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奪うことでしか生きられない世界で、命は形を変える  作者: ちひ王


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6/12

その先へ

森の朝は静かだった。

蛇となった男は、草の中を這っていた。


太陽の熱が地面を温めている。

冷たい血の体には、それが心地よかった。


舌を出し、空気をなめる。

微かな土のにおい。


地面の下に、微弱な振動。


モグラだ。


穴の位置を見極め、静かに待つ。

体をくねらせて、じりじりと近づく。

土を掘り、僅かな隙間から牙を差し込む。


柔らかい毛。小さな悲鳴。

締めつける。


地中では逃げ場がない。

やがて、動きが止まった。


男は、変身した。


暗い。

目はほとんど役に立たない。

代わりに、匂いと空気の流れが鮮明に伝わる。

耳の奥に、地響きがかすかに広がる。


モグラの体だった。


だが、強くはなかった。

隠れられる。掘れる。

それだけだった。


---


次に狩ったのはネズミだった。

大きな個体で、噛まれると痛みもあったが、蛇の体で捕らえるのは難しくなかった。

食べた。

が、変身はしなかった。


更に、池のそばで見つけた大型のカエル。

脚が太く、以前のカエルよりも力強い。

不意を突いて絞めつけ、体を折った。

食べた。

だが、変わろうとはしなかった。


食事で腹は満たされたが、それだけだった。


――あの狼に勝つには、こんなものでは足りない。


どれも、生存には役立つ。

でも、戦うには弱い。

勝つには、もっと別の......何かがいる。


男は考えた。

この森の中に、自分よりも強い命はどれほどあるのか。

上を見ればキリがない。

空を飛ぶワシ、鋭い爪を持つ獣。


今の自分には、狩れる気がしない。


---


蛇の体を持ったまま、男は樹の根元にとぐろを巻いた。

しばらく動かなかった。


考えをまとめる時間が必要だった。


自分は――どこにいる?


ここは、現代の日本ではない。

少なくとも、そこにいた記憶にある街には、狼などいなかった。

人間の姿も、匂いも、道の痕跡もない。

舗装もない。ビルもない。人工音も、空の飛行機の音もない。


自分が死んだのは、電車のホームだった。

背中を押され、転落し、衝撃を覚悟した。


それが起きなかった。

気づけば、自分は微生物だった。

その記憶も、確かにある。


つまり――これは転生だ。

死んだ自分が、別の世界に放り込まれた。


しかも、命を渡り歩く形で。


力はある。

だが、代償も大きい。

間違えば、自分が死ぬ。

相手を殺せなければ、何も手に入らない。


これが"与えられたルール"なのか。

誰が与えたのか。

なぜ自分なのか。


わからなかった。


ただ一つ言えるのは、この森では弱さが死に直結するということ。


自分は、まだ弱い。


---


夜が来た。

風が木を鳴らす。

遠くで、あの狼の声が聞こえた。


長く、低く、森に響いた。


男は蛇の姿のまま、目を閉じた。

いつかあれを倒す。

そうしなければ、この森では上に行けない。


空の上でも、森の中でも。

いつも、誰かが誰かを食っている。


それを拒んで、命は繋がらない。


――まだ、強くなれる。


その確信だけが、今の支えだった。


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