落ちる
この作品は、初めて書いた物語です。
長編というほどではありませんが、ひとつの形にまとめてみました。
全話すでに完成しており、毎日投稿していく予定です。
文体に少し癖を付けています。読みにくいところや合わない部分もあるかもしれませんが、今回は、この書き方で通してみようと思いました。
ゆっくり楽しんでいただけたら嬉しいです。
電車が近づいてくる音が、風を切るように耳を抜けた。
金属の擦れるような、警告のような音だった。
ホームの端に立っていた僕は、背後から何かに押された。強い力ではなかった。ただ、バランスを崩すには十分だった。
「......あっ」
声が出たのかも分からない。足元のタイルが遠ざかっていく。視界がぶれる。音が消える。
僕は走る電車の方へ落ちていく。思考は停止していた。
とっさに目をぎゅっとつむった。
......衝撃は来なかった。
来るはずの、体が砕けるような激突は、いつまで待っても訪れない。
静寂。風も、音も、何もない。
目を開けようとした。まぶたに力を込めるが、開かない。まるで、顔そのものが無くなったかのようだった。
そして意識が、ふわりと浮かんだ。
―――――――――
空は漆黒。
星も見えない。だが、そこに「動き」はあった。
宇宙の奥深く。
無数の光の破片のようなものが飛び交い、そのうちの一つが、地球へと向かっていた。
それは隕石だった。
直径一メートルにも満たない、黒く煤けた岩の塊。
その表面には、わずかな空洞があり、その内側に――
微生物がいた。
それは命だった。
見えない目、考える脳、動く手足、そんなものはない。けれど、明確に「そこにいた」。
その微生物は、かつて「僕」だったものだった。
自我とも呼べぬものが、ただただ漂い、揺られ、隕石の内部で静かに目覚めていた。
―――――――――
やがて隕石は、大気圏に突入する。
炎がまとう。熱が走る。
だが微生物は生きていた。燃えもせず、溶けもせず。
それは不自然な存在だった。死んだはずの男の、最後の断片。
地表が近づく。
森の上空を通過し、野原の端をかすめる。
そして、ぽつんと草を食んでいた一匹のうさぎの頭上に――
ずん、と小さな衝撃音を立てて落ちた。
地面が揺れた。
うさぎは目を見開き、ひくりと一度痙攣し、倒れた。
そして、再び目を開けた。
―――――――――
草の匂い。土の感触。風。
彼は、目を開いた。
視界に入るのは、草の合間に広がる青い空。少し霞んだ夏の雲が、のろのろと流れている。
「......?」
体を起こそうとする。
思うように動かない。手を――いや、前脚を地面につけ、なんとか立ち上がった。
違和感しかない。
腰が低すぎる。視点が低い。耳がやたらと敏感だ。風の音が大きすぎる。鼻が利きすぎる。
彼は、ゆっくりと水たまりの前に歩いた。
その水面に、何かが映った。
丸い目。長い耳。白い毛。
小さく震える鼻先。
それは――うさぎだった。
「......え?」
音は出なかった。ただ、思考が固まった。
なぜ? どうして? 何が起きた?
死んだはずだ。いや、死んだと思った。押されて、電車に――
もう一度、水面を見る。
そこには確かに、草を踏みしめる白いうさぎの姿があった。自分の動きと、水面のうさぎが一致していた。
―――――――――
風が吹いた。草がさわさわと揺れる。
彼はまだ何も理解していない。
けれど、ただ一つ確かなことがあった。
彼は、再び目を覚ました。
人ではなく、うさぎとして。
そして、どこか遠くの空では、また別の星屑が流れていた。




