羽の意味
男は再びうさぎの体に戻った。
柔らかい地面の感触。草の匂い。耳を伝う風。
この身体にはもう慣れてきていた。
変身の条件に、自らの手で殺すことは必須ではないとわかった。
ただし、「確かな死」がなければならない。
だが死は、同時にこちらにも降りかかる。
どの体であっても、命の保証などない。
気を抜けば、また次に落ちるかもしれない。
その先があるのかも、わからない。
今はまだ、うさぎが最も動きやすい。
だがこの森の中で、うさぎは狩られる存在だ。
空を飛べれば。
鳥の体を手に入れられれば。
捕食される側から抜け出せるかもしれない。
男は、死骸を探して歩いた。
夕方、森の中。風が少し冷たい。
倒木の下に、黒い羽が見えた。
カラスの死骸だった。
目は乾き、口は半開きのまま固まっている。
まだ腐ってはいないが、そこに「命の残り香」はなかった。
変身はできなかった。
死にすぎていた。
男は諦めた。
草を食べた。
おいしくはなかった。
だが生きるために必要だった。
食べることと、生きることの境界が少しずつ曖昧になっていく。
何かを奪うことでしか、この力は使えないのだと、うっすら気づいていた。
しばらくして、木の根元で音がした。
ピィ......ピィ......。
巣から落ちた雛が、地面に転がっていた。
小さく、か弱く、飛ぶ力もなければ、逃げる力もない。
羽はまだ柔らかく、体はふるえていた。
男は立ち止まった。
これは、使える。
空を飛ぶ者の身体だ。
倒すのは、難しくない。
だが、それを殺すということ――
その行為に、強く胸が重くなった。
雛は、ただそこにいた。
誰にも害をなさず、生きようとしていた。
それでも、自分は。
「......」
男は目を閉じた。
ゆっくりと、前脚でその小さな命に触れた。
そして、その息が止まるのを待った。
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変身は起きた。
目線が変わった。
軽い身体。翼。
視界は広い。風の流れも、はっきり感じられる。
彼は、飛ぼうとした。
翼を広げ、地面を蹴った。
――飛べなかった。
脚が空を掴み、地面に戻る。
翼はばたくが、持ち上がらない。
何度試しても、羽ばたきは風に流されるばかり。
雛だった。
未熟だった。
この体では、空は飛べない。
むしろ、うさぎよりも無防備だった。
翼は弱く、脚も遅く、目もまだ十分に開いていない。
変身は、失敗だった。
彼は、その場に座り込んだ。
体が震えていたのは、寒さでも、恐怖でもない。
虚しさだった。
奪った命の重さと、得たものの小ささ。
空は、遠かった。




