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奪うことでしか生きられない世界で、命は形を変える  作者: ちひ王


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3/10

風の底

狼は黙って追ってくる。

ただ走っている。何も言わない。鳴きもしない。

それがかえって恐ろしかった。


うさぎの体で逃げる男は、何度も振り返った。

そのたび、距離は確かに縮まっていた。


風が耳をかすめる。草の匂いが鼻を刺す。

脚がもつれそうになる。

それでも止まれない。止まれば死ぬ。


男は考えた。


この体が死んだら、自分はどうなるのか。

――また微生物に戻るのか。

――虫のように、近くの死骸に入るのか。

――それとも、本当に終わるのか。


わからない。

だが、確かめる術もない。


とにかく、今は生きたいと思った。

理屈でも仮説でもない。


ただ、怖かった。

牙で裂かれるのが、肉を噛みちぎられるのが、恐ろしかった。


走る。

空気が薄く感じる。

耳が後ろで風を切る。心臓が喉のあたりまで上がってくる。


視界が突然、開けた。

木々が消え、草がなくなり、目の前には何もなかった。

足元から地面が消えている。


崖だった。

深く、黒く、底が見えない。


後ろから迫る気配。足音。荒い息。

狼はすぐそこにいた。

もう後がなかった。


男は跳んだ。

前脚を広げ、空を裂いて体を放る。

風が一気に体を包み込んだ。重力が背中を引きちぎるように引っ張る。


落ちる、その途中。


男は意識を集中させた。

かつて変身した虫の姿を思い出す。

小さな体、羽音、地面すれすれの視点。


視界が揺らぐ。

骨が縮み、毛が抜け、体が変化する。

音が急に大きくなる。世界が軽くなる。


男は虫になった。


落下の力が風と合わさって、体を浮かせる。

羽を必死に震わせ、揺れながらも崖の壁面を這うように下降し、苔むした岩の隙間に滑り込んだ。

小さな体が、ようやく静止した。


命がまだ、ここにある。

それだけで、震えが止まらなかった。


だが、空気の流れが変わった。

背後から、また別の風が迫る。

その風は、乱暴で、大きく、重かった。


振り返ると、小さな鳥がいた。

茶色い羽、鋭い目、開いたくちばし。

こちらを狙っているのがわかった。

避ける暇はなかった。


羽音が耳を裂く。

風に巻かれる。

小さな体が翻る。地面が逆さまになる。


――捕まった。


くちばしが迫る。視界が暗転しかける。

だが、男は諦めなかった。

羽を全力で振る。体をねじり、くちばしのわずかな隙間をすり抜けた。

鳥の羽が自分の体をかすめ、衝撃で回転しながら落下する。

世界がぐるぐると回る。


岩壁にぶつかりそうになるたび、必死に羽ばたき、方向を変える。

鳥が再び急降下してくる。

今度は逃げ切れないかもしれない。


それでも、男は飛んだ。

崖の下の深い草むらへ、風に乗って突っ込むように。

葉と葉の間を縫い、茎の陰に隠れ、地面すれすれを這うように移動した。


鳥の影が上空を何度も旋回する。

羽音が遠ざかり、また近づき。


男は息を殺し、草の根元に体を押しつけた。

小さな体だからこそ、隠れられる。

小さな羽だからこそ、わずかな風も利用できる。


どれだけの時間が経ったか。

やがて、鳥の気配が完全に消えた。


男は、草の陰でじっと動かず、ただ生きていることを確かめた。

呼吸のようなもの――羽の微かな震え。


世界は巨大で、敵だらけで、いつ終わるとも知れない。

それでも、今は助かった。

虫のまま、かろうじて逃げ切った。


何がどうして、ここにいるのか。

どうしてこんな力があるのか。

その答えはまだ、ひとつもわからなかった。


だが、生きていた。


それだけが、今はすべてだった。


文章のリズムが毎回違うのは書いた日のテンションなどの影響です。見直す度によく分からなくなりますm(_ _)m

保存したつもりの箇所が直ってなかったりして、思い出すのも苦労します( ゜∀゜):∵グハッ!!

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