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奪うことでしか生きられない世界で、命は形を変える  作者: ちひ王


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13/20

生き残るための線引き

湖の底に横穴を見つけてからも、男の胸の奥には重い石が沈んでいた。

あれは最後の籠城にすぎない。潜り込めば一時は耐えられるかもしれない。だが逃げ道がなくなれば、ただ閉じ込められて終わるだけだ。


――別の手を探さなければ。


水の中にとどまっていても、いずれは行き詰まる。

ならば、いざという時に逃げ込める「ルート」を森の中に複数用意しておくほうがまだましだ。捕まりそうになった瞬間に飛び込み、時間を稼ぐ。少なくとも、一度きりで終わらずに「やり直せる」。それだけでも生存率は上がる。


男は再びうさぎの姿に戻り、森の奥を駆け始めた。


枝が折れ、草が散る。

森を何日も、何日も探し回った。


目を凝らし、耳を澄まし、鼻をひくつかせる。

獣道、倒木の隙間、岩肌の裂け目。

小さくて、素早くて、柔らかい体なら通れるが、あの狼や熊の巨体では到底入れない。


そういう場所を、一つでも多く。


倒れた大樹の下には、雨に削られた浅い洞があった。うさぎの体なら潜り込める。中は狭いが、外からは見えにくい。印をつけ、頭に刻む。


崖際には、根がむき出しになった木があり、その下に人ひとりほどの窪みが口を開いていた。身を縮めれば潜れる。追う側にとっては危険な足場になる。


さらに森を抜けていくと、大きな岩がいくつも積み重なった場所があった。

その隙間をうさぎの体で試しに潜ってみる。ひんやりとした石肌が腹を擦り、闇の中に息を殺す。背後を振り返れば、すぐには入ってこられない構造だった。


――使える。


男は少しずつ、森を「逃げ場の網」で塗りつぶしていった。


だが探索の間、気配は常に背後にあった。


風が止んだとき。

鳥の鳴き声が急に途絶えたとき。

草の揺れが風向きと噛み合わないとき。


耳の奥で、確かに囁くものがあった。


――来ている。


振り返っても姿はない。

それでも、「視られている」と感じる。

胸の鼓動が早まり、脚の震えを無理やり押さえ込む。


ある晩は、森を横切る最中にその気配が強まった。

木の枝の上、影がわずかに動いた気がした。

男は即座に草陰に身を投げ込む。


鼻先に土の匂い。耳に草の葉が擦れる音。

息を止め、動かない。


......上空を、大きな影が横切った。

羽ばたく音が短く響き、すぐに消える。


見つかれば終わっていた。

汗のように体毛が湿る。震える足を、必死に押しとどめた。


また別の日。

遠くで獣の咆哮が木々を震わせた。

それを聞いた瞬間、男はモグラへと変わり、土の中へ潜った。


暗闇。湿った土の重み。

だが土の壁越しに、足音のような振動が確かに伝わってくる。

自分を探している。確信があった。


全身を小さく丸め、じっと耐える。

やがて振動は遠ざかっていった。


土を掘り返して地上に出た時には、背中まで冷や汗で濡れていた。


そうして日々は過ぎた。

逃げ道は確かに増えている。

だが同時に、檻の境界は縮んでいた。


森の外れに近づくたび、見えない壁に弾かれる位置は前よりも内側になっている。

逃げ道をいくら増やしても、檻の中が狭まれば意味はなくなる。


それでも男は諦めなかった。

一歩でも多くの逃げ場を、網のように張り巡らせる。

気配に怯えながら、森を這い、駆け、掘り進める。


いつ来るかわからない瞬間に備えるために。

次に狙われた時、わずかでも生き残れる可能性を残すために。


――これは勝つための準備ではない。

ただ、生き延びるための線引きだ。


夜の森に身を潜めながら、男は息をひそめ、次の気配を待った。



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