変身の帳簿
夜の森は、風さえ息を潜めているかのように静かだった。
男は草陰に身を潜め、耳を立てながら、今までの足跡をゆっくりと辿り直していた。
――変身の力。
この森に落ちてから、ずっと頼ってきた術だ。だが未だに、すべてを理解したわけではない。
まず、大前提。
相手が死んでいなければならない。
生きている者には入れない。倒木の下で見つけたカラスの死骸も、腐りすぎていたため駄目だった。
だから「死んだばかり」でなければならない。新鮮さが、条件のひとつらしい。
次に。
殺すのが最も手っ取り早い。
仕留めた瞬間に、意識を集中すればすぐ取り込める。偶然落ちていた死骸でも使えたが、それは稀だった。結局、自分の手で奪うしかない。
だが。
殺したからといって、必ずしも使えるわけではない。
草や木では変身は起きない。命であっても、方向が違うのだろう。
また、取れる命と取れない命がある。たぶん、何かしら「線引き」が存在する。
さらに気づいたこと。
選ぶことができる。
小さな虫を潰した時、確かに変わる感覚はあった。だが「要らない」と思えば、そのまま流してしまえた。
取得したとしても、後から「消す」ことができる。
つまり、ストックの管理はある程度こちらで制御できる。
そして、その上限は十。
実際、今の自分は八つの姿を抱えている。
――うさぎ。
――羽虫。
――亀。
――蛇。
――モグラ。
――ネズミ。
――中型の魚。
――小型の魚。
数えて八種。あと二つ分の余白がある。
だが正直に言えば、埋める価値のある候補が見つからない。
虫を増やしても意味がない。
カエルは一度試したが、役に立つとは言い難かった。
鳥を得られれば理想だが、飛べる雛では無力だった。
――強いもので固めた方がよい。
それは疑いようがない。
弱い命を抱えても、枠を無駄にするだけだ。いざという時、変身先の「選択」が重要になる。十の枠をどう組むかで、生死が決まる。
男は自分の体を抱きしめるように丸くした。
八つの命が、内側で重なり合っている感覚がある。
それは便利であり、同時に重荷でもあった。
――あと二つ。
その二つが「勝負」を分ける。
選び損ねれば、いよいよ詰みだろう。
檻は狭まり続けている。
時間は少ない。
遠くで風が鳴った。
森を這う気配が、また背筋を冷やした。
考える時間すら、残り少ない。




