いしていた。

初めて庭園で出会った、あの日から。

遠くから見つめるだけでよかったはずの人。


その人が今、自分に触れている。

唇が重なっている。

涙が一筋、頬を伝った。

それでもブランネージュは――彼を突き放すことができなかった。

むしろ震える指先が、思わずイオの胸元の布をきゅっと掴んでしまう。


その、拒絶ではなく縋るような小さな抵抗に。


イオの中で、最後に残っていた理性が静かに死んだ。


深い口付けの余韻に、ブランネージュの頭は痺れ、視界が淡く明滅していた。

イオがゆっくりと唇を離す。

細く引いた銀の糸が、夜の闇の中へ静かに消えていった。


「……ここでは、足りない」


掠れた声が耳朶を震わせた、その次の瞬間。

ふわりと視界が持ち上がる。


「……え……?」


小さく声が漏れる。

イオが彼女の膝裏と背中に腕を回し、迷いのない動作で軽々と抱き上げたのだ。

――お姫様抱っこ。

社交界の淑女なら誰もが一度は夢見るその体勢に、ブランネージュの思考は一瞬、真っ白になった。


(重い……絶対に、重いって思われてるわ……っ!)


社交界の基準では「醜い肉の塊」と呼ばれる自分の体を、彼はこともなげに持ち上げている。

その腕は力強く、びくりとも揺るがない。

恥ずかしさで顔を覆いたくなる。


けれど――それ以上に、ブランネージュには気になることがあった。

自分の臀部を支える彼の腕のすぐ近く。

密着した太もものあたりに、熱く、そして非常に硬いものが押し当てられているのだ。


(えっ……? な、なに……?)


王太子の正装であるスラックス越しだというのに、その存在感は隠しきれない。

硬く、熱を帯びたそれが、彼女の柔らかな肉を容赦なく圧迫していた。

武器だろうか。

それとも王家に伝わる何かの杖なのだろうか。

混乱したまま琥珀の瞳を向けると、イオの視線とぶつかった。


そこには――

もはや一刻の猶予もないと言わんばかりの、飢えた獣の光が宿っていた。


「……安心しろ」


低い声が落ちる。


「お前を運ぶくらいの筋肉はある」


誤解したまま――あるいは分かった上で。

イオはブランネージュをさらに強く抱き寄せた。

密着度が増す。

そのたびに、硬いそれが彼女の腰へと深く押し込まれる。


(……あ、当たる……すごく、当たってるわ……)


胸がどきどきと高鳴る。


(もしかして、イオ様……お怪我でもされているのかしら……?)


そんな無邪気な心配を抱いたまま、ブランネージュは彼に運ばれていく。

バルコニーから寝室へ続く廊下。

いつもよりも、やけに長く感じた。

静まり返った夜の王宮。

響くのは、二人の足音だけだった。


「……殿下、あの……」


震える声で、ブランネージュは口を開く。


「当たって……っ、痛くはないのですが……硬いものが……」


その瞬間。

イオの喉仏が、小さく上下した。

彼は立ち止まらない。

むしろ歩みをわずかに早めながら、地を這うような低い声で答える。


「……気付いたか」

「それは、ブランがさっきから……あまりにも扇情的に揺れるせいだ」

「……えっ?」


ブランネージュが瞬きをする。

イオの紫の瞳が、ゆっくりと細められた。


「部屋に着いたら――」


低く、確信に満ちた声。


「それが何か、その身体で直接確かめさせてやる」


そして、囁く。


「……もう、逃がさない」


次の瞬間。

重厚な扉が、静かに閉じられた。

カチリ、と鍵が落ちる音。


次の瞬間。


「――殿下、ま、待っ……」

その声は、すぐに別の音へと変わった。

月だけが、静かにその夜を見ていた。



―――

数年後。


王妃となったブランネージュの隣には、相変わらず彼女を熱烈に見つめる国王イオの姿があった。


社交界では今、「ブランネージュ・スタイル」と呼ばれる肉感的な装いが大流行している。


かつては「醜い」と嘲笑されたその曲線こそが、今ではこの国の“美”の象徴だった。


イオは、幸せ太りでさらに柔らかくなった妻の腰を抱き寄せる。

手のひらに吸い付くような、極上の弾力。

そして無表情のまま、内心で静かにガッツポーズを決めていた。


(……見たか、前世の俺)

(俺は勝ったぞ)

(このマシュマロは、一生俺だけのものだ)


(……次は大陸だな)


この国だけでは足りない。

ブランの魅力は、世界規模で評価されるべきだ。


(よし)


大陸中に知らしめてやる。

俺の王妃が――

どれほど至高のマシュマロなのかを。


腕の中で、ブランネージュが少しだけ頬を染めて笑う。

その柔らかな重みを確かめるように、イオはわずかに彼女を引き寄せた。

国王としての威厳を崩さぬよう、表情は相変わらず冷たいままだ。


――ただし。

今日もまた、溢れ出しそうな愛しさと「誇り」を隠すため、

彼はほんの少しだけ前屈みになりながら、愛する王妃と共に歩き続けていた。

お読みいただきありがとうございました。

もし需要がありそうでしたら、

ブランネージュが痩せようとするのを全力で阻止するイオや、

新婚旅行中も前屈みが止まらないイオなどの外伝も書いてみたいと思います。


普段、少しダーク寄りの恋愛ファンタジーも書いています。

興味がありましたら、作者ページから覗いてみていただけると嬉しいです。


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