世界一静かな会話
繁華街の中にあるファミレスは、混雑のピークを過ぎていた。私と花屋の青年は、通りに面した窓側の明るいテーブル席に向き合った。
私の目の前にいる青年は、花屋のおじさんの息子で名前は健一。
私は健一のことを「健」と呼んでいる。
健一とつきあいだして、もう三年になる。
健一は、生まれつき耳が聞こえない。
私と健一は、手話で会話をする。
世界一静かな会話。
頼んだ料理を待っている間、私は健一にあの小学生の話をした。
(いじめられてるんだ)
健一の言葉に、私は頷いた。
(殴られても、全然抵抗しないんだよ。……無理ないか。殴ってた男の子、体大きかったし)
(やけに、その小学生に執着しているね)
(何故その小学生に執着するのか、自分でもよくわからない)
(きみらしいと言えば、きみらしい)
顔を見合わせて、お互い笑った。
「お待たせしました」
ウェイトレスの声で、私たちは笑うのをやめた。
黙ったまま食事をする。
黙ったまま食事をするから、あっと言う間に食事を終えてしまった。
食事を終えた頃、子連れの客や若い男女の客が来て、店内は少し賑やかになった。
ふと健一の方を見ると、健一は客たちをじっと見つめていた。
食べ終えたフォークの先で口元をわざと汚した私は、健一の手をたたいた。
私の方を向いた健一に、私は汚れた口でに~んと笑った。
吹きだした健一は、テーブルに備え付けてあったナプキンで、私の汚れた口元を拭った。
自分の声が出ないから、私がつらい気持ちになっているのではないかと、健一は私に気を使いすぎるくらい気を使っている。
私はつらい気持ちになったことは、一度だってない。
健一だから、つきあいだしたのだ。
この気持ちが、ちゃんと健一に届いているのか、私にはわからなかった。




