水中の攻防
水が裂ける。
鱗に当たる圧力が強烈で、全身を押し流す。
必死に尾を打ち、池の奥へ奥へと逃げ回った。
だが背後から迫る波動は消えない。
振り返れば、そこに巨大な影があった。
――大型の魚。
あいつも、変身したのだ。
「前の手は、もう通じないってことか......」
考える余裕などなかった。
全身は逃走のために動いているのに、頭はただ混乱を繰り返す。
亀になればどうか――。
確かに魚に丸呑みされることはないだろう。
だが水中では動きが鈍い。
何より、時折は水面に出て呼吸をしなければならない。
そんな隙を見せれば、次の瞬間には喉を裂かれているだろう。
結局、選べるのは魚のまま逃げることだけ。
だが泳力では完全に劣っていた。
尾びれを振っても、相手の水流が背中を叩き、体の奥まで恐怖を押し込んでくる。
周囲を見回す。
水草。沈んだ枝。岩の裂け目。
そのすべてを盾にしながら、ギリギリで牙をかわす。
水が弾け、鱗にかすかな傷が走るたびに心臓が縮んだ。
だが――ここは池。
川のように流れがあるわけでもなく、海のように広くもない。
出口はない。
ただ壁に囲まれた水の檻だった。
「......逃げ切れない......」
絶望が脳裏を覆う。
さらに、魚の体になったことで新たな事実を知った。
水中の匂いが、はっきり分かるのだ。
つまりこちらの匂いも、相手には筒抜けだということ。
群れに紛れて隠れることもできない。
他の魚が泳ぎ惑う中でも、自分がどこにいるか――奴には丸わかりだ。
陸に上がれば?
考えるまでもない。
水から出た瞬間、あの牙と爪に狩られるだけだ。
水流の中で思考は渦を巻く。
出口のない逃走。
迫り続ける巨大な影。
――その時。
岩陰の闇が、ふと目に映った。
小さな横穴。
以前、籠城の策を考えたあの穴だった。
中型の魚であれば、ぎりぎり通れる。
だが大型の魚は――絶対に入れない。
選択肢はなかった。
ここに賭けるしかない。
男は体をひねり、水流に逆らって一気に穴へ飛び込んだ。
鱗が岩肌に擦れ、皮膚が裂けるような痛みが走る。
それでも尾びれを打ち続けた。
背後から水が爆ぜる。
巨大な影が穴の入口に迫る。
だが、入りきれない。
岩壁に阻まれ、奴の巨体はそれ以上進めなかった。
暗い穴の中へ、男は全身を押し込んだ。
水の冷たさが骨に染みる。
呼吸も思考も乱れていたが、それでもただ一つ確かだった。
――生き延びた。ほんのわずかだが。




